女神の定理
※ヒストリアに関するネタバレを含みます
1日の訓練を終えてぐったりと疲労しきった多くの訓練兵の中で、凛と背筋を正したまま移動をする彼女は一際目立っていた。
女神と呼ばれ、背中にむず痒さを感じている時に視界に入ってきたのがルネッタだった。
苛烈で猪突猛進なエレンの幼馴染みと紹介された時は開いた口が塞がらなかったのを今でも鮮明に覚えている。
物腰が柔らかで社交的なルネッタはエレンとは何もかもが真逆だったからである。
座学に於いて優秀な成績を収め、先生の口から皆もルネッタを見習うように、と名前を出される度に恥ずかしそうに顔を赤らめていたのをよく記憶している。
「どうしてルネッタはそこまで他人に優しく出来るの?」
美しい夕焼けが差し込む教室で1枚1枚丁寧に自作のテスト用紙に採点をしているルネッタに気付けば声を掛けていた。
真ん丸とした薄紫色の瞳にクリスタが映り込む。その瞳はクリスタの問いかけの真意を汲み取れずにいるようだ。
「見返りを求めずに人の為に尽すなんて、そんなの絶対に無理だと思うの」
「私も人間だもん。見返りはちゃんと貰ってるよ」
クリスタの水色の瞳が瞬く間に見開かれていく。生温い風が2人の間に入り込んで頬を撫でた。
「ルネッタに教えてもらえて良かったって言葉と笑顔。それが欲しいから私も頑張ろうって思えるの」
「それ、だけ?そんなの……」
「一期一会って言葉をクリスタは知ってる?104期生としてこの場に居合わせたのも何かの縁だろうし叶うなら皆で笑って卒業したい。全部私が好きでやっている事に過ぎないんだよ、幻滅した?」
今の発言のどこに幻滅する箇所があったのか教えて欲しい、とクリスタは喉から出かかった言葉をぐっと嚥下した。
他人から優しい女の子として見られたいという考えからクリスタ・レンズという人格を歪め己の善意までを偽っていた彼女とルネッタはあまりにも違いすぎた。
己を女神と呼び慕う人々が彼女の胸の内を聞いた時、彼らはどう思うのだろうか?真の女神はルネッタだったかと思う人物も出てくるかもしれない。
「……さて、と。採点も終わったし部屋に戻ろうかな。ユミルとの先約がなければクリスタも一緒に行こう?」
大きく背伸びをして立ち上がったルネッタは柔らかく微笑んでクリスタの返答を待っている。
喉を震わせ発されようとしたクリスタの声と覆いかぶさるように、少し遠くからルネッタの名を呼ぶ少年の声が鼓膜を揺さぶる。
「あ、エレン」
「あ、エレンじゃねーよ!夕飯前に軽く走り込みしようって提案しておいて中々姿を見せねぇから探したんだぞ!」
「エレンなら多少の遅刻は許してくれると思って…ごめんね?」
「お前はそのぼんやりしてるというか時間感覚に疎い点をいい加減直せよなー!…どうかしたのかクリスタ」
なんでもない、という言葉を絞り出してクリスタは一室を後にした。
クリスタの抱く理想の女の子像があまりに似通っていて、それでいて眩しいルネッタの姿をこれ以上直視しているのが苦しかったのだ。
窓際から見下ろしたグラウンドではエレンに叱咤激励されながらルネッタが走り込みをしている。その彼女の口元は常に緩い弧を描いていた。
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極夜