送迎




「お前、警戒心というものはないのか」
「……それは、どういう意味合いで?」
「夜中に女一人で出歩き、絡まれそうになっても逃げはせず、俺が送ると言っても警戒せず一つ返事で頷いただろう」
「あー……まぁ、言われてみればそうかもですね」

 まあ正直に言えば、警戒心よりも面倒臭さというか、自分のズボラ具合が勝っているだけにすぎないのだが、それを正直に口にするほど、私は空気が読めない人間という訳ではないのでその言葉を飲み込んだ。

 逃げなかったのは思いのほか身体が動かなかったからだとか、一つ返事で頷いたのだってただの好意というより彼がただ目覚めが悪くなるという理由を口にしていて、罠や芝居ならここで油断させる為に甘い言葉や優しい言葉を吐くのが道理だろうに、貴方はそれをしなかったからだとか、理由はあるけれどそれをいちいち言語化して口にするとどうしても口数が増えてただのマシンガントークになってしまうので、それを簡潔な一言で表せれる語彙を持たない私は口にはしなかった。

「まぁ、家が近いので油断してたのは、否定できないですね」
「……そうか」

 段々と街灯の数が減り、住宅街の中の小道に差し掛かり更に人気が消えていく。そんな道を二人で歩いてはいるものの、会話はあまりない。私も特に話題が無いなら無理に話し掛けたりはしないタイプだし、向こうもどうやら積極的に話しかけるような素振りはないので、必然と沈黙が多くなった。だがお互いにそれには特に気にもとめてはないようで、不思議と気まずい空気にはならなかった。

「あの、さっきはありがとうございます。助けるつもりがなかったのかもしれませんけど、結果的に助かったので」
「別にお礼はいい。お前の運が良かっただけだ」

 そしてまた会話が途切れる。無理に会話を続けようとしなくてもいいこの距離感が少し心地良いと思ってしまうのは、初対面に対してはあまりにも無防備すぎるのでは? と自分でも思ったが、ついさっき警戒心がないと指摘されたことをすぐに思い出し、まさにこういうところかと自覚した。

 彼の背丈は横に並ぶとそこそこの高さがあり、過去に推してたキャラで背の高い人がいて、その人の身長と自分との差がどれ程あるかということを確認したほどのオタクではあったので、その無駄な知識からなんとなく百八十程度はあるのだろうと推測できてしまった。
 そうなるとそこそこに身長差はあるはずなのに、横に一緒に歩いてて、私はずっと自分のペースで歩いていたことに気付き、即ちそれは歩くペースも歩幅ももっとあるであろう彼が私に合わせてくれているのだと言うことにも気付いた。口ではぶっきらぼうだが、さり気ないこういうところは優しさが滲み出ているなと思うし、やはり人となりというのは完全には隠しきれないものだったりかなと考える。しかしそれだけで相手がどんな人間性かを判断するには些か早急すぎるし、我ながら相手がどんな人物なのかを推測して予測して考えてしまうのは、もう癖になっているのだろう。

「お前、次もまたこの時間にこの道を歩くのか」
「んー、明日明後日はお休みなんですけど、確か水曜日も退勤がこの時間辺りになるはずだった気がします」

 言った直後に、あれ、こんな簡単に情報を開示してしまっていいのかなとちょっと不安になった。聞かれたことに対して素直に答えただけだが、でもあまりにも素直すぎたかと思うなど。私は思ったよりも純情でピュアすぎる、と自認するにはあまりにもやかましいし誇張しすぎではあるが、それにしても素直な点は長所にも短所にもなり得るだろう。

「水曜か。……その日も帰り見守るぐらいはしてやる。こっちも周辺の警戒をする必要がある、そのついでだ」
「え?……ありがとう、ございます」
「……今、警戒するのか」
「いや、まぁ、はい。警戒というか、今日限りのことだと思ったので驚きというか」
「別に、そんな大層な理由はない。意味を深堀しようとしても無駄だ」

 分からない。この人が怪しいのか怪しくないのか、優しいのか優しくないのか、怖いのか怖くないのかもう分からなくなってきた。ただ、下心とかそういうのは無さそうに見える……というのは、流石に決めつけがすぎるか。ただ押し付けがましくない理由を述べつつも、引く気はない姿勢のそのアンバランスさが、優しさよりも義理に近いような感覚がして、それが時にはただの親切よりは頼りに見えてくるものである。

 そんなこんなで歩くうちに、私の住む家が見えてきた。完全に住宅街の中の一角で、近くには公園もあるが流石にこんな夜に公園に行くような人物はいなかった。とは言いつつも、真夜中に誰かが外にいるような話し声は聞こえはするものの、それは治安が悪いよりかは地元かつ近所の公園でひっそりと溜まり場にしてる程度の可愛らしいもので、特に懸念するほどのものでは無いのは、ちょっとした余談だ。

「じゃあ私、家がこっちなんでここら辺までで大丈夫です。わざわざ送っていただきありがとうございました」
「……ああ。戸締りはしろよ」

 お礼を言った後、彼は一言だけ残すと特に名残惜しい様子は見せずにその場を後にした。結局最後の最後まで、彼が優しい人物かどうかを判別することは出来なかったものの、ただ居心地は悪くなかったという事実だけでそれなりに良いものと思えるものだった。
 とはいえ、帰り道いつも音楽を流してノリノリになって気分良く帰り道を歩く、私のそのルーティンが潰されたことが少し残念にも思っていたのは、ここだけの秘密だ。



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