A letter

拝啓、わたしが愛した人へ




あなたがこの手紙を読んでいる頃、わたしは死んでいるか、もしくは死にかけていることでしょう。陳腐なことはしたくありませんでしたが、いざとなると私はこの手段しか思いつきませんでした。つまらない茶番だと思うかもしれませんが、後生だと思って、どうか許して。
これから、わたしが死にゆくにあたって伝えたいことを、いくつか書きます。
まずはじめに、ご存知の通り、わたしにこんな陳腐でつまらないどうしようもない手紙を送らせたのは他でもないあの気狂いピエロであり、例の如くわたしはみるに堪えないほど悍しい殺され方をしていると思います。死ぬことに恐怖はありませんが、わたしの人生において培ってきた無駄な美意識によって、醜い死体を晒したくはないのです。なので、もうじきわたしの死体と対面することになるでしょうが、どうか、お願いだから、あまりみないでね。
ここまで読んで、どうでもいい内容だなと、どうぞ笑ってくれて構いません。でも、本当にどうでもいいのはここまで。
わたしはこの手紙を書きながら、わたしが愛した人たちについて考えています。愛されたことも愛したこともないような人間が愛を語ることなんてできないと思いますがそれはさておき。例えば、わたしは何か理由をこじつけて傷の手当てをするのが好きでした。もちろん大きな怪我をしているとき(腕がちぎれかけたときなど)はマチが手当てをするのが当たり前でしたが、ちょっとした擦り傷や切り傷を手当てするのはわたしの仕事だったように思います。舐めておけば治るような野郎共ばかりなのに、なぜそんなことをしていたかというと、わたしは確かに、愛を持っていたからだと思うのです。
でもそこが、わたしの悪いところでもありました。わたしがもう少し冷静であったらよかったのかもしれません。わたしはいつも仲間が死ぬと、どうにも感情がコントロールできなかった。今思えば、わたしは自分の愛した人を自分の生きる意味にして、縋るところがなくなるのが恐ろしかったのかもしれません。それに、正解のわからない愛を一人で噛み砕いて、解釈したこじつけかもしれません。でもわたしはそれを愛してると呼びたい。それで、これがわたしが死んだ、または死にかけている理由というわけ。わたしの頭は自分の定義した愛でぐちゃぐちゃになって、愛に自分の命を売ったのです。なぜなら、わたしが愛した人たちが生きる意味ならば、わたしは今世に縋り付く理由がないと気がついたから。あ、ちなみに、今この手紙を書いている時点で、まだわたしは死んでいません。死んだわたしが生き返って筆を取るなど、そんな気色悪いことはしたくないので。わたしのオカルト嫌いはよくわかっているでしょう?でも、もうじき死ぬことはわかっています。そうするつもりだからです。
ヒソカがわたしのことを殺しに来たら、きっと今はもう互角にやれるかどうかも怪しい。かと言って、ヒソカに対してわたしは相性が悪いから、わたしが本気で逃げれば、どれだけボロボロになっても命は助かるでしょう。可能性はゼロじゃない。ちゃんと頭を働かせれば逃げ切ることを考えるのが得策なんだろうけど、その手はもう、捨てました。わたしはとにかく、ヒソカに確かなダメージを与えようと思います。わたしの命ぶんの念なら、きっと可能でしょう。
そうそう、ウヴォーが死んで、パクノダが死んだとき、鎖野郎は同胞を殺した私のことを許すことなど永遠にできるわけがないのに、わたしが死ぬ理由にはなりたくないのだと、あの緋の目を燃やしながら言いました。なぜなら鎖野郎は、確かにあのときわたしのことを愛してしまっていたから。鎖野郎は、わたしが愛した人を殺し、それをどこかで少なからず悔いていたのです。ああなんて愚かな男。わたしは鎖野郎の言葉の意味がよくわかりませんでした。でも皮肉なことに、その時、わたしは自分自身の矛盾に気付いてしまったのです。わたしがこれまで殺してきた人間たちにも、愛した人や愛された人がいたのだと。そして今ならはっきりとクラピカの言葉の意味がわかるのです。
それなのに、わたしは今、あなた達を愛してるだなんて言っているんだわ。
話がずれました。とにかく、これはわたしが持ちもしない愛についてたくさん考えた結果です。わたしはいつかヒソカに殺されるのだと、どこかでぼんやり考えてはいたので、今は死んでもなにも後悔のない様に、この手紙を書いています。実はこの手紙は、面白い念(行きつけの花屋の女の子がたまたま持っていたものでした)で出来ていて、自分でこの手紙が相手に届く条件を決めることができます。私は設けた条件は三つ。一つ、私がヒソカによって殺された、又はどうにも命は助からない状況にあること。二つ、私の毒によってヒソカが致命傷を負っていること。そして最後に、クロロ、あなたがわたしのことを愛していることです。今、最後の条件を書きながら、クロロが呆れた顔で、わたしのことを突拍子もないと表現するのを想像してる。わたしの生まれた家なんてくそですが、唯一良かったと思うのは、文字の読み書きがクロロと同じレベルでできるくらいの教育が受けられたということです。そもそも、旅団にこんな凝った手紙が届いたとして、読もうとするのはクロロぐらいしかいないし、手紙が届く頃に生きているのもうロロくらいだと思います。正直なところね。なぜここまで勿体ぶったかって、わたしも確かではないからです。でも九割九分の確率で、最後に生き残るのは、蜘蛛の頭である団長でしょう。蜘蛛は何度足がもげても、頭がある限り生き続けるから。
もしこれを読んでいるあなたがクロロではないのなら、ごめんね。わたしのこの愛の手紙に免じて、ちょっと馬鹿にしちゃったけど、許して。
今気がつきましたが、クロロがわたしを愛していなかったらこの手紙が読まれることもないんですね。それは少し失敗だったかも。まあ良いや。
そろそろこの手紙はおしまい。読んでくれてどうもありがとう。
愛してる。あなたと生きた地獄は、悪くなかった。
ではさようなら、わたしが愛した人。



男がその手紙を読み終えた時、ちょうど男の耳元で鳴っていた呼び出し音が切れた。応答を急かす画面に、男は通話の終了を余儀なくされる。
腕がだらりと垂らされると同時に、男の携帯電話が、落ちる、落ちる。


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