はじめまして・禪院真希

パンダの背中に必死に隠れる同級生の姿を、私はただ単純に「ダセェ」と思った。

「ああああのあのあのあのわわわわたしのななな」
「いやーすまん、こいつめちゃくちゃ人見知りなんだ」

この春、私はクソみてえな家を出て東京の呪術高専に入学した。その際、唯一の同性の同級生がかなりクセの強い奴だとは聞いていた。
だが、これはクセが強いというよりは、ただの地雷女臭がする。

「真希だ」
「ま!真希ちゃん!!」
「よろしく」
「あっあっ、寧々子です!よろしく!!」

手を差し出すと嬉しそうに手を握り返す。
こいつとは仲良くなれねえな、と直感した。
話によると"とある事情"で高専に幼い頃から保護されていて、学校にも行っておらず、高専関係者が世話をしてきたらしい。同い年との関わりはほぼなく、友達という友達はいない。寧々子の保護者である夜蛾学長の呪骸のパンダだけ。なるほど、箱入り娘で大切にされてきたってわけだ。特別な事情なんてこの世界では珍しいことじゃねえ。
握った手はすぐに放した。寧々子は一瞬寂しそうな顔をしたが、私は別に仲良しごっこをしたくてここに入学した訳では無い。
すぐに背中を向けた私に、パンダの後ろに隠れた寧々子が、「か、かっこいい〜」と呟いた。
こいつただの馬鹿なのか?と思ったが、その時は無視をした。
その後も何度かパンダの背中に隠れて私の様子を見ていたが、私は気づかないフリをし続けた。
平和ボケした、何を考えているかもよく分かんねえ顔。学長の娘ともなるとそれなりに優遇された人生を送ってきたのだろうと思うと、ますます気に入らない。
だけど、こいつへの認識を改めたのは体術の時間。

「じゃあ、今日は初めての立ち合いだし、女の子は女の子同士、男は男同士でやろうか」

パンダを男とカウントしていいかはわからないが、担任の悟がそういうので異論はない。
しかし、このヒョロそうな女が相手になるとは到底思えなかった。
呪力のことは知らねえが、筋肉もさほどついてねえしいかにも人を殴ったことなんてありませんって顔してやがる。
緊張してるような素振りを見せて、寧々子は「よろしくね」と手を差し出した。私はそれを素直に受け取ることが出来なかった。
向き合って、かまえる。今日は呪具の使用もなければ呪力の使用も禁止されている、ただのガチンコ殴り合い。こんなひ弱そうな女をボコボコにするのは気が引けるが、これも授業の一環。さっさと投げ技でも決めて終わらせようと仕掛けたが、

「くっ!なんだお前!!」
「私、避けるの得意なの!」

天与呪縛のフィジカルギフテッド。私は生まれつき呪力は一般人並だし呪いも見えない。だが一般人離れした身体能力を手に入れた。普通ならば目で追えないスピード、パワーのはずだ。
それをいとも簡単に交わされる。
反撃はしてこねえが私の攻撃が当たらねえと意味はねえ。

「真希ちゃんやっばいね!クソ強い!!」
「やばいで片付けられちゃあ堪らねえな!」

やっとの思いで掴んだ腕。勝ったと思った。しかしなんの躊躇いもなく寧々子は自分の腕を自分でへし折る。その反動で手が離れて、また寧々子自身も私から距離をとる。さすがにそこまでやるか?と思いながら、また振り出し、と息をついたら、悟が間に入ってきた。

「はい反則」
「え!?ええぇ!?待って待って待って術式切るの忘れてたごめん待って待って待って」
「失格でーす」

反則とは。ああ、さっきのスピードはやっぱり呪力で操作していたのか、と思った。

「一応硝子に見てもらって」
「いや、治ってますー完璧ですー。術式オートマにできてんの悟だけだと思うなよ」
「はい、行った行った」
「や、ちょっと私真希ちゃんボコボコにすんの!やだ!やだあ!!!」

暴れる寧々子がパンダに担がれこの場を離れる。私と棘はわけも分からず呆然とその光景を見ていて、担任の悟が全てお見通しだ、というような、にやけ面で私ら二人を見た。

「驚いた?」
「しゃけ」
「…。」
「寧々子は反転術式が使える。軽い傷なら他者を治すことも出来る。自分に関しては怪我をしたと同時に発動させるようにしてるからね、呪力なしの勝負で反転術式使ったから反則になった、ってわけ」
「あの反射神経は何なんだよ?」

私は天与呪縛でこの身体能力を手に入れて、あのクソみてえな家ではクソみたいな扱いを受けてきた。呪力なしの勝負なら負けることはない。そう確信していた。なのにどうだ、あいつは私と渡り合っていた。

「結構特殊な環境で育ったし、一応一級呪術師だからね。経験は二人よりもかなり積んでいるよ」

でも、と悟は続ける。

「真希に捕まったの相当悔しかったんだろうね、自切なんで早々しないよ、あいつ」

ましてやこんな実践でもない授業で。
そういえば、さっき私の事ボコボコにするとか言っていたな、と記憶をたどって、思わず笑ってしまった。

「おもしれぇ」

呪力なしで私と渡り合える存在。少なくとも、ぬくぬくと育ってきたわけではないということが分かった。
その授業の後、寧々子の見舞いに行くとベッドで横になっていたものの腕の骨折は完全に治ってるようでケロッとしていたが、私が来たことによってかなり緊張をして口調がしどろもどろになっていた。さっき悟と言い合っていた時とはまったく印象が違う。

「なあ」
「ひ、ひゃい!な、なに、真希ちゃん!」
「今度カラオケ行こうぜ」
「カ!カラオケ!?……あ、あの歌うやつ、です、よね?」
「お前行ったことねえの?」

高校一年生にもなって、そんなことあるか?と思った。だが顔を赤くしてそれを恥じている寧々子の姿を見て、これ以上何かを言う気にもなれない。

「今から一緒に行こうぜ。みんなで」
「…、いいの?」
「なにが」
「真希ちゃん、私のことあんま好きじゃない…」
「好きも嫌いもねえよ。行くのか?行かねえのか?」

丸くて大きな瞳。私のキツい目とは大違いだ。
血なんて見たことありません、みたいな顔をして、一級呪術師なんて今までどんな地獄を見てきたことだろう。

「…行く」

細く、柔らかな手が私の手に触れる。初めて会った時にはすぐに放してしまったその手を私は握りしめた。

「おう。準備しろ」

そのままベッドから引き上げる。背は私より低い。私を見上げる顔がまだ赤らんでいて、なお私を見つめるものだから私も少し気恥ずかしくなった。

「真希ちゃんって、めちゃくちゃ美人だね…」
「…馬鹿じゃねえの?」

頭を小突くと痛くもかゆくもねえだろうに「痛い!」と大袈裟に反応して、その頭をおさえる。
ヘラヘラ笑って、正直好きなタイプじゃないけれど。

「おら、行くぞ」
「んふ、へへへ」
「笑い方気持ちわりいな」

寄りかかるように肩を組む。そのヒョロい体は私の体重をかけてもビクともしない。
やっぱりおもしれぇ。東京の高専に来て良かったと、心底思えた。
prevbacknext


TOP