人にはみなパーソナルスペースというのがある
それは所謂自分にとって不快感がある他人との距離のことだ
男性は正面が、女性は自分を中心にした円形が苦手だという話も出ている、その為不良同士がメンチを切る時に顔を正面から近付け合うのは最も合理的なのである。

というのを聞いたことがある
ところでどうして突然パーソナルの話をしているんだ?という疑問にお答えしよう

千堂武士はパーソナルスペースが狭すぎる…というか無いのだ、誰とでも肩を組めるし誰とでも多分ハグができる、彼の距離感は近くあるものはそれに勘違いをして恋をしたり、あるものはその勘違いで失恋をした結果ナイフを向けたり、とにかく千堂武士のその距離感によって狂わされる人間は一定数いるのだ

そう私とか

千堂くんとの出会いは不思議なもので、東京から試合を見に大阪に出てきたがその日は試合前で1人での行動のためお昼ご飯でも食べようかと考えていた時だった

「どないしたんや姉ちゃん迷子かいな」
「えぇはい」
「どこいくんや?ワイが案内したるわ、通天閣か?道頓堀か?どこ行きたいんや」
「えぇっと、たこ焼き食べようかな?って…それで金だこあったから金だこでも」
「何言うとんねん!金だこは関東のやつやろが大阪来てなんつーもん食いよるねん、ワイが本場のたこ焼き教えたる」

その時の目のギラつきようといえばまるでリングの上の虎のようだった、結局その日に一日連れ回したのか連れ回されたのかはわからないがその時点で千堂くんは手を繋ぐは肩を抱くやら兎に角とにかく

「勘違いしちゃいそうなの」

ふにゃふにゃ…と倒れ込んだナマエに一歩は目を丸くした、確かに千堂は男女関係なくパーソナルスペースが狭く不快感というのを知らないのではないかと改めて感じた
確かにそれが好きな人となれば…と一歩はクミを思い出して沸騰したやかんのような音を口から発して倒れた

「そ、それは確かにダメですね」

確かに考えれば考えるほど千堂のしていることは勘違いを呼び起こしてしまうものだ、それに心臓がいくつあっても足りない
東京にいるナマエがどうしてそんなに悩むのかと言えば定期的に大阪に遊びに行くからだ、千堂と出会ってからというものの友人として仲が良くなり彼に「関西の良さ教えたるから来てや」といわれ、何かと理由をつけて呼び出されるのだ
なんならなにわ拳闘会のマネージャーでもなったかと言うほど向こうで手伝いまでしているしまつで時折自身の働いているはずの鴨川ジムの会長に怒られるほどだった

「まぁ向こうは多分なんとも思ってないからできるんだろうけどね」
「ですよね、ナマエさんには気の毒ですが千堂さんらしいっていうか」
「本当クミちゃんだったら一歩くん死んじゃうもんね」
「ひゃっ」

想像しただけで倒れた、こりゃあダメだ

とはいえ本人に言って傷付けてしまう気もするし、反対に自分が意識をしすぎているだけとも思う、隣をご機嫌に歩く彼は今日も変わらず大阪のいいところといいながら連れ出してくれる
おかげで新幹線の距離であるのに無駄に大阪に詳しくなってしまったほどだ、今現在も迷子にならないようにと手を繋がれて彼は前を歩く、手汗気持ち悪くないかな?手カサカサじゃないかな?なんて心配をしているのは多分自分だけだ

「どないしたん、腹痛いんか?」
「えっううん、痛くないよ」
「えらいしんどそうな顔しとるから、遠慮なしに言いや」
「そりゃもちろ…ぇ」
「うん、熱もないみたいやし大丈夫そうやな」

突然前髪をあげられ額が合わせられる、近い顔の拒否に驚いてしまうが千堂はやはり気にした様子もなく笑顔で手を引っ張る
お願いだから心臓の音が聞こえないように、千堂に嫌われたらどうしようなんて頭の中が埋められてしまいせっかく連れてきてくれたはずの串カツの味も分からなかった

「ほな明日は頼むわ」
「うん、また明日ジムに伺いますね」
「そんなんやったらワイの家泊まったらよかったのに」
「それは悪いから」

色んな意味で本当に悪い、心臓的な意味だ
ホテルの前で大きく手を振って帰っていく千堂くんの背中に胸を撫で下ろす、本当にあの人は困ったひとだ…このままじゃ本気で勘違いして失恋するパターンだと察してどうにか顔の熱を下げようと自分の部屋に戻るのだった



「あかん」
「何があかんねん」
「ナマエちゃん可愛すぎて」
「もうええでその話」
「いや聞いてや柳岡はん、ホンマにかわいいんよ」

あれはホンマに可愛い、初めて見たのは大阪の街中だった、えらく好みの女性が1人で困ったようにしているため助け舟を出したがこれがまた兎に角愛想も良ければボクシングも好きで話が合うこと
おまけにちょっと距離が近付くだけで顔が真っ赤になってしまうのだからこれは男心が擽られた
1日大阪観光に連れ回して寂しいが分かれたあとどうにか会えないものかと考えていた翌日の星の試合に彼女はやってきていた、なんとも運命とはあるようでなんと彼女は鴨川ジムの事務員さんでありトレーナー(マネージャー)さんだったらしい

「昨日なんか、ちょっと調子悪そうやから顔寄せただけでもう真っ赤になって恥ずかしがってほんま…ほんま」
「おい、もうええ言うとるやろ」
「彼氏おらん言うとったけど遠距離はあかんのかな」
「砂糖吐きそうや、一旦ミット打ちやめよ」
「なんでやねん!」

柳岡さんはこれ以上千堂の惚気話を聞いていられるかと吐きそうな顔をしてミットを外し事務所に帰ろうとした、仕方がないとグローブを外した矢先ドアが開くと同時に大きな挨拶が聞こえた

「ナマエちゃん来てくれた、おはようさん」
「はい、お疲れ様千堂くんは今からロード?」
「せやで、ナマエちゃんもついてきて欲しいわ」
「じゃあすぐ準備するね」

更衣室借ります!と元気よく言った彼女にぽやーっとマタタビを与えられた猫のような顔をしていれば事務所から戻ってきていた柳岡に頭をどつかれる「おどれは女のケツばっか追いかけてどあほう!」と叫ばれた
ケツは追ってない、いやナマエちゃんのは好きやけど…と思っていた独り言は口から出ていたらしく

「このバカ猫が!」

と柳岡にスリッパで強く叩かれるのだった


にしても千堂くんが気になると言うだけで大阪に来て毎度トレーニングの手伝いをしているのは本当にダメな気がする、会長には敵情視察ですとそれなりの言い訳をしているが本心はバレているので時折杖で頭を叩かれる、だってテレビとか電話だけじゃ寂しいんだから仕方がないと彼女面してしまう
実際千堂くんって女の子にモテるだろうからこういうところでアピールしなきゃダメなんだ、自転車に乗って彼の隣を走る相変わらずこういうところはプロだから真面目だ、横顔を見れば真面目な顔をして考え事をしてるしかっこいいな

「はぁ、せや戻る前にちょっと自販機寄ってもええ?」
「そこのでいい?」
「いや、向こうに50円自販機あるねん」
「さすが大阪」

千堂くんはお金にしっかりしてる、女の子相手だとちゃんと奢ろうとするし男の人相手だとしっかり自分の分だけを払う、家柄もあるのだろうがそういうのは人として大事だと思う
少し離れた場所に追加の走り込みをして彼はスポーツドリンクを1本買っていた、彼の飲む姿を見ているだけで様になるなとみつめていたら視線が絡み合う

「ナマエちゃんも喉乾いたやろ?飲んでかめへんで」
「えっあっ」

それはその関節ちゅうってやつでは?

「関節キスになるから嫌やんな、すまん」
「そそそそそんなことないよ!喜んでもらいます」

あまりにも悲しそうな顔をするから変に意識をしている私が愚かなのだと気付いて慌てて彼の手からペットボトルを取って彼が口付けた飲み口に唇を重ねた
ちらりと隣を見れば千堂くんの唇が目に入り零してしまう、やってしまった…と申し訳なく感じていれば彼の首にかけられていたタオルで汚れた部分を丁寧に拭かれる

「子供みたいやなぁ」
「面目ないです」
「かわええってことやで」

慰めるように彼はそういって柔らかく笑った、ずるいと思った
自分だけがこんなに恋焦がれて振り回されているのだ、それに比べて彼は同い年のはずなのに落ち着いていてさらにはからかってくるしまつだ、ふと顔が近いことに気付いて顔に熱がこもる、もう汚れてないのになにかあっただろうかと背中に嫌な汗が零れそうな時だった

「いやぁ相変わらず綺麗な顔やなぁ思って」
「…せ、千堂くんって誰にでもそうなの?」
「なにが」
「距離近いし、かわいいとか褒めたりするの」

おもわずそういえば彼は目を細めて微笑んでいった

「ナマエちゃんだけに決まっとるやろ」


誰にでもするわけが無い、意識して欲しいワイのこと好きになって欲しい、だからわざとらしく肩を抱くし手は繋ぐし隣に座るし顔を近付けた、絶対にワイのこと好きやろ…って反応を見せるけど確信では無い
なぜなら鴨川ジムには危険なやつばっかりやからナマエちゃんはいつもからかわれては真っ赤な顔をしとるからそういう感じなだけかもしれんかった
やのに、真っ赤な顔で問いかけられるものだから思わず笑ってしまう
ナマエちゃん以外ワイの心を揺さぶる女はおらん、そう伝えれば真っ赤な顔して俯くから思わずキスしたら真っ赤な顔で

「他の子にもしてない?」

と聞かれた、いやしとったら大問題やろワイはそこまでスケコマシのすけべやないで

「してたらどう思うん」

けど少し意地悪を言えばシャツを小さく握られる、そんな所もかあいらしくてにやけながらみとったらナマエちゃんは真っ赤な顔で甘い猫なで声でいうた

「やだな」

カンカンカン!!!
千堂武士KOやわ、こらあかん…どうやら作戦勝ちはしたが実際のパンチは向こうのが上だと確信しながら堪らずにもう一度彼女の唇にキスをした。