20代半ばになると周りの人間は結婚どころか出産の話が出てくる、それに伴い焦りを見出しているのは自身の中でも懸念しておりそれが案の定予定通りにことが運んだのだ

「ぶぁーはっはっはっ、振られたのか!」
「ッど、どうしてそれを」
「お前のこたァなんでも分かるんだよ」
「一番知られたくない男に知られるだなんて」
「で?今回はどうやって振られたんだ?いってみ」
「言うわけないでしょ、それに鷹村くん私の事言えないんじゃないんですか?」
「なに?」

ぎろりと強く睨まれるももう何年その目を見てきたことか先程まで馬鹿にされていた彼女は自身のデスクの中から1冊の週刊誌を出して広げた、そこには常連だと言わんばかりに写真と共に大きな文字が入れられていた【チャンピオン鷹村 今宵も華麗にノックアウト】という文言とともに女性に大人のホテルの前で平手打ちをされる目の前の男の記事だった

「なっなっなっこれは」
「いい記事ですよね、ここの記者さんとも最近仲良くなってきちゃいました」
「ナマエ、テメェが許可したのか」
「ええ、私も会長も一寸の迷いもなく許可しましたよ、そろそろ女性達も貴方を見たら防犯ブザー鳴らすんじゃないんですか」

そういって意地悪に笑った彼女に鷹村は思い切り睨みつけた、彼の優しいところは決して手を出さないところだろう、いやこの手を出さないというのは暴力的な意味合いであるだけだ
ギロリとまた強く睨んだ彼はナマエを横に担いで事務室に行こうとした

「今日こそ教えてやらぁ、夜のチャンピオンをよぉ」
「いいんですか?」
「あ?」
「会長いらっしゃいますよ」

そういって顔を上げた鷹村の前にはいつの間にか帰宅していた会長が立っており低い獣のような声で彼の名を呼んだかと思いきや杖で思い切り叩き始めるものだから緩んだ隙にナマエは逃げ出した
全くいつまでたっても子供なんだからと自分のことを棚に上げて思ってしまった

初めてであった頃から鷹村守は横暴で乱暴で我儘で兎に角最低最悪な男だと印象付けられた
それでもなお彼を応援するのは彼がボクシングにだけは本音を伝えることができ、さらに真っ直ぐな人間だからだろう、ただし性格には難がある、あり過ぎてしまうのだが

「はぁ〜ぁ、私もそろそろいい人見つけたいのにな」
「合コンセッティングしてやろうか」
「嫌ですよ、後日私のところにクレームきちゃいますし」
「行かねぇよ、兎に角セッティングしろよ」
「じゃなきゃ?」
「お前のことひん剥くからな」

なんて奴だと思わず睨みつけるも彼は白い歯をニッとみせて笑いながらいつも通りの走り込みに行ってしまった、ここのところ試合があまりないと言うのに彼は相変わらず努力を怠らないなと感心してしまう
そういう真面目な部分が他にもあればいいのにとも思いつつ適当なメンバーを頭の中に思い浮かべた
ふと仕事ついでに先程の週刊誌をみつめれば【大人気女優電撃結婚】なんて言う記事まで出ている始末で思わず目に入れてはため息を零す
取り敢えずは知ったメンバーとはいえ合コンでも婚活でもなんでも行ってやろうじゃないの!とナマエは自身の中で強く思った

とはいうもののあっけなく惨敗した
というより7割ほど邪魔をされるのだ、とある男…そう、鷹村守にだ
どこで聞き付けたのか婚活会場やデート先には現れてはニヤニヤと笑いながら自身の自己紹介カードを出してくるのだ

「まっ、また冷やかしに来たんだ」
「いや〜たまたまっ、たまたまだろ」
「たまたまで貴方がこんなとこ来るわけないでしょっ」
「んな事より…ンー、良いじゃねぇかオレサマ好みの服装だな」
「は?……っ何するのよ!!」

頭の先から足の指先までジロジロと見下ろす彼を見つめ返していれば即座に花柄のワンピースの裾を捲られる、婚活会場中の男性の目がナマエに降り注いだ

「おっ、赤色」

パシィンと大きな音と共にあのプロボクサー鷹村守が地面に伏せられた、男たちは思っていた(あの人強いな)と、そんなことをナマエは知る由もなく当然その日も上手くいくはずがなく日付だけが過ぎてしまい
結果として合コンと言えどいつも職場(ジム)で見かける連中と顔を合わせることになった

「お疲れ様です」
「おー、いい子連れてきただろうな」
「着いてからのお楽しみってことで」

深いため息を零しながら肩を抱いてくる鷹村にため息を零しつつナマエは居酒屋に足を運ぶ、いつも通りの青木と木村に幕之内は挨拶の際に苦笑いを浮かべていたが青木と木村に関してはこれが初めてという訳ではない
知り合った出版社関係の女性達3人に鼻の下を伸ばす男たちを横目にビールをちびちびと飲む、伝えてはいないがここの3人は全員既婚者でありネタを探しに来ているだけだ、それ故普通に可愛がられるのは幕之内だけというのをナマエは理解している
そんな意地悪など知らずに息を荒々しくする残りの3人に来週はこってりと絞ってもらうように会長に言わなければなぁと思った
いつの間にか二次会のダーツで男性陣が盛り上がる中女性陣はダーツそっちのけで恋バナをしていた

「鷹村選手とはそういう感じ?」
「そっそんな訳ありませんよ」
「でもいつも仲良いわよね」
「本当のとこどうなのよ」

お酒を飲む量が増えれば増えるほど彼女達は楽しそうに質問攻めをする、気付けば狭いバーテーブルの上にはウイスキーが無くなりそうなほどになっていた
男性陣とは違い女性陣は賭けダーツをし始めたのだ、それをみた4人は尚のこと期待に鼻をふくらませたがそんなことは知る由もないだろう

「それじゃあまた」

遠くでみんなの声が聞こえるが飲みすぎたせいかナマエにはぼんやりとしか聞こえず小さく手をあげるだけだった
そしてフラフラと千鳥足で歩き出そうとした時だった、右腕を掴まれ思わず見上げれば呆れたような鷹村がいた

「送ってやるよ」
「送り狼はなしだよ」
「お前にするかよ」

少しだけ胸が傷んだ、自分が結婚出来ないのも恋人ができないのも全て自分に魅力がないからだろう
現に今日遊んだ彼女達は既婚者ながら魅力的であり綺麗な人達だった、そりゃあ男が鼻をふくらませて喜ぶわけだと納得してしまうほどだった

「鷹村くん私ってさ…魅力ってやっぱり無いかな」

暗く静かな住宅街でぽつりと声を漏らした、横を歩く彼は異様に静かでそれが心地よかったからか悩みが溢れてしまう、だがしかしこの男の性格は最悪なものだからきっと笑ってくれることだろうとも期待していた、その方が少しは気持ちも晴れるものだ

「そんなわけねぇだろ」
「そっかぁ……え」
「取り敢えずウチ寄ってくか?」
「え…ぁ、うん」

彼と知り合ってから何年目だろうか、出会った頃よりも体格も身長もさらに大きくなり男だと教えこまれることが何度とあった
質素な彼の家に来た途端に頭が冷静になってしまう、何故こんな変態セクハラ大王の元に自ら来てしまったのだと、そもそも異性の家に夜中に来る時点で許可したようなものじゃないかとナマエは自身を責め立てた

「まだ酔ってんのか、水のめよ」
「ありがとうございます」
「抱かれると思ったか?」

コップに口をつけた途端そう言われて思わず水を吹き出してしまい目の前の鷹村にかかってしまう、慌てて謝りながら自身のバッグの中のハンカチで拭おうとすれば手首を捕まれ鷹村の胸元に寄せられる
少し乱れた彼の前髪が落ちてきて顔に触れる程の距離だ

「なーんてな、抱く気にならねぇ」

手を離されて冗談だと笑う彼に思わず目を丸くしてしまう、これは恋心ではなく意地だと言い聞かせながらナマエは少しだけ睨んだ

「私に魅力がないから?」
「あ?」
「むっ胸だってあるし、それなりには平凡な平均なものは全部もってるつもりですけど」
「お前っ」
「私には…女としての魅力ってないの?」

思わず鷹村の大きな手を取って自身の胸に当てる、彼の手が大きすぎるせいで自分の胸はさらに小さく見えてしまう、ドキドキと高鳴る心臓の音が聞こえているだろうに恥ずかしくてたまらなかったが悔しさや悲しさやらが溢れて言った
そして段々と言葉を吐き出していく度にゆっくりと勢いが減って言ってしまい、鷹村の顔を見れば彼はまるで予想だにしなかったパンチを受けたような顔をしていた

「そっそんなショック受けなくたっていいでしょ」
「ちがっ」
「そりゃあ鷹村くんは経験豊富だろうから私なんてつまらないかもしれないけど、でも…で……え?」
「なんてことしてやがんだこの馬鹿女!」

溢れんばかりに怒鳴られてしまい思わず目を丸くしてしまう、ひょいっと持ち上げられたかと思えば床にしっかり座らされて少し乱れたスカートの裾までも綺麗に直されてしまい嫁入り前の女がとまるで会長のように彼は説教を始め、そして最後にこう言った

「お前以上に魅力のある女なんざいねぇだろうが」

目を何度かぱちぱちと瞬きさせて見つめた、彼は落ち着いたのかどっかりと座り直してお茶を飲んだ

「鷹村くんは私の事魅力があるって思うんだ」
「おう」
「抱ける?」
「バリバリだわ」
「好き?」
「……………」
「そ、そうだよね…こんないき遅れ女。でも女好きとはいえお世辞でもあぁいうこと言われて悪くなかったな」

ありがとね。なんて笑顔で返していれば目の前のちゃぶ台がひっくり返った、そして何故か自分の視界もひっくり返った
見えるのは天井と視界いっぱいの鷹村守だった、思わず見つめていれば彼のかさついた指先が頬を撫でる

「女じゃなくて、ナマエが好きだ、それにお前のことは魅力的にしか思ってねぇし抱けるって証明してやるよ」
「え…ぁ、えっとですね鷹村くんどっどういう」
「そういうことだよ」

彼は意地悪に笑っていた、いつものように子供みたいな無邪気な顔で笑っている、ゾクリと背中が栗だった頃には彼の大きな唇に噛みつかれていた

だがしかし肝心の行為はしなかった
残念ながらキスで終わった、なぜなら彼には信用という大事なものが無いからである

「なんでだめなんだよ!」
「私真面目な人としか付き合わないの、遊びとかもう無理だし」
「本気だろうが」
「知りません、そういうなら何か確実性なものでもください」
「…ハッ、いいぜやるよ、俺の隣で世界ってやつをみせてな」

だからそれまで待ってろよ。と彼は耳元で低く呟いて指を絡めた
きっと彼は言葉通りにするだろう期待と不安が混じり合いながら同じ布団で眠りにつく、いつか叶うその日までを夢みて