愛する人は先を行く
年上主人公
背中からぐさぐさ刺さる視線をスルーしながら絶え間なくキーボードを叩く。
彼は利口な青年だ私の考えもお見通しだろうし大丈夫。あと少しは持つはず。
「まだ仕事終わらないんですか?」
…と思っていた矢先、我慢の限界に達したらしい瀬人が距離を詰めてPCのディスプレイを覗き込んできた。
「あとすーこーしー。コーヒーでも飲んで寛ぎながら待ってて」
「コーヒーなら菜乃さんのを淹れる時に頂きました」
いつになくぶっきらぼうに吐き捨てる瀬人の機嫌が悪いって事は火を見るより明らかだ。
このまま作業を切り上げてしまおうかとよぎった考えを一瞬で払いのけ、ディスプレイに視線を戻した私は少しでも早く仕事を終えようとキーボードを弾く速度を2割増しにして走らせていると、背後から行動を戒めんとするように腹部に腕が回った。それも凄まじい力で、だ。
「瀬人が貴重な休みを私に宛ててこうして足を運んでくれてるのに構えない事に関しては申し訳ないと思ってる。1秒でも早くこれを切り上げられるよう頑張るからさ離れよう?思うようにキーボード打てな、いし…更に力を…い、た…っ!」
「俺はずっと前から今日が休みだと言っていたはずだ。それに対し菜乃も分かった、空けておくねと言っていたな?」
「本当にごめんって!体調崩した子の分も頼むとか言われちゃって…私だって久々に瀬人と会うんだもん。ゆっくりしたかったよ」
指を止めて俯いてしまいそうになるのを堪えていると深い深い溜め息が鼓膜に刺さった。
「……断固拒否と菜乃は言っていたが今決めた。来月からお前はKC社員だ。一月もあれば引き続きも出来るだろう」
「ちょっと待ちなさい。何を勝手に決めているの」
「貴重な休みのタイミングも合わず、すれ違ったままの現状でも構わないと?同じ会社でならいくらでも会えるだろう」
縋りつくよう肩口に瀬人の顔が埋まる。頼むから分かったと承諾してくれと懇願からくる行動のように私は感じた。
いくらしっかりしていると言えど彼はまだ高校生で未成年。まだ未熟な面もあるし甘えたいと思う事もあるだろう。
「私は……」
首に回された腕に触れながら大きく息を吐き出し、答えを出した。
一ヶ月後、社長室にて満足げに笑う瀬人と押し切られてしまった事に頭を抱え今日から始まるKCでの新生活に胃をキリキリさせる私の姿があった。
「…合わないと思ったら元の職場に戻るから」
「社長の俺がそれを許すとでも?」
「職権乱用って言葉を知ってる?」
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極夜