「起きよ雑種」

寝ぼけてまともに機能していない脳から真っ先に伝達されたのは顔面──主に鼻を襲う鈍痛であった。
目を白黒させて視界いっぱいに広がるマイルームの美しい床に手をついて体を起こす。
耳元で喧しくなっていたはずの目覚ましはすっかり静かになっており、それのせいか全身を貫く痛いほどの沈黙と視線に梓は頭を掻きながらとりあえず力なく笑いながらギルガメッシュを見上げた。

「ギルおはよう。記憶にはないんだけど変な夢を見てたのかな?今日に限ってベッドから落ちて顔を強打するだなんて」
「梓が変な夢を見ていたかは知らぬが、ベッドから突き落としたのは我だ」
「……仮にもマスターである私をギルが落としたと」
緋色の瞳をこちらに向けたまま沈黙している彼は首を横に振りはしなかった。

頼んだのはこちらであるし一応加減やら色々配慮(してくれたと信じたい)の上であの力で布団から弾き落としたと思いたいけれど、痛いものはやはり痛い。
今もジンジン痛む鼻を押さえ鼻血が出てきていやしないか身嗜みを整えるがてら鏡で確認する。
痛みを訴えている箇所は赤くなりはしているものの、出血の気配はない。

「私が昨夜起こしてと頼んだからだよね?ありがとう。人類最古の英雄王と契約しているマスターなんだもの、人に迷惑を掛けるなんて言語道断だよね!」
「貴様が今口にしたように我のマスターとして恥ずべき行動はしてくれるでないぞ。元より期待しておらぬが、梓なりに完璧に近付けるよう今後も尽力せよという至極簡単な話よ」
櫛を髪に通しながら何度も頷く。
普段から彼に相応しいマスターでありたいという姿勢は多少なれど当人にも伝わっていたようで、密かに胸を撫で下ろす。

パジャマを脱ぎ払いカルデアの制服を纏った梓は全身鏡で何度もおかしな箇所がないか確認した後、ギルガメッシュの腕を掴んでそのままドアに近付いていく。

「梓よこれはどういうつもりだ」
「この時間なら食堂に人は居ないだろうし、偶には二人きりでゆっくり朝食にしない?最近ギルと一緒に居れる時間少なかったから寂しくて……迷惑、かな」
腕を掴む指の力を少しばかり強め上目遣いでギルガメッシュを見てくる少女の姿に溜息をつく。
迷惑でないかと問うてくる割に力を強めてくるわ、上目遣いでこちらを見てくるわ……。
後者は身長差もあり致し方ないのかもしれないが前者は無意識とはいえギルガメッシュと共に朝食をとりたい、時間を共有したいという気持ちが強く現れ出た結果だろう。

溜息から良くない返事と取ったらしい梓の手がするりとギルガメッシュの腕から離れていく。
一瞬だけ俯いて目を伏せた梓は直ぐにいつもの笑顔を浮かべるとドアに半歩足を進ませた。
自身の体が思うように動かない……固定された左手の先はしっかりギルガメッシュの指と絡められている。

「時間が遅くなれば食堂も人でごった返してくる……早く行くぞ」
手を引かれ部屋を出た梓が目を細めはにかんでいるのを見たギルガメッシュも自ずと目尻を下げ、少女の穏やかな顔に見入っていた。

極夜