最終警告
胸糞注意
血腥さが鼻に付き思わず顔が険しくなる。すぐ目の前で血の気を失い冷たくなった女性は自分の良く知る人物であった。
「う そ だ 」
漸く出た声は掠れ、あまりのか細さに誰かに届く前に温い風に呑まれた。
強く握り締めていた弓がカランと虚しい音を奏で地面に落ちたーーー。
「少しは気分が落ち着きましたか?」
湯呑に茶を注いだルネッタが向かい合うように腰掛けた。
「うん。いつも夜遅くに訪ねてルネッタには申し訳ないね」
「タクミ様の心が少しでも軽くなるのならお安い御用です」
ニコリと裏表のない笑みを浮かべたルネッタだったがすぐに強張ったものに表情を変えた。
「タクミ様の夢見が悪いのは以前から存じていますが最近とりわけ良くないですね」
確かに、とタクミは心の中で頷く。
昔から夢見がよくないと自覚はしていたが近頃は特に悪く、夜更けに寝室を後にする回数が増えた。
ぼんやりと空に輝く月を眺めていた折に声をかけてくれたのがルネッタで、それから悪夢を見る度に彼女の自室に足を運ぶようになっていた。
「いつまでも夢を記憶しておくのは良くないと聞きますしあまり気になさらないで下さいね?」
「そうするよ。ところでルネッタはまだ眠らないのか?結構な時間だぞ」
「暗夜と相見える日が近いのもあって色々やる事がありまして…もう少ししたら横になりますのでタクミ様も早めにお戻り下さいな」
戻ったところで脳が冴え渡った今の状態では数刻でも眠りにつけないとタクミは分かっていた。
ならば、と思い至った思考は。
「何か手伝うよ。最近はほぼ毎日こうして付き合ってもらっているし」
「……ではお言葉に甘えますね。よろしくお願いします」
口元を綻ばせ笑むルネッタに気付けば自分も笑い返していた。
これからもこうして互いに支え合いながら生きていく、そう僕は思っていたのに。
**
「私はあるべき場所に参ります。もし立ち塞がるのでしたら…止むを得ません」
得意の魔法ではなく敢えて剣を構えたのは彼女の内に躊躇いが生じているからか。
何かが全身を這い巡り脳内に自分ではない何者かの声が響き渡る。
『白夜を裏切り暗夜につくと言うなら』
風神弓が光を帯び弦と矢を成す、そこから自然な動作で弓を番え、タクミは放った。
無音の空間で矢は真っ直ぐ飛んで行き、標的を貫いた。
『僕の手でルネッタを殺してしまえ』
「タ、クミさ…ま……」
襲いかかる白夜の兵を相手にし体力を消耗していたルネッタに今の一撃は痛手だったようだ。
目を見開き僕を視認したルネッタは手から剣を滑り落としその場に崩れ落ちた。
「こいつの息の根は僕が断つ。お前達は先に行け」
渋る兵達に兄さん達も苦戦しているだろうからと付け足せばやむなしと彼らは駆けて行った。
「どうして僕から離れて母上を殺した悍ましい国につくなんて馬鹿なことを言うの?」
言葉の代わりにひゅーひゅー空気の漏れる音が耳に入る。
僕が手を下さずともこのまま捨て置けば彼女はきっと出血多量で事切れるだろう。
「(さて、どうするか)」
どうするかなど我ながらわざとらしい思考が巡る。
部下には自分がやると言ったものの殺す気など最初から微塵もありはしない。
正確に言うと”今は”だが。
「僕からもう一度離れようとしたらその時は、」
『躊躇いなく君を殺してあげる』
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極夜