「テレビだからリビングの方が都合がいいだろう。ここでいいかい?」
リビングにしては比較的家具が少ないものの、生活感あふれる部屋に通された。芽依はテレビを適当な空間に置いた。
「紙となんか筆記具貸してほしい。」
「またか。」
「こっちの世界じゃ貴重品なんだよ頼むよ〜」
仕方ないなともう一人の薬師寺は2階の自室に向かった。芽依とひかるはダイニングチェアに隣り合って座った。ダイニングテーブルにはレースの敷物の上に小さな花瓶が置いてあり小花が生けてある。
「…どういうことですか?」
「君が回歴同好会に入るというなら全て話すよ。でもまだオリエンテーションが終わってない。」
はぐらかされたような気がしてひかるは少し厭わしく感じた。
「ここの世界は私たちが元いた世界とはだいぶ違うということがわかりました。建築様式といい、街の雰囲気といい、物に価値といい……全部が違いますね。」
「平行世界だからね。似たようで違う部分が多かれ少なかれ存在する世界なんだ。今回の平行世界は-2、この数値は元の世界とのズレを表しているんだよ。」
「お待たせ。」
薬師寺は紙とボールペンを持ってき、二人と向かう合わせになって座った後、飲み物くらい出すよと言いキッチンに向かい、麦茶を持ってきてまた座った。
「じゃあ始めようか。」
芽依はNo1、数字の羅列、-2、そしてテレビと書いていった。ひかるは前屈みになってその紙を見た。
「テレビって何なんだい?」
ボールペンを置き、芽依は単刀直入にもう一人の薬師寺に聞いた。彼女は頭を掻いた後、麦茶を一口飲んだ。
「ここですぐ答えたら面白くないだろう?」
「それもそうだね。私たちの推測を言ってから答え合わせといこうか。ひかる、君はテレビは一体なんだと思う?」
急に話を振られたひかるは驚いた。何だろう想像もつかない、重かったことくらいしか記憶にないわ…。
「えっ……。えーー。」
ひかるはテレビに近づきペタペタ触ったりして、色んな角度から観察をした。ひかるがおどおどしながらテレビを観察するその様子を二人はじっと観察していた。
大きくて、重い。何かモニター?画面がついていて下には丸い突起物。それを押すと凹みまた、その横には穴がいくつか空いていて、後ろにも同様に穴が空いていた。
「重くて大きいから昔の物ですね。モニターが付いていることから電子機器で間違いないでしょう。穴に動源を入れて突起物を押すと何かが表示される…?のでしょうか。」
私にわかるのはこれくらいです。湯川はそう言った。
「うんうん。上出来だね。私の推測とほぼ同じだ。無線でなく何らかのケーブルで電力を供給しなければ動かないのだから昔の電子機器で間違い無いだろう。モニターには広告…?とかかが表示されるのだろうか。それとも何らかの情報が表示されるのかもしれない。さぁ、私たちの推測は以上だ。答えを教えてくれないかい?」
もう一人の薬師寺はしゃがみ込みモニターの裏側の穴を確認すると、あーと呟いた。
「これは今使われているケーブルで代用できないかもかな。これを起動させることは多分できないだろう。あと、二人の推測はほぼほぼ当たっているよ。」
おぉ…!思わず二人が声が出た。もう一人の薬師寺はテーブルに置いてあった黒い機器の赤いボタンを押した。
するとすぐそばに置かれていたモニターの電源がついた。画面には天気情報とそれを読み上げる女性の声が流れた。
「これもテレビだ。君たちが持ってきたのは今使われているよりもずっと古いものだね。まずモニター部分の素材が違うそれはブラウン管こっちは液晶モニター。重さも違う、こっちの方が軽くて薄い。あと受信する電波も違うだろう。他に差異があるとすれば画質の鮮明さだろうか。私のやつの方が新しいからもちろん綺麗に表示される。」
「これの用途は主に何なんだい?」
芽依はボールペンを手に取り椅子に腰掛けると、情報を記載する準備をした。
「そうだな…情報収集と娯楽の為だね。」
「これが娯楽なんですか?」
「あぁ、そうだよ。このリモコンの数字を適当に押してご覧。」
リモコンを渡されたひかるは適当な数字を押していった。するとそれに合わせて表示される画面が変わった。
「わっ…!」
「うーん、でもこの時間帯だからニュース番組しかやってないなぁ。娯楽としての用途は夜ぐらいになってからかな。」
「空の明るさで表示される情報が変わるんですね…!不思議だなぁ。」
ひかるは夢中でリモコンの数字を押しまくり、それを半分呆れ顔でもう一人の薬師寺は見守った。一方、芽依は紙にテレビについての情報を書いていた。
「番組?というのは何なんだい?」
「説明が難しいな。テレビに表示されるコンテンツ?という表現でいいのだろうか…。まぁそんな感じだよ。」
「私たちが持ってきたのはいつくらいの物かわかるかい?」
「ブラウン管テレビだから…結構昔だな。三種の神器とかの時期だから1950年代か。アナログテレビが見れなくなったのは2011年だから11年前くらいだから……。うーん。特定するのは難しいな。メーカーを調べて具体的な発売年数を調べることは可能だが、そんなことまで記載するのか?余分な情報だと思うが。」
「それもそうだね。あとブラウン管、三種の神器…?とやらとアナログテレビという言葉の意味を教えてもらおうか。」
「あぁ…長くなりそうだ……。うんざりするなぁ。あとひかる、あんまりボタン押しすぎて壊さないでくれよ。」
もう一人の薬師寺は頭を掻きながらそう言うと、ひかるはふと我にかえり恥ずかしそうに顔を赤らめすみませんと言い、リモコンをテーブルの上に置き、大人しく椅子に座った。
「今日は遅くまでありがとう。助かったよ。」
「このテレビは私が適当に処理しとけば良いんだろう?」
「あぁ、よろしく頼むよ。」
それじゃあ帰るよ、と芽依はひかるの手を掴みモバイルのアプリを起動し0と打ち込んだ。ひかるは、あの体が分解されていくような感覚が怖かったのか、芽依の手をぎゅっと握った。
「また明日お邪魔するかもしれないからその時はよろしく頼むよ。」
そう言い残し、芽依とひかるは青い光に包まれて消えてしまった。もう一人の薬師寺は何か言おうとしたがやめて、黙って手を振って見送った。
「ひかる…。」
薬師寺は誰もいなくなった部屋でぽつりと呟いた。テレビにはくだらないバラエティーショーが映されていた。テレビを消すと彼女は二階に上がり、自室の棚の上に伏せて置かれたフォトフレームを見つめた。一瞬手を伸ばしたものの、思い直して一階へ戻りテーブルに置かれた3つのコップをキッチンで洗った。
「あー色々説明することが多いな。」
元の世界の薬師寺邸に戻った二人は再び二階へ移動した。芽依は先程記録した紙をひかるに見せ、説明を始めた。
「夜も更けてきた。かいつまんで説明しよう。まずNo.をつける。今回は最初だからNo1とつけた。次に発見時刻。これは2022年4月18日で……。」
「ちょっと待ってください。ジコクって何ですか?」
「うーん…。タイミング?みたいな?タイミングを数字化したものだよ。今そのことについて深く考える必要はないよ。次にどこの平行世界のものかの記述。今回は-2だったね。そして名称。『ブラウン管テレビ』。後は用途なり歴史なりを良い感じに記述し完成!これを繰り返し記録用紙がある程度貯まったら本にして保存する。これで活動の説明は以上かな。どうだい?楽しかっただろう?」
「楽しかったです。」
「じゃあ同好会に入らないかい?」
うーん。ひかるは考え込んだ。自分は確かに平行世界へ移動し、今の世界とは全く違う空気に触れ、その世界の薬師寺さんにも会った。こんな摩訶不思議な出来事は信じ難いが経験してしまったのでこれは事実だ。しかしこの活動はいずれ自分の身に危険が及びそうな気がする。例えば平行世界へ行く途中で何らかの手違いで互いに別々の世界に飛ばされてしまったり、そんなことではなく何かこう、“本能的”な危険を察知している気がする。
しかし、今の生活を続けるのもどうなんだろうか。私はこのまま順調に大学を卒業してただ国の発展のためにただ働き、無味無臭な何かを食べ眠えい、起きて働き食べ眠る。この生活がずっと続いていくのか。この同好会に入ったところで未来は変わらない……が今後経験することのできない活動をできるという点においてあまりにも魅力的だ。でも危険な香りがする。
良い点と同じだけ懸念点があるためひかるは考え込んでしまった。
「そんなに考え込むようなことかい?楽しければ良いじゃないか。」
芽依は不思議そうにひかるに問いかける。
「何か危険な予感がするんです。」
芽依の顔が一瞬硬った。が、すぐにいつものように飄々と
「私の能力で『元に戻る』から大きな心配はいらないと思うけどね〜」
と答えた。
「平行世界への転移に失敗して離れ離れになる可能性があると思うんですが、それについてはどう考えていますか?」
「私には『平行世界へ移動する能力』を持っているから大丈夫だよ。本当はこんなモバイルアプリなんか使わなくても移動できるんだ。ただ……。」
「ただ…?」
「かなり脳を使うようでね、糖分が欠かせないんだ。モバイルだと糖分を摂取しなくてもいいから使ってるだけ。平行世界への転移に関するあらゆる問題は絶対に起こらないと断言できる。もし起きたら私の持ってる本を全て燃やしてもらって構わない。」
そこまで言われると何の論理もないにも関わらず芽依の発言が信用できるように思われる。まぁ、面白そうだしいいか。ひかるは決めた。
「…入ります。これからよろしくお願いします。」
もし断ったら多分今日の経験は『元に戻される』。きっとなかったことにされる。ひかるはそれが嫌だった。今まで生きてきた中で一番面白い時間が過ごせたんだもの。これからもきっと今日と同じくらい良い時間を過ごせるわ。
「よし。きまりだね。これからよろしくね。」
芽依とひかるは握手し、その後解散した。
ひかるを見送った後、芽依は鞄から醒深潭を取り出し開いた。
相変わらずどのページも白紙だ。
「ひかると接触できたからもしかしたら何か変わると思ったが……。やっぱこの程度で解決するよう代物ではないんだな。」
そう呟き芽依は再び醒深潭を鞄に入れた。