初対面




 私の住んでいるところは地方都市だ。その県の中ではかなり栄えてる方で、地方都市は車社会なんて言われているけど、生活する分には徒歩圏内でも全然問題ないぐらいの、かなりの良い立地に済んで恵まれていた。

 そんな私の職場も言わずもがな徒歩圏内にあり、歩いて十何分と言ったところ。歩き慣れて、馴染みのある私にとってはなんてこともないただの普通の道で、この町で生まれてこの方面倒なことに絡まれたことなんてなかったから、慢心していたのだと思う。なんせ、ここら辺は飲み屋とかそういうものもなく、住宅街のすぐ隣のような立地なのだから、わざわざこんなところでバカを働く人間などいるわけがないと考えていたのは、今思えば随分と浅はかなものだ。

「お疲れ様でしたー」

 仕事を終えた私は、挨拶をして職場を後にする。すっかり太陽も沈みきっており、比較的交通量の多い道路沿いではあるものの流石にこんな時間になればここを走る車は減ってくるものだった。

 そんな幅のある道路の横断歩道を横切り、その先にある脇道のような、と言ってもそこまで小さなものではなく先程の道路に比べれば細くは見える程度の道を通っていつも通りの帰路に着こうとしたところだった。

「――!」

 なんて言ったのかは明白には分からない。いつも外を歩く時はワイヤレスイヤホンを付けて、音楽を流しているせいでその内容までは分からなかった。しかしなにか聞こえたな、という違和感は音楽を聴いてても案外感じ取れるもので、周囲を見渡しながらも私は右耳のイヤホンだけを外してみる。

 そこにいたのは、見知らぬ男性。それだけならまだしも、どうやら私の存在を認知し何か言っているようで、それが私にとっては酷く恐怖心をそそるものであった。年代は若くても二十代後半、更に上を言ってたとしても四十代半ばぐらい。しかし、仕草や言動からして、ただの良識ある一般人とは程遠いのはもう見てわかる通りだった。

 そんな男性は一歩一歩、大股にこちらに近付いてくる。
 この様な状況に陥った時、想像や仮定であったのなら大声で叫ぶとか、咄嗟に逃げるとか、そういう行動を取れるものだと思うが、実際にこういう場面に遭遇してみると意外にもそうはいかないもので、怯えながらも心の奥底、はたまた片隅ではこれが足がすくんでいるという状況か、などと思ったりなどもした。
 とは言ってもまぁ怖いものは怖いので、どうしよう、などとあたふたしつつも動けずにいた。逃げるべき?でも足に自信はない、すぐに追いつかれたらどうしよう。大声で叫ぶべき?でもちょうど住宅街からは少し離れて店が立ち並ぶ大通り沿いで、誰も来てくれないかもしれない。そんなたらればの思考はあいにく全部不安で塗り替えられてしまっていた。

 あぁ、もう、私はここで悲惨な目に遭うのかな。
 私の度胸のある性格というのは、本当に役に立たないところで発動するようだ。この場合、肝が据わってるというかはただの諦めに近いものだろう。だがその数秒後、その達観は無意味に変わった。

「何をしている」

 私がその人の存在に気付くよりも先に、彼は近寄ってくる不審な男性の手首を易々と掴んだ上に捻りあげて、あっという間に制圧してしまう。掴まれた男性が無様な声を挙げた時には、驚きと拍子抜けにきっと私は間抜けな顔をしていたのかもしれない。

「逃げられると思っていたのか、随分と舐められたものだな。それに今、お前は何をしようとした?」

 助けてくれた、というより、たまたま利害の一致かなにかで結果的に助けられたことになったその人物は、その男性と数回話した後話にならないと判断したのかスマホを手に取るとどこかに連絡して「今すぐ来い」と指示を出していた。
 背は高くスラリとした長身で、おまけに姿勢はよく服で隠れているがあの感じはきっと筋肉もしっかり着いているタイプだろう、筋肉フェチの私には分かる。夜の街灯しかない状況下においても、白髪とその白い肌は綺麗と思えるほどの色合いで、顔立ちはきっと誰が見てもイケメンだと思うだろうが、放たれる威圧感と空気感は人を寄せつけないようなオーラがあった。

「おい、お前。そこを動くなよ」
「あっ、は、はい」

 男性を取り押さえながら、白髪の彼は私に言葉を投げた。やっぱり人助けをする優しいだけの人間では無いらしい。だが先程の恐怖が尾を引いていて、ここで優しくされても罠だとかを警戒するだろうから、彼の裏表の無さそうな端的な言動は逆に良く見えるものだった。

 ここで変に反抗して逃げるように帰って、彼の反感を買ったりしても怖いし、何よりひとりで無防備に帰るにはちょっとまだ怖い気持ちが勝っていた。結果論とはいえ助かったのは代わりがないのでお礼も言いたいしという気持ちもあり、私は彼の言うとおりその場に留まることにした。
 そこから数分程度、彼が電話をしたであろう相手がやって来た。

「お待たせ、律くん。あれ、そこの子は?」
「絡まれそうになった一般人だろう。伊織、こいつを連れて先に戻れ」
「はいはーい、分かったよ」

 現れたのは黒髪の、これまた白髪の人と同じぐらいの背丈の男性だった。伊織、と呼ばれたその人は白髪の人とは打って変わってふわりとした口調で、そのどこか飄々とした様子は世間一般的に、メロいと称されるような女性人気の高そうな人物だった。というのも印象止まりで、彼は律くんと呼ばれたその白髪の人物に指示されると、抑え込んでいた男性の身柄を譲り受けるとそのまま行ってしまった。

「おい」

 伊織という人物が歩いていくのを見届けてから、律という名らしい彼は私にまた向き合った。

「お前、なんでこの時間に一人で歩いている」
「えっと……ちょうど仕事帰りでこれから帰るところだったんです」
「仕事帰り? 徒歩で通っているのか」
「まぁ、はい。すぐそこの、あのお店なんで」

 そう言って私は、横断歩道を渡ってすぐ目の前にある飲食店を指差す。その方向に目を向けてそれを見た彼は、納得したように「ああ」と口にしてから、また私に目を向ける。

「とは言ってもこんな夜に無防備すぎるだろう。誰か迎えに来させるか、車や自転車などで通うという手段はないのか」
「えーっと……あいにく迎えに来てくれる人もいないし、自転車もなければ車もないし、そもそも免許もないので」

 そんな私の言葉を聞いて、彼は言葉を噛み砕いたのか間を置いてから眉間に指をやって軽く息を吐いた。

「……一人暮らしか?」
「実家なんですけど、親が夜勤で」
「……そうか」

 彼は迷ったように少し考えている様子だった。確かに近所とはいえ夜道を女性一人で歩くのは迂闊だったかもしれない。ここ最近は治安の悪化どうこうなんて話は聞くが、まさか自分の家の周りにまで及ぶとは到底思わなくて、ああいうのはどこかしら遠い話のように思ってしまう自分もいた。

「……送る」
「え?」
「勘違いするなよ。不本意とはいえ巻き込んだのはこっちだ、また同じようなことが起きてお前に何かあっても目覚めが悪くなる」
「……ありがとうございます」

 訳も分からぬまま、とは言いつつも断る理由もないのでその言葉に甘えることにした。道は、と聞かれて帰り道を指さし、流れで彼と並んで歩くことになった。

 何者なんですかとか、何があったんですかとか、私なら全然そういう話の振り方は出来るほうだしコミュ力はそこそこにある方だと自負しているが、その質問を投げかけるには相手が悪すぎるという判断は流石にある。正直良い人なのか悪い人なのか判断出来ないし、正直なところヤクザだとか暴力団とか、そういう人達なのかもという想像までしてしまう。
 でも不本意ながらにも巻き込んだという彼の台詞は、そう考えると一般人には手出ししない裏の人間のような、よくある極道ものの鉄板の正義というか筋というか、そのようなものを感じて、もしこれが私の想像通りなのだとしたら、こういうのは二次元やフィクションコンテンツだけでなくリアルにも存在するものなんだなと思うなどした。



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