夢を持つ人間が嫌いだ
キラキラと輝いてそれに対して努力をする人が嫌いだ
学校にいるといつもそう思ってしまう、仲のいい友達達と馬鹿みたいなことで笑って授業や学校をサボったりすることが1番楽しかった、たまに喧嘩をしてるその姿を見るのが嫌いじゃなかった

「…私と一緒って思ってたのに」

こんなの独りよがりだ
体育館で男子達がバスケをしている、その中にひとり知り合いがいた、彼の目はキラキラと輝いていて自分のような醜さなどとっくに捨てていた


高校1年の6月
湘北高校の女子陸上部はそれこそ大会によく出るような強豪だった柔道もIHにはよく出ているしそれなりに家から近い学校で強いならここしかないと受験した
推薦の話は沢山来ていたが家から近いに越したことはない、その分練習ができるし中学の頃の優勝経験は自分を強くしていた
なのに地面に平伏した、強烈なアキレス腱の痛みと動かない足、冷や汗が背中をじんわりと濡らして救急車に乗せられた

「スポーツ…特に走り回るものは今後出来ません」
「それって陸上もですか」
「陸上なんてもっての外、そんなことしよう物なら二度と歩けなくなりますよ」

君は若いんだから、他にも沢山楽しいことがある
医者の言葉は簡単に絶望の縁に追いやられるだけ強い力を秘めていた、それでも諦めきれずに走った結果再発した、親からは泣きながらもうやめてくれと言われ
私の生きる道はなんだろうかと松葉杖をつきながら暑い真夏を涼しい病院内で過ごした

「あっまたサボってる」
「お前もだろうが」

三井寿と出会ったのは1年の1月頃だった、互いに授業をサボっては屋上で出会ったり空き教室で出会ったりさらに休みの日でさえも顔を合わせるとなるとなんだか運命めいたものを感じて面白くなった
私と彼は同じなのだと感じられてそれが傷の舐め合いだと気付いてもやめられなかった

「喧嘩したんでしょ」
「っせぇな、いいだろ」
「弱いくせにすぐ喧嘩したがるよね」
「弱くねぇよ」
「男前なのに顔面はダメだよね」

そういえば彼は少し驚いた顔をして直ぐにそっぽを向いた、誰もいない保健室に来るのも慣れたもので適当に絆創膏や消毒液やらを借りては彼の傷を直していく
喧嘩なれした事の無い手は大きくバスケをしていたのかといつ見ても思えた

「ンだよ」
「でっかいなぁって」
「お前の頭くらいなら簡単に掴めるぜ」
「うおっ、やめてよー、堀田くんたちに言うぞ」
「おーおー言ってみろよ」

三井たちと仲良くなってから寂しさはマシになった
それと反対に嫌な噂もついた

2年のミョウジってヤリマンなんだって

ガキらしいと思えた、不良たちのグループに1人女子がいればそんな噂がたって仕方がない、そしてそれを噂立てた人達もだいたい分かっている
三井寿は面だけはよかった、さらに不良だとなれば好奇心旺盛な女子高生はたまらないのだろう、けれど三井は相手にしなかった…というよりも近付くもの全てを噛み付く勢いだったのだ
だからこそ初めの頃に親しくなったナマエは警戒心も何も無く彼の友達になれたのだ

「泣いてんのか」
「…っ泣いてないし!」

そして彼には知られていた、陸上を諦めきれない自分とグレてしまった自分を
放課後の教室から見える運動場は陸上部とバレー部が貸し切っていた、見覚えのある女子たちが練習する姿を見て悔しさと羨ましさが溢れて涙が零れた、なぜ私はあそこにいないのだろうと
そう思っていれば2年から同じクラスになっていた三井にバレたのだ
色んな気持ちが溢れた、スポーツのこと学校のこと嫌がらせのこと全部嫌だと、こんなふうになりたかった訳じゃないと
彼は黙って胸を貸して話を聞いてくれた、そして1度頭を撫でて

「お前はすげぇよ、その気持ちに向き合えてんだから」

そういって彼は出ていった
1週間後にはあの嫌な噂が消えていた、そしてまた彼とその友達は顔に怪我を作っており好意を持っていた女子は彼を恐怖の目で見つめていた
私にとって彼らこそがこの高校生時代の親友たちで男も女も関係ないと教えて貰えた、そして高校2年の冬頃彼はバスケ部の宮城リョータ相手に盛大な喧嘩をした

「ははっ歯が抜けてる、イケメンが台無しじゃん」
「笑ってんじゃねぇよ、飯も食いにくいんだ」
「あーんしたげようか?」
「そうじゃねぇよ」
「てかその割にジュースとか余計飲みにくくないの?」
「飲みにくい」

下の歯を2本無くした三井は何ともまぁ男前台無しだった
笑って仕方なくジュースを奢ってやれば彼は飲みにくそうに飲んでいた、本当に飽きない男だと思っていたがバスケ部には極力関わらないでほしいと思えた
彼がどこかでバスケに触れる度に戻りたいと願う顔をみてきた、戻れない苛立ちと悲しみを暴力にぶつけていたのも知っている
そして彼が消えれば自分は孤独になると、依存していることにも気付いてしまったのだ

「ナマエはみっちゃんの応援いかねぇのか」

3年最後のIHに彼は出るのだという、クラスが違うため近頃顔を合わせてなかった彼が大きな喧嘩をしたと知ったのはつい先日であり目の前に立つ堀田の言葉に何も答えられなかった
そして放課後彼の勇姿を見に行った
パシュッ 音が静かに体育館に響いた、彼が遠目からシュートを決めていてみんなは小さく息を呑んでいる
素人目にみても彼は明らかに上手くてバスケをやっていなかったことを忘れそうな程だった、先輩後輩で練習試合をしている中1年の流川を目当てに来ている女子の軍団に混じって三井を見つめた
そして彼の輝く表情をみて、自分の手には届かない人なのだと気付いた

「そりゃ…そうだよね」

苦しい時自分だけが彼の過去を知っていたと思っていた
その中で彼がどれだけバスケに強い熱を持っていたのかも知っている、瞼を閉じれば彼が楽しそうな顔をしてバスケをする姿が浮かんだもう自分には遠いのだと自宅のベッドで横になっていれば自分宛の電話が来たらしく大声で呼ばれる

「はい」
「起きてたか」
「うん、どうしたの」
「…明日、2回戦だからなお前の声聞きたかった」
「何それ、不安なの?」
「不安だよ、相手は去年優勝の強豪だからな」
「私じゃなんの支えにもならないよ」

近頃避けていたせいか久しぶりに自分に向かってかけられる声にドキドキと胸が高なった、受話器越しに彼に聞こえるのでないだろうかと思えるほど

「いや、お前の声聞いたら明日は勝てる気がしてきたな」
「そうなんだ」
「テレビも来るらしいぜ」
「みてほしいの?」
「本当は直に来て欲しかったけどな」
「…堀田くん達がいるでしょ」
「ナマエは特別だ」

思わず言葉が出てこずに無言になってしまう、変な勘違いをしてしまいそうだと思った、だがしかし彼は意外と昔からそういうタイプだった、棘の抜けた彼を見てわかることがだが意外と彼は人たらしなところがある、だからこそ不良グループのリーダーなんてものをしていたのだろう。

「テレビ越しに応援しておいたげる」
「そりゃあ、負ける気がしないな」

おやすみ、と最後に言い合って受話器を置いた
眠れぬ夜を過ごして早朝に届いた新聞のテレビ欄を睨んで男子高校バスケットボール大会の文字を探した
昼頃カフェラテを片手にそれを見ていた、限界そうな彼はそれを感じさせないほど美しいフォームでボールを放ってはゴールを決めていた
彼の世界はあのコートの中だと実感した
そして自分が彼を縛り付けてはならないとも気付いてしまう、3回戦は見なかったが全敗だったという

「おい、なんかいうことねぇのか」
「な…な、なんもない」
「俺の事避けてるだろ」
「そんなこと」

ナマエは内心友人である堀田に怒っていた、昼ご飯みんなで食べようなんて珍しい誘いに乗ったのが間違いだった、現場には三井だけしかいないのだ、完全にはめられた…と気付いた時には逃げられないように見下ろされていた

「試合見たか?」
「山王ってとこだけ」
「どうだった」
「どうってまぁ…凄かったよ」
「俺は」
「凄かったよ…まぁかっこよかったんじゃない?」

そういえば三井はまるで犬が褒められたような時の顔をしていて不覚にもかわいいと感じた
だがしかし直ぐにまた眉間に皺を寄せて睨むように見下ろした

「離れてよ」
「離れるかよ」
「誰かに見られるかもだし」
「見せりゃいいだろ、それよりなんで避けるんだ」
「別に」
「本当のこと言わなきゃ離さねぇぞ」

そう言って彼の大きな体に抱き締められて思わず目を丸くしてしまう、顔を上げようにも力強く抱きしめられて逃げられず文句を言っても聞こえないふりをされる
2.3分経っても変わらないたい観念してナマエは話し始める、自分と重ねていたけど違ったことが辛くなった、バスケをしてる三井はキラキラしてて自分の手には届かない人のようだということ

「…それって、俺のこと好きってことか」

・・・

「そんなわけないじゃん」

ナマエは吼えた、この男何を考えているんだと思わず胸を叩くがピクリとも動かなかった、そして気付けば肩を両手で抑えられて彼の顔が近付いて離れた

「俺は好きだ」

真っ赤な顔で彼は真剣な瞳でそう言った、わけも分からずに鯉のように口をパクパクと開いて閉じてを繰り返していればまた彼の顔が近づくものだから思わず手を口で押えて睨みつける

「今そんな話してないし」
「俺からしたら告白してるみたいな言葉だったけどな」
「そうじゃない」
「じゃあ嫌いなのかよ」

ずるい顔だといつもながら思う、彼は自分の甘えている時の顔を知らないがいかにも人の心を刺激するような顔をしていた、ムズムズと痒くなる胸の内を抑えて見上げる

「…嫌いじゃない」

消え入りそうな声で呟けば彼はまた一段と力強く抱きしめてきた

「よかった」

何が良かったのか何も分からなかった、けれど彼のその笑顔と声に全てがどうでも良くなってしまった
自分の中の捨てられない思い出をこの人が抱えてくれる気がして少しだけ顔を見上げたら彼は優しくまた微笑んで唇にキスをした、キラキラとひかる一番星を私はその日手にしたのだった。