少女が見た悪夢


「明日はルネッタの誕生日だね。二人は何を贈るの?」
いつもの連中に絡まれていたアルミンを助けたエレンは胸の内に巣食うモヤモヤを消化しきれず不貞腐れた表情で石を川に投げ込もうとしていたが、その言葉ひとつで動きを止めた。

「僕は押し花で作った栞をプレゼントしようと思ってるんだ。ルネッタは本を読むのも好きみたいだし」
「最近髪が伸びてきて束ねる物が欲しいと漏らしていたからルネッタの髪色に合う髪留めを……エレンは?」
ミカサの濡れ羽色の瞳と視線がかち合ったエレンは言葉を詰まらせる。

ルネッタ・ローレンはエレン達より二つ歳上の大切な幼馴染み。
彼女の父親がエレンの父グリシャの助手を務めている為か薬学の知識に長けており、エレンやアルミンが怪我を負っていると分かるといつも所持しているポーチから薬瓶を取り出して処置をしてくれる心優しい少女だ。

「べ……別に何だっていいだろ!単純なアイツの事だからどんな物でも喜ぶに決まってる」
その言葉に少し不機嫌そうな空気を纏ったミカサの顔を見て見ぬフリをしてエレンは今度こそ川に石を投げ込んだ。
ルネッタに似合いそうだからと短絡的に貯めていた小遣いを切り崩して購入してしまったペンダントが、ポケットの中で擦れて音を発する。
二人の話を聞いていると実用性に欠ける贈り物じゃないかと不安な気持ちが芽生えてきたが、今更贈り物を選び直す余裕も貯蓄もない。

「エレンとアルミンの元に駆けつけた時、ルネッタが不良の胸ぐらを掴んで殴りかかろうとしていたから驚いた」
「二人が来るより早く駆けつけたルネッタはいつものように話し合いで場を収めようとしてくれたんだけど、彼らもいつも通り聞き入れる姿勢を見せくてね……正当防衛だと言っていたよ」
アルミンに自作の薬を押し付けたルネッタは「ちゃんと手当をするように!三人ともまた後でね」と言った後、日頃多忙な両親と久しぶりに出掛けるのだと声を弾ませながら街中に姿をくらませた。

ルネッタの誕生日を皮切りに他愛ない話を膨らませている三人の視界に稲光のような強烈な光が映りこんだと思うと、瞬く間に体が宙を舞った。
何事かと目を白黒させているエレンをよそに壁のある方へ駆け出して行ったアルミンの背中を追った先に映る光景に、エレンは瞠目するしかなかった。

50mもある壁の向こう側から人間を睥睨する巨人を前に、呆然と立ち尽くす民衆。
100年の間、巨人の侵入を妨げていたウォール・マリアが巨人の一撃で瓦解する。
風圧によって破壊されたガラス片が壁の破片と共に飛び散り、あっという間に一帯は阿鼻叫喚が飛び交う地獄絵図と化した。
壁の断片が飛び散った方角にある自宅へと駆けていくエレンと彼を追うミカサに伸ばした手は小刻みに震えていた。

「……ハンネスさんを呼びに行かなきゃ」
震える手を無理矢理押さえ付けたアルミンは顔馴染みの男性求め、歩き始めた。
探し求めていたハンネスの元に無事辿り着き、エレン達が自宅に向かった事を伝えたアルミンはハンネスに背を押され、船を目指す。

「(皆、無事で居てくれ……!)」
遅れて船上に現れたエレンとミカサ、そして駐屯兵の小脇に抱えられて姿を見せたルネッタらの顔は蒼白く、瞳は絶望の二文字に染まっていた。
ルネッタが怪我をしてないか確認したミカサが彼女に抱きつく。
「良かった……」と涙ぐみながら漏れた言葉にゆっくり向き直ったルネッタの瞳は、微塵の光もなく頬には痛々しい涙の跡が残っていた。

「私のせいで、お父さんとお母さんが瓦礫の下敷きになったの。さっきまで明日の夕飯は何にしようかって話してたのに、一瞬で二人ともぺしゃんこになって」
そこで言葉を切ったルネッタの瞳の隅に、仄かな憎悪の色が宿る。

「……家族と故郷を奪ったあいつらを、許さない。死んだ方がマシだと思うような苦痛を──惨たらしく殺してやる」
強く噛んだ唇から滲んだ鮮血が顎に落ち、そして少女の小さな手を緋色に染めた。

* * *

瞼を押し開け薄灰色の髪を掻いたルネッタはのそりと、簡易なベッドから上体を起こした。
今日という記念すべき日に見た夢が、代償を捧げても帰ってこない過去の残滓とは何たる皮肉だろう。
櫛で寝癖を整え、いつものように三つ編みに束ねてそれを右側に垂らしたルネッタはジャケットに袖を通す。
これから三年間、私はあの忌まわしい巨人を屠る為の戦術を学ぶのだ。

「行こう、ルネッタ」
いつの間にか隣に来ていたミカサに力強く頷きルネッタは部屋を後にした。
──超大型巨人と、鎧の巨人をこの世から亡き者にする。
少女が胸中に抱く願望は、それのみであった。


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極夜