これは勝負です


彼らの仕事がどういったものなのか、私は知らない。
悟くんは突然仕事が入ったりと中々忙しい仕事に就いてるみたいだけど、その後輩だという七海さんも恐らくすごく忙しい仕事内容だと思う。
だけどな、
忙しいんじゃないのかな。
カウンターで悠々自適にコーヒーを嗜む彼の姿を見て、本当にどんな仕事に就いているのだろうと疑問に思う。なんか変なサングラスつけてるし。
まさか二日連続でご来店とはな。悟くんですらしたことないのに。
ラストオーダーまであと30分。幸か不幸か、今はお客さんは誰もいない。
音もなく、バレないようにため息をつく。コーヒーを気に入ってくれたのは嬉しいけれど、なんとなく、複雑な気持ちだ。

「今日はお休みなんですか?」
「いえ、今日の仕事は片付いたので」
「そうなんですね。ご苦労様です」
「…これは?」

まあいいか、と差し出したケーキ。もうお客さんは来ないだろうし、どうせ廃棄になってしまうもの。甘いものは苦手かと聞けばそうではないらしいし、もう売り物にはならないからそのコーヒーにぜひ合わせて欲しい。と伝えたら、七海さんはそれなら、と受け取ってくれた。
口に含んだ瞬間、少しだけ目を開いて、その味を堪能しているのが分かる。
美味しいでしょう。そうでしょう。私、実はこのケーキを色んな人に食べて欲しくて、カフェを始めたんです。

「とても美味しいですね」
「本当ですか?ありがとうございます」

営業スマイル。でも今回のスマイルは心の底から嬉しいので本気の笑顔。自信のあるものを認めて貰えた時の幸福感。顔見知りのお客さんなら、ついでに私も〜なんて隣に座って談笑しながらコーヒーを飲んだりもするんだけど、そこまでの仲でもないな。
ていうより、できればあまり関わり合いたくないのだけど。別に数年酒クズやってりゃ男の前で嘔吐したことなんて1度や2度どころではないけど総じて彼らとは1度きりの逢瀬。そりゃゲロ女とは付き合ってられませんよ。でもこの人は何を考えているのか、こうして店にせっせとやって来て。私的にはさっさと縁を切りたいくらいの気持ちだけど、でも今はお客様。無下にはできない。
洗い物をしてる途中、ちらりと目線を彼へ持っていくと彼もまた私を見ていたらしい。目が合った。ドキリと胸が一度大きく脈打って、慌てて目を逸らした。
ああ、まただ。彼の前だとなんかこう、心が落ち着かない。私の理想のいかにもな店主像は、こんな相手がかっこいいからといって心を乱されることはありません。むしろ乱す側でありたい。

「五条さんとは」
「は、はい…っ」
「五条さんとは付き合いが長いのですか」
「え、あ、…そう、ですね。それほどは。1年くらい、でしょうか?」
「随分と親しいんですね」

含みのある言い方。棘のある言い方。

「最初はお客さんだったんですが、今はお友だちとして仲良くしていただいてます」
「彼と、お友だち、ですか」

まるで私を嘲笑うような言い方。何が言いたいんでしょう。
五条悟と異性の友情なんて成り立ちやしない。そんなことはこの人も分かっている。じゃあもうそれ以上言うことなんてないでしょう。それとも私のこの口から、「彼とは体だけのお付き合いです」とでも言わせたいのでしょうか。
このまま一人でドギマギしてるのも性にあわないな。目を逸らさず、彼に少しばかり憎悪を含んだ冷たい視線を。
まさかそんな顔をされるとは思っていなかったのだろうか。嫌味な言い方をしたのは貴方なのに?
ちらりと時計を見る。時刻は17時16分。ラストオーダーまであと14分。少し早いが今日はもう店仕舞いだ。

「言いたいことがあるならいいですよ、付き合います」

エプロンを外し、纏めた髪を下ろし、前髪をかきあげる。

「とりあえず、飲みましょうか」

カウンター下からドン、と取り出すは私のとっておきのスコッチウイスキー。仕事終わりにご褒美で飲んでいるもの。他にもいっぱいあるよ、私は酒クズだもん。
特別に分けてあげようではないか。私の宝物たち。店の看板は、CLOSEに変えて。
悟くんのものとはまた違う、サングラス越しに青緑の宝石のような瞳が私を挑戦的に見ている。それに溺れてしまわないように、酒だけに溺れよう。

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