「ギルガメッシュ王が治めるウルクへようこそ!見たことのない顔だね」
遥か天にまで聳える高い門を前に足を止め、首が痛みを訴えるまでの時間それを眺めていたディオネに声を掛けたのは溌剌とした印象を受ける門兵だった。
門兵の指摘にどきりと心臓を跳ねさせながらこういう時はどう返すべきなのかと悩みに悩んで押し黙っていると門兵が再び口を開いた。
「一度見た顔は絶対に忘れない自信があってね。君のような美しい人を過去に一度でも見ていたら鮮明に覚えていると思うんだ」
「大層優れた記憶力をお持ちなのですね。お褒めいただきありがとうございます」
「滞在予定なら真っ先に宿を取ることをお勧めするよ。この道を真っ直ぐ行った先にある宿は料金も手頃で──」
今日初めて顔を合わせた人間に親身にアドバイスを投げてくれる門兵と、彼のような人材を生み出している街の在り方にディオネは既に好感を抱いていた。
「初めての旅で分からないことだらけなので非常に助かります。お勤め頑張って下さい」
表情を綻ばせ頭を下げたディオネは門兵の勧め通り宿を取ろうと歩き出した。
所狭しと並んでいる屋台の多さに圧巻されながら見渡していると一人の店主と視線が交わる。
「いらっしゃい。今日取れたばかりの新鮮な果実だよ!おひとついかが?」
「折角声を掛けていただいて申し訳ないのですが持ち合わせが少なくて…」
「あらまぁ…お嬢ちゃん若いのに1人でここまで来たのかい?これは私からの餞別だ持っておゆき」
溢れんばかりの果物が盛られた器を強引に渡されたディオネは翠玉の瞳を大きく見開いた。
「流石にこんな沢山頂くわけには…!」
「こういう時は何も言わず受け取るもんだよ!」
何とも押しの強い女性だ。この世界には様々な基質の人間が居るものだと感嘆しつつ店主に感謝しながら全進する。
右肩側から初老の男性から声を掛けられたディオネは果物を抱え直しながらその人に向き直った。
***
市街から漂ってくる異質な者の正体を見定めようと紅玉の瞳を伏せ精神を統一していたギルガメッシュであったが、どうしてもそれの本質が捉えることが出来ずにいる。
彼の千里眼を持ってしても見通せぬ存在となれば自身が忌み嫌う神に名を連ねる存在に違いないのだが…奴の行動が全く理解出来ない。
「(己の目で見るしかあるまいな)」
豪華絢爛な玉座から立ち上がり凝り固まった筋肉を伸ばすと耳障りな音が響いた。
微塵の敵意も見せぬ曲者は如何な者か…ギルガメッシュは口端がみるみる吊り上がっていくのを感じながら部屋を後にした。
やや日差しを強めた太陽がギルガメッシュの髪を照らし、生温い風が頬を撫でる。
王の姿を捉えるなり民は歓喜の声を上げ、雪崩のように押し寄せた。
彼らに手を振り応答しながら靴音を鳴らしていたギルガメッシュの目線の先にこの街では珍しい、自身と同じ太陽を溶かしたような神々しい金の髪を揺らす女の姿が現れた。
ギルガメッシュに負けず劣らずの人混みの中に存在する女は困った顔ひとつすることなく、女神を彷彿させる優しい微笑みを浮かべている。
「ギルガメッシュ様だ!王がおいでになったぞ!」
誰ぞ知らぬ声で瞬く間に人波が裂け、ギルガメッシュの視界には女のみが残った。
「ディオネと申します。お目にかかれて光栄です、ギルガメッシュ様」
裾広がりしている衣服の端をつまみ上げ恭しく頭を垂れたディオネと名乗る少女から視線を逸らせない。
頭を上げた女は人柄を呈したような穏やかな翠の瞳を輝かせ柔和な笑みを浮かべていた。
何気ない二人の出逢いが後に人類最古の王と半神半人の少女の運命を大きく変えていくなど誰ひとりとして予期していなかった。