03

言葉にし難い悪寒が全身を駆け巡り彼の前である事も忘れて自分で自分を抱きしめる。
カチカチと鳴る歯を、全身の震えを、何とか収めようとしても一向に収まる気配はない。

「紅月!」
「だ、いじょ、ぶ……大丈夫だからそんな顔しないで衛宮くん」
すっかり血の気の失せた私の顔を見て眉間にこれでもかと皺を寄せた衛宮くんの暖かい腕が私の手を引いた。
目の前に迫る衛宮くんの顔にドギマギしていたのも束の間で一定のリズムを刻む彼の鼓動を聞いていると謎の悪寒も波が引くように落ち着いてきた。

「お前は大丈夫って言ってるけど相変わらず酷い顔してるし今日はもう帰れ。先生には俺から言っといてやるから、な?」
「私は元からこんな顔です!失礼しちゃうなぁ!」
「えっ!?いや、そういう意味じゃなくて俺は今も顔色が優れないって事をだな…」
分かってるよ、と笑い混じりに返せば流石に衛宮くんもからかわれていると分かったのか少し頬を膨らませたあと柔らかく微笑んだ。

「紅月の鞄持ってくるよ。すぐ戻るからここで大人しく待ってるんだぞ」
幼子をあやすよう優しく髪を撫でた衛宮くんが姿を消した瞬間今まで収まっていた悪寒が先より露骨に、ねっとり絡みつくように体を貫いた。
……いや、これは悪寒などではない。刺すように纏わりつく鋭利なこれは絶対的王者のみが持つ圧倒的な威圧感。

「…己が誰の所有物ものか今だ理解していなかったようだなディオネよ」
黒のライダージャケットを風に靡かせ靴を鳴らし地面に降り立った男は、すっかり怖気がついて声の発せない私の姿を恐ろしいほど冷えきった赤い瞳で見下している。
そもそもディオネとは一体誰なのか。もしかすると人違いをしているのかもしれない。
それなら早めに誤解を解いてしまおう、衛宮くんが戻ってきてしまう。
震える膝に力を入れカラカラに乾いて張り付いた喉から声を捻り出す。
正しくは捻り出"そうとした"。

「どれだけ時を経ても貴様の整った顔立ちは変わらぬものだな。…あの頃と比べて僅かばかり幼い、か?」
刹那、間合いを詰め自然な動作で私の頬を撫でる男の行動に震えは如実に、そして顕著に大きくなる。

「まあいい。騒がれでもしたら面倒だ少し眠っていろ」
鳩尾に鋭い一撃を見舞われ鈍痛と共に意識を落としていく最中一羽の鳥が羽ばたいてゆくのが映った。
その鳥目掛け伸ばした手は虚しく宙を漂い、そのままだらりと地に落ちた。

「翼を失い大空を舞うことも出来ず一生を鳥籠の中で過ごす……それは本当に幸せなのかしら」
誰かの声が脳内に反響した。

(幾度転生を重ねようと己の物と定めた人間は絶対手放さない王様(相手の意見は当然無視))

極夜