人と異なる愛情表現
いつの間にか眠ってしまったらしく明かり一つない部屋は仄暗く少々肌寒く感じた。布団を手繰り寄せようと思い上体を起こせば全身が重怠く、あまりの倦怠感に眉を顰めた。
そもそも何故こんなところに眠っていた?
記憶が正しければ今朝もいつも通りの時刻に起床し出勤したはず。
険しい表情を崩すことなく辺りを隅々までチェックする。
固すぎず柔らかすぎない適当な柔らかさのベッドはきっと高級品なのだろう。体を弾ませるとスプリングを響かせながら私の重い体を優しく包んだ。
次に目に入った手首には痛々しい鬱血跡が滲んでいた。痕を見るにロープや縄と言った細いものではなくタオル…だろうか。
何はともあれ先から全くいい気分はしないし、早くこの場所から出なくては!
徐々に見知らぬ相手への恐怖で冷えていく体に腕を回し近くに投げ捨ててあったビジネスバッグを取ろうと勢いよくベッドから飛び降りた瞬間、唯一の出入り口である白の扉が軽快な音を立て開いた。
手早く引っ掴んだバッグを両の腕で抱え怖げ立った表情でその人物を直視し、そして固まった。
「せ…と…?」
張り付きカラカラに乾いた喉頭から出た声は自分でも驚く程に嗄れ掠れていた。
アイスブルーの冷ややかな瞳でこちらを見下ろす長身の恋人からは感情ひとつ見受けられずバッグを持つ手にも力が籠った。
「……何があったの瀬人」
名前を呼んだすぐ後に性急に間合いを詰めた瀬人にいよいよ小さな悲鳴が上がりそうになる。
それを封じ込まんと荒々しい所作で唇を奪われてしまった私は拒絶の意を示そうと瀬人の胸板に手をつく。造作もないとばかりに瀬人は私の手を片手で一纏めにし、もう片方の手を後頭部に回した。
ふ、とかは、とかかろうじて出た呻き声も侵入してきた舌に呑み込まれ、私の脆弱な意思と同じように流されていった。
「大丈夫か菜乃」
涙を浮かべ肩で息をしながらじっとり瀬人を睨む。瀬人はと言うと私の様子に些か満足そうな顔をしている。
「大丈夫かじゃなくて質問に答えて。ここはどこ?私に何かしたのは貴方?」
「俺が答えなくとも理解しているのてはないか」
綺麗でそれでいて男性らしい節くれだった手が頬を滑る。真っ直ぐ捉えた彼の瞳は深海の海より深くそして光が一切見受けられない。
遠回しなイエスに唇を噛み頬に伸ばされた手を引きはがし距離を取る。
部屋に立ち込める闇は一段と濃くなってきていた。
「どういう考えか知らないけど…」
「貴様が俺を構わず馬の骨共にへらへら媚びへつらう様が気に食わん」
「私がいつ誰に媚びていた?落ち着きなさい瀬人。話し合えば分かり合えるわ」
「欲しい物は何でもくれてやる、不自由な思いはさせん、貴様の身はKCの力全てを以て守ってやる。…だからここに、居てくれ」
初めて瀬人の瞳が揺れた。懇願するような縋るような、憂いを含んだ訴えに私は黙ることしか出来なかった。
「…夢の中でも瀬人はヘタレな甘えたで可愛かったの!そんな寂しかったなら我慢せずもっと貴女に会いたいです!って言ったらいいのにねぇ」
「年下とは言え仮にも男の俺に可愛い、か」
不機嫌さを隠すことなく眉を寄せる瀬人にホットコーヒーを手渡す。
しかし急に我に返ったように目を見開き固まったと思えばコーヒーの入ったカップを近くのテーブルに置いた。
「こいつを独占したいなら閉じ込めてしまえばいいのだな。……最終手段に考えておくか」
「なに物騒な事を口走ってるのかしらね瀬人社長は。流石の私も引くわよ」
自分用に入れたココアに口をつけた直後あまりの熱さに堪らず飛び上がった。
「猫舌でしょう?火傷しないよう気をつけて下さい」
緩く笑みを浮かべた瀬人を二度、三度視線を飛ばし私は再びココアを含み嚥下した。
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極夜