翼に触れた日
※ゲーム進撃2の本編バレを含みます
9割方エレンの独白
思えばオレはいつだって調査兵団が背負う自由の翼を追い求めていた。
初めてオレが巨人化して朧気な意識の中で見た、リヴァイ兵長が背負う翼。
第57回壁外調査でルネッタにオレを託して命を散らしたリヴァイ班の先輩達の偉大な翼。
ライナーとベルトルト……超大型巨人と鎧の巨人の襲来、アニを取り返した荷馬車でオレの手に肌身離さず所持していた手帳を置いたルネッタの、いつの間にか随分と頼もしく大きくなっていた翼。
ルネッタが取ろうとしている行動が分かったオレが伸ばした手がその翼を掴む事なく空を切った時、目の奥からじわりと涙が滲んだ。
***
──初めてオレがルネッタの事を知ったのは訓練兵になってから。
言葉を交わしているうちに同じシガンシナ区出身という事で意気投合し、両親の仇敵──鎧の巨人討伐の為にここに居るのだと話してくれた。
ルネッタはアルミンのように特別頭の回転が早いわけでも、ミカサみたいに頭一つ分抜けた戦闘力を持つ奴でもなかった。
だが個々の技量を見極め、纏めあげるという格段に高い統率力を持ち合わせていた。
加えて人柄も良く、104期生の中でもあいつの評判は度々耳にするようになった。
オレが巨人化の出来る人間なのだと知れ渡るや否や浴びせられる罵倒や、冷ややかな視線は日常茶飯事となっていた。
ルネッタと出掛けた街中で"化物"と言葉を投げてきた相手の胸ぐらを掴んで「エレン君は私の大切な仲間です」と突然ガンを飛ばし始めた時はそりゃ驚いたが、それ以上に嬉しくもあった。
同期に巨人化が出来る人間が居る。
その事実を受け入れる事はいくら同じ釜の飯を食って死線をくぐりぬけてきた仲間とはいえ、幼馴染みの二人以上に容易ではないだろうと分かっていたから。
トロスト区奪還作戦で巨人掃討に大きく貢献したルネッタはハンジさんとリヴァイ兵長の目にとまり、二人の口添えによって配属兵団を決める前から調査兵団の手伝いとしてちょくちょくオレの前に現れては104期の奴らがどうしているのか話してくれた。
壁外で巨人化の実験を行った時、血の滲むオレの手を見て痛ましい表情を浮かべながら包帯を渡そうとした直後、腕の部分だけ巨人化しちまった時もルネッタは死力を尽くしてオレの事を守ってくれた。
それであいつが巨人に捕まって食われそうになってるのを目の当たりにした時、完璧な巨人になる事が出来てああ、そういう事なのかと一人納得したものだ。
「流石は私が見込んだ子だ!」
実験を終え、壁内に帰還する間際ハンジさんからわしゃわしゃと頭を撫で回され、はにかんでいるルネッタを見て何故か無性に腹が立ったのは今も鮮明に憶えている。
第57回壁外調査で奇行種──女型の巨人が迫っていると早馬を飛ばして知らせに来てくれたルネッタの顔には、疲労の色が滲んでいた。
決して万全な状態じゃないのにオレを逃がそうと奮戦するルネッタが大木に叩きつけられて、ぐったりとしている姿と脳裏に浮かぶリヴァイ班の散り様に奴だけは何としても殺さなくちゃならないと思いながら親指の付け根に歯を立てた。
……それからの記憶は曖昧で長い眠りから覚めたオレは荷馬車に揺られていた。
「良かった。エレン君目が覚めたんだね」
傍らで手綱を引くルネッタの顔を見て「こいつは生き延びることが出来たんだ」と酷く安堵したもんだ。
休む間もなくオレとアルミン、ミカサ、そしてジャンとルネッタに招集がかかりストヘス区での作戦が敢行された。
「なあ……あいつも今、ちゃんと休んでるか?」
ストヘス区に甚大な被害を与えながらも巨人化の出来る人間……アニの捕縛を終えて、ベッドに横たわっているオレの傍らで林檎を剥いていたミカサの手がぴたりと止まった。
「ルネッタは団長の命でサシャ達の元に行ってしまった」
「壁外調査以降、ずっと働き詰めのルネッタに行かせたのか!?」
「……適任者がルネッタ以外に居なかった」
ルネッタがまたオレの前に姿を見せてくれるよう、祈りにも似た感情を抱き続けた。
ウトガルド城で装備を持ち合わせていない同期の奴らを大量の巨人から守りながら善戦しているルネッタの姿を捕捉出来た時、今まで感じた事の無い感情で胸が埋め尽くされた。
「エレン君達のお陰で助かったよ。ありがとう」
「ずっと思ってたんだがその"君"っていうの止めねぇ?オレとお前の仲だろ」
「エレンがそう言うならそうしようかな。兎にも角にも、やっとちゃーんとした休息が取れそう」
んー!と大きく伸びをしたルネッタの疲労は、極限まで蓄積されているのだろう。
立て続けに前線に駆り出されながら、しゃんとしていられるルネッタの気力の凄まじさに心の中で拍手を送った。
「頑張りっぱなしなんだから、ゆっくり休めよ」
そんな淡い期待は脆く打ち砕かれる。
ライナーとベルトルトに攫われたオレは、ぼんやりとルネッタの姿を浮かべていた。
流石にあいつがこの地に、足を踏み込む事はないだろうと。
──そんな考えは立体機動装置なしで巨人に挑むようなものだと直後に思い知らされた。
ハンネスさんを目の前で失い意気消沈しているオレの気持ちなど慮る事なく、壁内に帰還したオレ達の前にあの裏切り者は再び姿を現した。
「これさえ終われば今度こそ嫌ってくらい休む時間が貰えるでしょ」
どんどん濃くなっていくルネッタの疲労を気にかけながら、一秒でも早く奴らを駆逐して休ませてやらねば。
これさえ終われば今度こそお互いにゆっくり休めるはずだ、と気合いを入れ直した。
***
「……これお願いね」
あの日の壁外調査のように再び荷馬車に乗せられているオレの手に、何かが触れた。
静止の声を振り切ったルネッタの体はどんどん小さく、離れていく。
待ってくれ、オレはお前に言わなくちゃならない事が────。
かけがえのない仲間を失い、104期の奴らは目に見えて落胆していた。
ルネッタの素養を最初に見出したハンジさんが自ら壁外へ出て彼女を探しに行くと団長に直談判をしている姿も、何度も見た。
そうしている間に夜が明けた。
ルネッタから渡された手帳には今日までの事や様々な人間の情報まで、綿密にびっしりと埋め尽くされていた。
「……ん?」
オレの項目に比較的新しい筆跡を見つける。
内容は至ってシンプル。
「この任務を終えたらゆっくり休める。その時に私の気持ちをエレンに伝えようと思う」と記されていた。
「オレに何を伝えるつもりだったんだか……」
あいつが居なくなってから迎える二度目の夜。
首元を擽る夜風に目を細めていると、床を鳴らすブーツの音が徐々に近付いてくる。
「流石にあの数の巨人を屠るのはしんどかったなぁ。ブレードもガスもぎりぎり」
「104期の中で誰より死線に遭遇しながら、帰還してきたお前なら必ず帰ってくると信じてたよ」
「何としても壁内に戻ってエレンを伝えるんだ──っていう気持ちを糧に極限まで力を振り絞った結果です」
ルネッタが背負っていた翼はビリビリに裂け、既にマントとしての役割を果たしていなかった。
「丁度良かった。オレもルネッタに言いたい事があったんだ」
ずっと届かなかった自由の翼に腕を回し、今度こそ何処にも行ってしまわぬよう強く抱きしめる。
「オレさ、自分が思ってた以上にルネッタが好きみたいだ」
「奇遇だね?私も自分が考えている以上にエレンが好き」
「そっか……おかえりルネッタ」
「うん。ただいまエレン」
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極夜