街の喧騒に今にも掻き消されそうな、コンクリート剥き出しの古い商業ビル。初めてこの建物の前に立った日も、こんな風にぴりりと空気が澄んでいたと思う。


不意に現れた分厚い透明の地面に首傾げ覗き込むと、命枯れる季節にそぐわぬ鬱蒼と生い茂る緑の中、巨大な一枚板に跪く彼女を見た。

生成りのだぼっとしたワンピースに身を包み、つむじをこちらに晒して無心に木の枝を紐で括り付けている。そっとその透明な地面に手をついて蹲み込んだ僕は、小人の棲家でも盗み見ているような幼けな興奮を以て彼女の挙動を見守った。白い息を吐き出すのも惜しみ乍ら。悴んだ指先も忘れて。


ウエストに巻き付けられるくらいの大きさにその木組みの浮き輪を仕上げると、小人が突然こちらを見上げたので思わず僕は息を飲んだ。いつの間にか僕のいる地上の光が燦々と彼女の周囲に降り注いでいて、僕の影がくっきりとあちらに届いていたのだ。


逃げ出すだろうか、それとも隠れてしまうだろうか。

己れの不審も忘れて僕は不安になる。臆病な小動物に手を伸ばした子供のように。然し彼女はあくまでも人間で、而も僕より幾分大人の女性だった。


思えばあの瞬間から、僕はただ彼女の姿を自分の記憶に刻み込む射影機に成り下がっていたのだ。眩い陽光に瞬きもせず、透けた瞳でこちらを見上げるあの気だるい眼差しに惹き付けられた、安っぽい射影機に。





- 2 -
*前次#
ALICE+