誰も信用しない、誰にも頼らない
そう親の墓に誓いを立てた
他人は自分達を好きに言った、他人の言葉など耳に入れるだけ無駄であると子供ながらに知っていた、だからこそ己の力で生きていくのだ

「いらっしゃいませ、間柴くんだいつもの?」
「おう」
「2人分だね、最近調子どう?ボクシング楽しい?」
「どいつもこいつも挑んでこねぇ、腑抜けばかりでつまらねぇよ」
「そっかそりゃあまぁ仕方ないね。790円です」

ポケットに入れていた財布から千円札を1枚出せばいつも通りのことだと分かっているらしい女は210円を素早く出した
適当な雑談をして、2人分の弁当が差し出されるがふと目に止まり帰れずにレジに経つ女を見た

「おい、頼んでねぇぞ」
「サービスだよ」
「要らねぇよ」
「廃棄するしかないから持ってってよ、それでも要らなかったら置いてって」

お弁当とは別にカップの味噌汁2つとサラダが入っていた、明らかに廃棄では無いのが目に見えるがそこまで踏み込んで言う気にもなれずありがたく頂戴し店を後にした
家から徒歩2分の弁当屋、少なからずその場所は間柴了にとってはまだ少し自分をましな人間のまま居させてくれる唯一の場所だと昔からおもえた



「君この間も来てたよね」
「…」
「2つ分のお弁当誰と食べるの?親?兄弟?」
「関係ねぇだろうが」
「あるよ!ご飯の量とかおかずの量とかあるでしょ、若いんだしちゃんと食べなきゃ」
「妹だ」

両親を亡くして2人で生きていくと決まってから不慣れな料理を妹はよく作ってくれた、それでも体調不良の時やそれ以外の日でも時折弁当を買う日が出た
家から徒歩2分にあるのは有難いもので2.3度行けば毎度レジを対応する女に覚えられてしまい間柴は嫌気がさした、どうせこいつも自分を嫌な顔するようになると分かっていたからだ
レジ袋に入れられた弁当を持ち帰り取り出せばサラダやほかの惣菜、更にはフルーツまで入っていた

「お兄ちゃん珍しいねこんなの買ってきて」
「…買ってねぇよ」
「奪ったの!?だめだよ!」
「ちげぇ、弁当屋の女が入れてやがったんだ」
「じゃあ今度お礼しに行こう」

妹は無邪気に笑って言った、気乗りはしないが行かなければ妹にさらにどやされることを知っていた間柴は嫌々ながらも頷いた
後日近所の有名な洋菓子屋のプリンを数個購入して妹に手を引かれて歩かれる、全くどうしてこんな事になったんだと思わず喉に絡みついた痰を吐き出した

「あれ?いつものお兄さんこんにちは、妹さん?」
「…妹が礼をしてぇんだと」
「初めまして間柴久美といいます、この間はありがとうございました」
「わぁカグマヤさんのプリン?美味しいんだよねぇありがとう、別に廃棄予定だったから気にしなくていいのに」
「兄と2人の生活なので凄く助かりました」
「まだ学生さんでしょ?」

あぁ決まって同じようなセリフだ、説明するのも面倒くさくなり思わず背を向ける

「お兄ちゃん!」
「用事は済んだ、俺ァ帰るぞ」

結局妹は居座ってしばらく帰っても来やしない、苛立ちながら待っていれば数時間後また2人分の弁当を抱えて帰宅した
またレジ袋の中にはお菓子やお茶や色々入っており「廃棄だから気にしないでって…」と申し訳なさそうな妹の言葉に舌打ちをしてしまう
話を聞いて同情されただけだ、誰からも施しなど要らない、けれど貰ったものを粗末にするほど人間を捨てている訳でもない、間柴は弁当に手をつけた、やはり味は素朴な家庭料理だと言うのに何故か堪らなく美味しいと感じた

仕事をクビにされるのは何度目なのか、苛立って仕方がない
会社の金の一部が無くなっていたがそれに対し間柴が目に付けられた、どれだけ違うと否定しても所詮人は見た目でしか人を判断しない
人相が悪い、愛想がない、ただそれだけで仕事は簡単になくなり悪役になる、苛立ちを喧嘩でぶつけても仕方がなかった

「間柴くん?」
「てめぇか」
「何かあった?もし良かったら来る?」

苛立ちを全てこの女にぶつけてやる、メチャクチャにして後悔させてやると間柴は考えた、この人生がどれだけ苦しいのか教えてやりたかった、抑えようのない苦しみを味わせてやりたいと
弁当屋の2階の女の自宅に入った途端に床に押し倒した、無理に服を上にあげれば大きな火傷の跡があった

「別にいいよ」

女は静かに見上げていた、怒るわけでも悲しむわけでもなく真っ直ぐと間柴を受け入れる顔をしていた
けれど先程までの荒々しかった感情をなくして間柴は彼女の腹にある大きな火傷の跡を優しく撫でた、もうそれは随分昔のようで傷はしっかりと完治されていた

「私で埋められるならその熱くらい、いくらでも埋めてあげるから」
「泣かないでよ」

泣いてなんかねぇだろうが。そう言いたかったが何も言えず女の胸に倒れこめば優しく頭を撫でられる

16歳の少年と14歳の少女では到底受け止められない自体だろう
初めてお弁当を買いに来た少年はまるで剃刀のように世間を恨んだ顔をしていた、それが2.3度来るものだから何となくのつもりで色々詰め込んでやった
そうすれば後日可愛らしい妹さんと来店してきたのだ、相変わらず愛想も何も無く彼は先に帰ったが申し訳なさそうな顔の妹さんの久美は残っていた

「両親を交通事故で亡くしたんです、それからずっとお兄ちゃん頑張ってて」

そりゃあそうなるか…と妙に納得した、元から愛想のある人間には見えないが世間を憎むような目も何となく察してしまう
多感な時期に世間一般的なものを全て捨てて彼は家族を守っているのだろう、ならばそれを支えてやりたいと思うのは迷惑な老婆心と言われてもよかった

「2つしか変わらねぇのか」
「そうだよ、だから私は今19だよ敬語使ってもいいんだよ」
「誰が使うか馬鹿」
「久美ちゃんはかわいいのに了くんはどうしてかなぁ」
「その気持ちわりぃ呼び方やめろ」
「了ちゃん?」
「殴り飛ばすぞクソアマ」

なんとお口の悪いことか、ため息を零せば彼の腕が伸ばされる

「なに」
「ン」
「ものには頼み方ってのがあるんだよ」
「入れろ」

先程までの苛立ちやらムカつきやら全ての感情が食欲に変わったらしい間柴はこれでお茶碗3杯目だ、正直細く見える体のどこに消えていくやらと見つめてしまう
それでも丁寧に食べられている魚やお茶碗には感心してしまう、彼を知れば何故か可愛らしく感じてこれが母性かと納得してしまう

「今度は久美ちゃん連れておいでよ、いつでも食べさせてあげるから」
「気が向いたらな」

しっかり食後の熱いお茶も飲んだ間柴は満足そうな顔をして素っ気なく返事をしたが彼との距離が縮まったと感じられた

「ナマエ」
「なに?」
「またくる」

そうでなければ彼は名前を呼ばない、彼女は小さく微笑んで間柴に手を振った


チャイムが鳴る、だがしかし応答はない
ハァ…とため息をこぼしてドアノブに手をかければ簡単に開いてしまう、電気も消されており人の気配も感じられなかった

「こら、玄関開けっ放しだし電気つけなさい」
「やかましいのが来やがったか」
「帰ろうか?」
「冗談だ」

全く彼も丸くなったものだと長い付き合いの中でナマエは感じた、冗談とは口先だけでもいうほどになったのはいい事だ
他人の家を勝手知ったるや冷蔵庫を開けて持ってきた材料やおかずを入れてコンロに火をつける、手際のいい料理の音を聞きながら間柴はボクシング雑誌をみつめた

「久美ちゃんさぁ…彼氏出来た?」
「出来ねぇよ」
「了が邪魔してるんでしょ」
「さぁな」

妹を守るためと昔からいうが少し度が超えているのだ、このままではあんなに美人で可愛らしいのに独身になったらどうなるのやら…まぁその前にこの兄をどうにか出来る男を彼女は連れてこられるはずだろうと他人事ながら思った
親子丼と味噌汁をテーブルに置けば2人は向かいあわせで箸を進める、言葉数はそこまで多くはないがボクシングや久美の話や店の話をしていた、たまたま紹介したボクシングが性に合ったらしく年々彼の性格は丸くなった、牙が抜けたという訳ではなくいい意味で人と触れ合えるようになったのだ
そんな男の成長をひっそり喜んでは未だ怖くて見に行けないボクシングを応援していた

「久美ちゃんがお嫁さんに行ったら了ひとりになっちゃうね」
「…そうだな」
「その時は、私が隣にいてあげるよ」

好きだと、愛してる、などと言葉に出したことは無い
けれど二人の間には確かに愛があり、恋人というハッキリとした関係ではないにしろそれに近くまたそれ以上のものがあった
彼女の料理を食べる度に自分の中に溶け込み、血肉となりそして特別に感じられると間柴は言わずも思っていた

「きみ以上に私のご飯美味しそうに食べてくれる人いないから」
「そりゃあ…いいこった」
「うん、これからも食べてね」
「さぁな」

静かに二人の時間が流れる
ただ穏やかに
これから先も変わらずに彼女の料理を食べるだろうと思いながら間柴は味噌汁を啜った、いつもより少し美味しいと感じながら。