流川楓は自分の誕生日に興味はなかった
元旦の日あけましておめでとうと同時に誕生日おめでとうと言う両親の声を聞いてあぁ自分の誕生日か…と思う程度のものだった
誰かに貰うプレゼントや祝いの言葉で一喜一憂するような人間でもない、それでも高校生になり人なりに恋人を作った今彼女の顔を浮かべたがそれは口に運ばれたケーキと共に直ぐに消えた
これを食べたらとっとと寝よう
0時が回って眠たくなっていれば家のチャイムがなった、こんな時間に正月に浮かれたやつは誰だと思っていれば対応していた母親が嬉しそうな顔をして戻ってきて「ナマエちゃん」といった

「お誕生日おめでとう流川くん」
「…ありがと」
「今年もよろしくお願いします」
「おう」

それだけ言いたかったの起こしてごめんね。
と言い捨てて帰ろうとする彼女の鼻は少し赤くなっており、遠くから聞こえる除夜の鐘や正月に浮かれたヤツらの声に合わせて来たのだろう
胸がぐぅっと熱くなる気持ちになり流川は「帰るのか」と呟いた、目を丸くしたナマエは少し間を置いてから「ンー、折角だし花道くんとか正月楽しめそうな子達誘って初詣行こうかな」というものだから明らかにムッとした表情で睨みつける

「少し待ってろ」

寒空の下というのも悪く家の中に入れる顔見知りの両親たちと挨拶をするナマエは相変わらず興味の対象で揉みくちゃにされていた
デートだと察された為か特に何も言われず適当なジーンズと寒さ対策の黒いタートルネックのニットと白いダウンジャケットを羽織り、財布をポケットに入れて1階のリビングに降りる
ちょうど四等分にされてひとつ余っていたケーキを食べさせられていたナマエがこちらをみるなり目を輝かせるものだから子供みたいだな…と思えた

「え、あれ、流川くんもいくの?」
「あぁ」
「待ってねすぐ行こうね」
「ゆっくりでいい」

素っ気ないと言われる自分の言葉にも彼女は嬉しそうに微笑んでケーキを口いっぱいに頬張る姿はハムスターのようだ
それを眺めながら紅茶を飲んで「適当に帰る」といい2人で手を繋いで外に出る、同じ家から出るというのはなんとも不思議な気持ちだった
ご丁寧に皿まで洗おうとするナマエの背中を押したのは流川の母親であり、あのままじゃ彼女は家から出なかったかもしれない
自分の胸くらいの恋人を見下ろせば嬉しそうな顔をしていて自分にまで移ってきそうだ
住宅街から抜けてくると人だかりが増えて夜中にもかかわらず提灯には火が灯されて、屋台も沢山並んでいた、先程ケーキを食べたばかりの彼女がさっそくりんご飴に目を輝かせるものだから2人して長蛇の列に並ぶ

「流川くん眠くない?」
「眠い」
「お家にいて良かったんだよ」
「…俺以外と行く気だったろ」
「毎年だったよ?」
「なら今年は俺でいいだろ」

中学からの友だちであるあの赤髪の男率いる男集団の中にわざわざ女が入って正月早々から遊ばなくてもいい、それはささやかな流川の嫉妬と独占欲だ
目当てのりんご飴をゲットしたナマエと共に除夜の鐘を鳴らせる列に並ぶ、それが終われば参拝をして終わりだなと思いつつも神社の外まで優に並ぶその列は下手をすれば朝日が昇るのではないかと感じた
ナマエの鼻先は少し赤くなっており、繋いだ手を少し強く握ってポケットの中に入れてやる
バスケの話冬のIHの話新入生の話アメリカの話途切れなく会話をした、ナマエの言葉に1割程度で返す程度だがお互いに心地よかった、時折やってくる無言の時間も気持ちよかった

「除夜の鐘をって煩悩消すことになるんだっけ」
「煩悩あんのか」
「えーそりゃあ…ま、まぁ」

途端に顔を真っ赤にして俯く恋人に意地悪をしかけたくなって

「どんなの」

と聞けばますます顔を赤くして俯かせる、それが楽しくて教えてくれどんなのだと顔を覗き見て言えば

「る、流川くんとのこととかいろいろ」
「…お前覚えとけよ」
「なんで!私のせいじゃないじゃん」

こんな場所で欲が増えてしまった、ナマエが騒ぎながら胸を叩いてくるがそんなじゃれ付きさえも愛おしく感じて鐘に続く階段を登って、あっという間に2人で大きなその鐘を鳴らす
煩悩を消すのは日を跨ぐ前のことで実際は去年への感謝や反省、そして新年に対しての思いを馳せるものだと昔どこかで得た知識を頭の隅で思い出していた、それでもナマエの反応が面白かったので言わなくてもいいと心の内にしまった
そしてまた人で賑わう神社内に参拝に行こうと手を繋ぎ離れぬように足を進める

「あっ花道くんだ」
「ムッその声はナマエか……そして流川」
「ンだよ」
「あけましておめでとうナマエ」
「洋平くんもみんなもおめでとう、今年よろしくね」
「なんかあったら俺に言えよ、すぐこんなキツネ野郎殴り飛ばしてやるからな」
「大丈夫だよ、流川くん優しいしおもしろいから」

人混みの中で見つけた目立つ赤髪、ナマエは嬉しそうにその男集団達と話して笑っているのがつまらなくて堪らなかった
別に中学からの付き合いのため仕方ないことは理解はしているがそれでも胸のムカつきが起きない訳では無い、離された手も虚しくて堪らなかったが嫌いな男に抱き締められて頭を撫でられるそれを見て思わずナマエの手を引いてグングンと歩き進める「あっちょ、花道くんまたねー!」なんて言ってる声も耳には入らずに参拝列に並んでいれば明らかにソワソワとした様子の彼女が下から覗いていた

「怒ってる?」
「怒ってない」

いや怒っている、ナマエに対してではなくあいつらに対して、流川の気持ちをわかっている男はニヤついた顔でこちらを見ていた…そう、水戸洋平だった、いつだってあの男は誰もを知った顔で見る
花道とナマエの関係を理解しているがさすがに異性との距離感が無いのではと言いたいが言えるほどの度胸もなく、そんなことを考えていたらあっという間に参拝列の最前列に来ており5円玉を投げる
2人して二礼二拍手一礼を行い数秒頭を下げる、流川が頭をあげる頃にはまだナマエは頭を下げておりそれをみつめた
彼女が何を願っているのか気にはなりながら聞けず甘酒を貰ったり豚汁を貰ったり神社の中を堪能していれば気付けば3時が過ぎていた

「流川くん何お願いしてたの?」

静かな住宅街でナマエがいった

「アメリカに早く行けるようにって、あとバスケ上手くなりてえ」
「神頼みじゃなくてもいけるよ」
「まぁな、ナマエは」
「湘北が今年こそ優勝出来るようにでしょ?流川くんがアメリカにはやくいけるようにでしょ?今年は海南に勝つぞでしょ」

指折り数える彼女は片手じゃ足りなそうでその姿でさえ面白く感じた、そして少し立ち止まって彼女は顔を見上げた

「流川くんと離れてても好きって気持ちが変わらないようにって」

きっと今年留学することになるだろう、1年の時点で全日本のジュニア合宿に参加してレギュラーを勝ち取ったほどの実力者だ、正直将来的にNBAにだっていけるだろう、ナマエはそれを信じて疑わない
けれどこの今の恋心を捨てる気もなかった

「変わらねぇよ」
「ほんと?ならよかった」
「…俺も好きだから」

静かな住宅街にその声が小さく消えた、ナマエは何も言わずただ手を握り直した時刻は気付けば7時前でも空はゆっくりと明るくなっていく

「お誕生日おめでとう楓くん」

初日の出が登るなか彼女は笑顔でそう言った、その時あぁ自分の誕生日だったっけ…なんて思い出した
ありがとうと言うことも出来ずにそっと彼女の唇にキスをした、彼女がこの日を祝ってくれる限り離れることはないだろうと思いながら、俺たちは手を強く繋いだ