「仗助、今日トニオのとこに飯食いに行こうぜ。」


康一なんかも連れてよう。肩を組みながら親友が陽気に誘うが、今日は岬さんのアトリエに弁当でも買って行く予定だったので口籠って頬を掻く。彼女はベルギーだか何処かの主催の展覧会に植物を使った作品を出展するため、あの地下のアトリエに籠りきりになっており、食事もままならないようだからだ。



「悪いけど、俺ちょっと寄るとこあるからさ。」


案の定、億安は怪訝そうに眉を顰める。


「あー?おめぇこの前もそんなこと言ってさっさと帰っちまったじゃねえか。何処に行ってんだよ」


まさか、女が出来たのか?詰め寄る強面に苦笑しながら慌てて否定する。

「そういうんじゃねーよ。彼女とか出来た訳じゃねえからさ。」


嘘は言っていない。億安に言わせればきっと岬さんの存在はほぼ同義であるが、姑息に僕はその言葉の隙間をすり抜けて隠してしまっている。話せば屹度、友人たちは彼女と顔を合わせることになり、あの静謐なアトリエに笑い声が溢れる、そんな日も来るかもしれない。それが厭な訳ではないけれど、彼女も恐らく拒まないけれど。



「お袋のダチんとこに、お使い頼まれてんだよ。猫に餌やってくれーってさ。」



もう少し、もう少しだけ、互いの世界であの無垢な空間を充満させていたいのだ。いつか友人たちと彼女を訪ねることがあったとしても、その残り香を感じられるくらいには。




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