あと数時間で年が変わる
HLにきて半年、まさか自分がここに配属されることになり生きていることもましてや新年を仕事して過ごすなどとは思いもよらなかった
元より自分は事務よりも戦闘員として前線に出るタイプだ、だがしかしこの街では外の街よりも事件数は多く、さらには被害数も多いために処理が多すぎる、おまけに仕事をしない(及びできない)者までいるしまつ

手がじくりと寒さに痛む、自宅で終わるはずの仕事だったが急遽必要な書類やら確認するものなど数えたらキリがない程の用事が出来てしまい結局新年を祝うために盛り上がる人混みの中を歩く
来慣れたドアを開ければエレベーターが作動し、ものの数秒で音を立ててドアが開けば見なれた事務所も真っ暗だった、大きな窓からみえる外の景色だけはまるでイルミネーションのようだった
厚手のチェスターコートを脱いで入口にあるハンガーにかけて席に着こうとした時だった、丁度キッチン側のドアが開いた

「あれナマエじゃないか」
「スティーブンさん、お疲れ様です」
「お疲れ様、にしても何か忘れものかい?」
「資料が何点か必要になったり色々立て込んでて、もういいやって思って事務所に仕事をしに来たところです」
「わざわざこんなめでたい日にまでいいのに」
「それは貴方もじゃありませんか」
「コーヒー飲むかい?」
「お願いします」

予想していたと言えば予想していたが本当にいるとは思わず驚いてしまう、自身のデスクに腰かければコーヒーが置かれる
時刻は21時を過ぎているのに男女が同じ部屋で仕事をしているだけなどなんと色気のないことだろうか、会話もそこそこにパソコンのキーボードに手を添えた

「テレビつけてもいいかい」
「どうぞ」

沈黙を破ったのはスティーブンだった
近くに置いていたリモコンで電源を入れればテレビには華やかに新年を祝おうとしている
あと数時間で新年ですが…とインタビューする姿を見られた、そしてふと母国を思い出して声をかけてしまう

「そういえば日本では除夜の鐘といって、お寺の鐘を108回鳴らすんです」
「それはどういう意味で?」
「今年の煩悩を打ち消して綺麗な気持ちで新年を迎えるためだそうですよ」
「へぇ…
それじゃあその無くなった108個の煩悩をまた新しく埋めるわけだ」

そう言われるとそうなのかもしれないと思って少し笑ってしまう、彼の冗談は素直に面白かった、いつだって彼はスマートで紳士的で仕事が出来て顔も整っている、そんな人と過ごせるのは少なからず悪くはないかと自分に言い聞かせた
そうでもしなれば正直年越しで仕事をするなんて言うのはとてもじゃないが耐えられないのだ

「別に仕事してなくてもいいんだぞ」
「いえ…これを放置すると新年あけてから5倍に脹れている未来が見えていますから」
「ハハッそれは言えてるな」
「笑い事じゃないですよ」
「でも今年はまだいい方だ」
「どうしてです」
「ナマエと一緒だから」

お世辞が上手なこと、と内心つっこんでしまうが言葉には出さないきっと彼も言いたいことは分かっているだろうと思ったからだ
ため息をこぼして入れてもらったコーヒーを片手に2人で書類に手をつけていく、ふと顔をあげれば時刻は23時になっているもう1時間もなく新年かと思えばHLも対してほかの街と変わらない新年の過ごし方なのだなとテレビを見ながら思う
ふと席を立ったスティーブンが何かを漁っているなと思いきや少しイタズラの混じった顔をして現れた、手にはなにか箱を持って

「頑張ってるからな、みんなには内緒でどうだい」
「美味しそうですね」
「あぁ本当は隠してたんだが、折角だしナマエも共犯者になってくれ」
「…なっ内緒ですよ」

みるからに高そうなクッキー缶に思わず目を奪われる、甘いものには目がないのだから仕方がない
それにしてもスティーブンがこんなものを隠し持っていたのも意外だと感じながらキラキラした宝石のようなクッキーに手を伸ばして口の中に放り込む、食べ慣れたあんなチープな味では無い誰が作ったのかと驚いてしまうほどの味だった

「美味しいです!こんなの初めて食べました」
「君の口にあったようでよかった、遠慮せず食べていいよ」
「意外ですねスティーブンさんって甘いもの好きじゃなさそうなのに」
「あぁ得意じゃないな」

他のクッキーよりも苦味の強そうなものを口に放り込んだ彼の姿はまるでモデルのようで思わず見惚れてしまう
あと数分で新年ですね!とテレビの中の司会者が声を上げた、もうそんな時間なのかともう先程よりもどうでもいい気持ちで眺めてしまう

「ナマエと食べたかったんだ」

耳に入ってきた言葉に目を丸くして彼を見つめれば非常に穏やかな顔をしていた、どういう意味なのか、何も分からずにみつめれば彼は柔らかく笑ったあと彼の革靴が音を立てて近付いてくる、逃げたいのに足が動かずにゆっくりとスティーブンとの距離が縮まるばかり
そしてトン…と椅子に座ってしまい彼を見上げる

「ど…う、してですか」

掠れた声が部屋にか細く響けば外は霧の中で花火が音を立てた、霧の中で光る美しく光に魅入られていれば顎に手を添えられ唇を重ねられる

「ハッピーニューイヤー」

何も分からないで彼を見上げればもう一度重ねられる、それ以上の言葉が必要なのか?と聞かれているようで何も答えられずにいれば優しく頭を撫でられる

「あけましておめでとうございます」

そういって彼の空いている片手に指を絡めれば嬉しそうに微笑んだ、クッキーの味も新年の有難みも分からずただ頭の中は目の前の男で埋められるのだった。