ミョウジナマエは少し変わった生徒だった
別に奇抜な見た目をしているとか不良だとかいうわけじゃないが不思議ちゃんと言えそうなほどの存在だ
けれど嫌な感じはなくそれなりに彼女の周りには人がいる、そんな印象だった
ある日の部活動中少し寒くなってきたため指先は乾燥していたからか指先から血が滲んでいた
どうでもいいと思ったが上手くシュートが決まらず、さらにはマネージャーに怒られる始末で救急箱の補充を頼むと用事を押し付けて追い出される始末だった

はやく練習に戻りたい一心で大股で保健室まで向かえば1足の靴がそこにはあった、そして保健室に入ればちょうど職員会議で先生はおらず女生徒が1人そこにはいた
見覚えがある彼女は同じクラスのミョウジだと気付き思わず声をかけてしまう

「なんかあったのか?」
「指のささくれがさ…気になって、それを剥いたら思ったより剥けてね、血が止まらなくなったの」

そういって彼女は保健室の棚から絆創膏を1枚取ると指に貼ったが利き手のためかえらく不恰好で直ぐに外れそうにみえた

「巻いてやろうか?」
「いいよ、それより三井くんもなにか取りに来たんじゃないの?」
「指切ってたから絆創膏貰いに来たのとついでに救急箱の補充だよ」
「指切ったの!?みせてよ」
「あっ!おい」

面白そうに立ち上がって近づいた彼女に手を取られてじっくりと見られる、つむじや伏せられた長いまつ毛や小さい頭や色んなものが感じ取れた

「痛そうだね」

共感性があるのかないのか、そういって笑った彼女に少し呆れた
そして三井の指先に絆創膏を貼ったかと思いきや油性ペンを片手に取って何かマークを描いた

「おまじないかけたからもう大丈夫だよ」
「んだよコレ」
「黒猫」
「不吉だな、もっとなんかあるだろ」
「例えば?」
「ハートとか星とか?」
「ははっ今度書いてあげるよ」

初めて会話をするというのに今まで連れ添ってきた友達のように気軽に会話ができた、それほど彼女は人を自分のペースに乗せるのが上手いのだろう
そのまま救急箱の中身を貰い保健室利用者の名簿に名前と理由を記載して体育館に戻った、それからも特に彼女と関わりは深くはなかった

「なにしてんだ」
「こんにちは三井くん」
「おう、何見てんだ」
「カタツムリ……の交尾」
「なっなにみてんだよ!」

ある日の放課後、練習に向かっていれば体育館近くの花壇を真剣に見つめる彼女がいて声をかけた
予想だにしなかった答えに思わず声を荒らげたが彼女は至って真面目な顔をしていた、そして手招きされて少し腰を落として2匹のカタツムリがモゾモゾと動いてる様子を眺めた

「カタツムリの生殖器のことを"恋矢"っていうの、恋の矢って書くんだよ」
「へぇ、ロマンチックだな」
「でも不思議だよね、この子達の交尾はねお互いをその恋矢で刺し合うんだってさ」

熱心に語る彼女の目はまるで子供のような無邪気さと勉強熱心な大人の顔だった、それが不思議でつい真面目に話を聞いてしまう

「部活行かなくて大丈夫?」
「そろそろ行くわ」
「お話聞いてくれてありがとう、話聞いてくれるからついつい話し込んじゃったよ、近々お礼させてね」
「楽しみにしてる」

そういって手を振って別れる、無駄に頭の中でカタツムリの交尾について学んでしまったと思いつつも何だか無駄な雑学が面白く感じられたのは彼女の説明ゆえだろう
そんなことを思ったからか、なんのきっかけかクラスでも時折話しをするようになった、三井とミョウジって仲良かったっけ?と聞かれればまぁ話はたまにする程度に返事をした、そう言っていればクラスの男子のひとりが「ミョウジって結構かわいいよな」なんていうものだからそういう話は得意でもなければ興味もないため適当をいって会話から抜けた
ふと廊下で別のクラスの友達と話しているミョウジをみつければ目が合ってしまい、小さく手を振られるも先程の話に影響を受けたせいか返事も出来ず終いだった

「お疲れ様」
「おう、帰宅部だろこんな時間まで珍しいな」
「図書館で勉強してた、バスケ部は珍しく早いね」
「台風だからな、早めに帰れってよ」
「なんかいってたね…」
「お前傘は?」
「ビニ傘ってやっぱ名前書いてなきゃだよね」

ハァ…と呆れたようなため息をこぼした、ようやく夏の暑さから少し解放されそうな9月だというのに台風がやってきていた
外は大雨で今からさらに強くなるのだという、お陰で部活はたったの1時間で終わりだ、何ともまぁつまらない日だったが校舎の入口に佇む見慣れた背中に声をかければ彼女は苦笑いをうかべた

「何もしてなかったのかよ」
「値札はそのままだし分かりやすいよ」
「家どっち方面だよ」
「…いいの?」

自分で乗りかかった船を今更降りるとはいえないだろう、三井は同じように苦笑いを返せば自身の家と近い場所だということが判明した
大きくもない普通の傘に体格のいい男子高生と平均的な女子高生が詰め込まれていた、互いに肩は濡れているがそこはもう文句を言える訳もなく他愛ない話をしながら歩いた

「今度お礼するから部活休みの日があったら教えて」

マンションの入口前でそう言った彼女の肩はやはり濡れていた、少しだけ見える透けた肌に素直な男心が擽られて、それに申し訳なさを少し感じ目をそらす

「あったら…な」

そんな二人の約束を知ってか知らずか突然教師たちの都合により放課後の部活が全面的に休みになる日がやってきた
それを知ったナマエは同じクラスの三井の机にやってきて目を輝かせた

「今日放課後付き合ってね」

クラス中の狙いの的だった、なんだなんだと盛り上がるクラスメイトを横目に彼女を見たがよく知ってるいる女子達は特になんの気にもなしに話をしていた
そして放課後からかわれつつも堀田達の誘いを断り人の減った教室で帰る用意をするナマエの前の席に座ってみつめた

「そこ松本くんの席だよ」
「帰ったんだからいいだろ」
「松本くんにね、消しゴム貰ったんだ」
「猫か?」
「ウサギだよ、好きそうだろ?って」
「へぇ、使いにくくねぇのかよ」
「使いにくいよ」

でも可愛いからいいの。という彼女は三井の手にある自身がもらったという消しゴムを奪ってペンポーチの中に片付けてしまう
あれやこれやと説明する彼女はどうやらクラスメイトから色々文房具を貰っているらしく彼女自身のものは何も無い

「俺のもやろうか」
「いいの!?」
「な…いや、あげれるもんとかねぇよ、つまんねぇシャーペンとかしか」
「じゃあさ交換しようよ、私自分で買ったヤツあるからさ」

突如興奮したように彼女がペンポーチの中を漁り始める、自分から言った手前引けないかと感じ、またこういう感じかと思い出す
自身の筆箱の中にあるなんの絵柄も面白みもないが比較的まだ綺麗なシャーペンを手渡せば向こうからも渡される、中に水が入っているらしくキラキラとしたものがシャーペンの中を漂っており、男が持つにしてはえらく可愛らしいものだった

「使ってね」
「俺がこれ使ってたら笑われるだろ」
「かわいいのに」
「男がこんなの使えるかよ」
「それならこれもセットで付けてあげるから」
「…これならまぁ」
「三井くんっぽいでしょ」

バスケットボールの形をした消しゴムだった、ナマエは嬉しそうにそう話をするのが面白く有難く交換したシャーペンと共に筆箱の中に直した
ようやく帰る用意をし終えて2人は立ち上がり隣同士で歩く、歩幅が違うため少し小さく歩くこともすこしは慣れたものだった
最寄り駅近辺の飲食店街の路地に入っていく、こんな道を通ったのは初めてだと感じていれば彼女はドアを開ける看板には"喫茶店"とだけかかれていた

「プリン行ける?」
「あぁ」
「マスター、アラモード2つとホットで」

手馴れたように彼女はオーダーを通せばカウンターにいる初老の男は黙って頷いた、夕方のためか誰もいない店内は静かで彼女はもうすぐくるテストの範囲の話や体育祭の話しやらをしていた
そうこうしているまに「おまちどう」と低い声とともにテーブルに2つのプリンアラモードとホットコーヒーが置かれていく、ついでにサービスにと置かれたクッキーに目を丸くして喜ぶ彼女の顔は子供のようにキラキラと輝いていた

「好きなの」
「え」
「ここのアラモード、昔からよく来ててね」
「あ…あぁたしかに美味いよな」

好きだと言った時の彼女の表情はあまりにも大人のような美しさを纏っており、普段の子供のような少女のような表情など忘れてしまいそうなものだった
常連として長く通っているのか店の中のレコードから好きな音楽を流していたが三井には分からないジャズだった、実際にそれがジャズかクラシックかはたまた別のものなのかさえ彼には分からない
それでもテーブルを挟んで話すこの時間は嫌いではなかった

「いいのかよ」

店に出てから前を歩く彼女の背中にそういった、振り向いた彼女は少しおどけた顔をしていたがつい先程の喫茶店代は全て彼女持ちなのだ、前回のお礼だというが学生にとって安くないだろうにとなけなしの千円を渡そうとしたが彼女は受け取りはしない

「美味しかった?」
「また来てもいいくらいだよ」
「じゃあやっぱりお代金は要りません、そう思ってもらいたくてつれてきたから」
「よく誰か連れてくるのか?」
「ううん、好きな人しか連れてきたことない」

いつの間にか路地から出て大きなメインの道に出てきた、ふと路地の中で足を止めた三井が驚いた顔でナマエをみつめる、少し赤くなった彼女の顔をみていると自分にまで熱が移ってきてしまう

「私は昆虫じゃないから三井くんのことは食べないけど、でも食べたいって思うくらいには好きだよ」

それはまるでプロポーズのような言葉だと思いながら彼女の手を引いてその答えを伝えるために路地の中に引きずり込むのだった
俺たちはその日恋の矢を放った