母が宗教にハマった。
なんでもそこの教祖様は自分の今抱えている悩みなどを当て、しかも身体的にも疲労を癒してくれるらしい。
そんな馬鹿なことがあるかと思ったが、それ以来、資産家だった父の遺産をその宗教に惜しみなく注ぎ込み、家の財産はとっくに尽き果てていた。それでも母はなんとかその宗教のためにお布施をし、私も仕方なく水商売で生活資金を稼ぐことになった。
しかし、給料はほとんど母にとられ、手元に残るのは雀の涙。人がこんなに夜通し働いているのに、この女は働きもせず祈るばかり。でも私が母を見捨てられないのも事実。だって実の母親だ。そうも簡単に割り切れるものか。

「私も…行こうかな、その、げとう様?のところ…」

でも、もう限界だ。もう疲れてしまった。
その言葉を言うと母は本当に嬉しそうに私の手をひいた。

「金山さん、いらっしゃい」
「金山…?」
「夏油様がくださった名前よお。あなたも今日から金山だわ、光栄ねえ!」

どうやらこの夏油という男は人の名前も勝手に変えてしまうらしい。もともと怪しい集団だと思っていたけど、ますますおかしい。そもそもこんな若い男に母は翻弄されていたのか。怪しい笑顔に怪しい口調。信用できるような要素が欠片もないのに、母はこの宗教にどっぷり浸かりこんでいる。

「…私の母はこの団体に多額の寄付をしました。もう、私たちを解放してください」
「な、何を言っているの撫子…!」
「もう私たちにお金はありません。解放してください」

人生で初めての土下座。額を擦り付けるように。
これで納得してくれるとも思ってもいないが、私にもう正しい判断なんてできない。
でも彼に、彼に少しでも人の心があったのなら。そう期待したのも事実。しかしそんな淡い期待も虚しく、鈍い音とともに私の頬に散ったのは、血。恐る恐る隣を見ると母がいたところには母とおぼしき肉の塊があり、だらしなく腹から内臓を飛び出させていた。

「では用済みです。さようなら」
「呪いですよね、知ってますよ」
「…。」

きっと私も殺そうとしていたに違いない。しかしその私の一言で、その男の行動はピタリと止まる。

「見えてるのか?」
「見えていると言ったら?」

本当は見えてなんかいない。生まれてこのかた幽霊なんてものは見た事がないし、感じたこともない。
でも数年間身を粉にして勤めた水商売。酒と女に酔った客は情報を吐瀉物のように吐いていく。そこで聞き出したのだ。
この世には呪いという存在があって、それを祓う呪術師がいる。
人間の負の感情から生まれた呪い。日本の行方不明者や怪死者のほとんどはその呪いによる被害に遭った人。
そして母のハマりこんだこの宗教は、呪いによる被害を解消してくれる、といったような団体だが、実際のところ呪術師ではない人間から搾取し用が済めば殺す。そんな噂が立っていた。
呪い。きっとさっき母を殺したのも、呪いだろう。あまりにも現実味がなくて半信半疑だったけど、今、納得した。
呪いはいる。そしてこの呪いをこの男は、操ることができるんだ。
キツく睨みけると本当に恐ろしい目をして私のことを睨み返してきた夏油は、すぐその顔を綻ばせ馬鹿馬鹿しそうに笑った。

「見えているものか。君からは呪力の欠片も感じない。完全なる猿。私の世界には必要ない」
「別にすぐ殺す必要はないんじゃないですか。私、猿からお金集めるの得意ですよ。母は今まで数十億円の寄付をしてきたはずです。家を差し押さえられるまで、借金をしてまでここにのめり込んでましたから」
「そうだな、大事な資金源がなくなってしまったよ」
「私が代わりに集めますよ。金をもてあましてる汚い猿どもから、体を使ってでも」

そういうこと、猿同士にやらせる方がいいでしょ。できるだけ強気に、相手の目を真っ直ぐ見て、恐怖心を悟られてはいけない。
夏油はふむ、としばらく考える素振りを見せ、「まあ、しばらく様子を見ておこうか」と私に背中を向けた。

「日曜までに2000万集めろ。できなければ殺す」
「…わかりました」

向けられた視線から、それが冗談ではないことなんてすぐわかる。
今日は火曜日。時間はない。
私はすぐに立ち上がると"母"だったものを避け、その寺院のような施設を去る。
遠に母親に愛情はない。ただ家族だからと見放すことができなかっただけ。
でも母をあのようにした夏油を許すことも出来ない。

「殺してやる、夏油傑」

これは私の復讐劇。
勝つか負けるかは、神のみぞ知る。

恭順をとなえて