隣にいる男が涙を流すのは何度目か
結婚式の招待状を受けた時
愛しの彩ちゃんに男ができた時
結婚式の前日
結婚式の当日
とにかく新郎新婦やその両親より泣いていたのはドン引きレベルだ
それほど彼、宮城リョータの初恋は大きいものだったのだろう
付き合いは高校一年生の頃、親友の彩子がよく分からない男に惚れられた、それが彼だった
彼は叶わない恋でも構わなかった、三次会まで付き合って彼は吐くほど飲んだ、プロ選手がこんな道端でゲロ吐いてたら週刊誌に撮られるぞ、なんて思ったが久方ぶりの失恋なのだ仕方がない

「ナマエだったらなぁ…こんなにショック受けねぇのに」

なんて失礼な言葉と思いつつも彼の気持ちも酷くわかるため文句は言わずに聞いてやった
彩子の結婚相手は高校時代はバスケ部で身長170cmと少し低め、仕事先で出会って話が意気投合したという

「俺でもいいじゃん」

肩にずっしりと乗った男を仕方なく家まで連れて帰ってやり水をテーブルの上に置く、未だ床にひれ伏すリョータはもう何もやる気が起きないのか地面の髪の毛を拾っていた

「髪の毛落ちすぎじゃね?はげんの?」
「黙って聞いてりゃ好き勝手言って、慰めないよ」
「いや慰めろよ、ナマエだけなんだから」
「慰めてくれるやつ沢山いるじゃんヤスとかヤスとか三井さんとか」
「ヤスはそうだけど三井サンは無理だろ」

・・・たしかに
あの人は人を慰めるようなタイプじゃない、反対に今のリョータをみてどう声をかけていいのか分からずに丸投げされそうだと安易に想像がついた
どうして彩子なのだろうか…と1人ごちったのは何度目だろうか、かわいくてスタイルも良くて男には負けんくらいの気の強さで、けれど可憐で美しくてそのうえ頭もいいし運動神経もいい同じ女でも賛美しかでない
けれど多分リョータが好きになったのはそういう部分ではなく彩子の心の強い部分なのだろう、私達は同じ人を好きになりやすいため彼女に惚れるのはわかる、自分が男だったら彩子を好きになっていると何度も思ったからだ

「彩ちゃん綺麗だったなぁ」
「お色直しのドレスも綺麗だったね」
「あれは本当女神かと思ったわ、赤も黄色も似合ってた」
「ドレス見に行った時20着くらい着て大変だったっていってたよ」
「まじかぁ、全部見てぇ」
「写真何枚かあるけど」
「くれよ」

瞼を腫らして未だお酒が残った彼は真っ赤な顔でスマホを揺らしていた、仕方がないから自分のスマホのカメラロールから数枚送信すれば彼のスマホが結婚式でマナーモードのままだったからか小さく震えた
そのまま真剣な顔でスマホの画面を操作して届いた写真を眺めると彼はまるで自分が結婚したんじゃないか?というほど柔らかい笑みを浮かべて

「綺麗だな」

と呟いた
もうお互いに26だ、そろそろ恋人を見つけて結婚を考える時期なのにリョータは彼女こそ作るが1年ほどでだいたい別れる、大体が高校時代と同じ理由だ

『リョータくん他に好きな人いるんでしょ』

それが彩子だなんてもう高校時代の身近な人以外は知らない、大学や今の仲間たちや彼を取り巻く女達は彼がここまで1人を一途に思ってるなんて知るはずがないのだ
少しだけの優越感、それだけが自分を何とか支えてくれている

「ナマエは結婚しねぇの?」
「相手いないし」
「ははっ俺も」
「彼女作ったらいいじゃん、プロはモテるでしょ」

そういえば彼は気難しい顔をした、それほどに想える相手がいることと想ってもらえる彼女が羨ましかった、彩子は彼の好意を知っていたけれど友人という枠からは出なかった
本当のところは分からないかま表面だけを見たナマエからしてみれば二人の関係はビターだった、それでもその関係さえ羨ましく思えるのは自分にはそんな恋がないからだろう

「結婚したいっておもうもんなの」
「そりゃあ女だし、好きな人と出来たら嬉しいよね」
「子供欲しいとかは」
「上手くいくなら3人欲しいかも男男女でさ」

そういうとリョータは少し目を丸くして「いいな」と呟いた、一人っ子だから兄弟の良さは知らないが羨ましさはあった
言うだけはただだから散々いった、二階建ての50坪くらいの家で2階は子供部屋でリビングは広め夫婦のベッドはシングル2つで気分によってくっつけたり離したりする、犬も飼いたいラブラドールとかあぁいう大型犬だ、子供はだいたい3.4つ差がいいし庭にバスケコートなんか付けちゃったりして

「いいなそれ」
「でしょ?」
「すげぇいい」
「そんな褒めなくても」
「結婚しよう」

「は」

真面目な顔で彼は言った、少しだけまだ目は腫れているけれど彼は至って真剣な顔で隣に座っていた

「あーでもこの辺じゃ土地がそんなにないから、もう少し土地広いとこか?3.4歳差で3人だけどまぁ今から頑張ったら」
「待って、待って待って待って、リョータなにいってんの?」
「いや結婚について」
「誰と誰の」
「俺とお前の」

意味がわからずに口を大きく開いてみつめた、数時間前好きな女の結婚式で泣いていたやつが…あぁ頭がおかしくなってしまったのかと思わずため息をこぼす
立ち上がってグラスに氷と水を入れて手渡した「飲め」といえば彼は素直に飲み干してグラスを返した、それをシンクに置いてもう一度座るが彼は至って普通の顔をして

「指輪どこがいいとかある?」

といった
だから意味がわからない、思考が停止してしまう、もう一度立ち上がり水を飲もうと思ったがそれはリョータに阻止された、腕を捕まれ見上げられる彼が冗談ではないといっているのは目を見ればわかるが理解が追いつかないのだ
ぐっと腕を引かれて仕方なく先程と同様に座って彼を見つめる

「いや?」

嫌とかじゃない、というか嫌とかいう問題じゃあない
君は何年片想いしたのだ、その人が今日結婚式をしたのにその親友と結婚しようなんてまるで悪い冗談ではないか
それも今までそういうことになったことも無ければ彼の目に自分が映ることもなかった

「好きじゃないのに結婚は出来ないでしょ」

私はリョータが好きだけど
そう言いたかったが怖くていえなかった、本当に勢いで彼は言ってしまっていて、その答えが「別に好きじゃないけど」なんてものなら今すぐ数時間前のリョータのように泣いてしまうからだ
口の中がやけに乾燥した、瞬きも少なくドライアイになりそうで、目の前の男を見つめた、着崩れたスーツに少し乱れた髪泣きじゃくって充血した目、その全てを見ても好きだと感じた

「好きだけど」
「彩子のことでしょ」
「いやナマエが」
「嘘いわない」
「言ってねぇよ」
「じゃあなんで!なんで…!彩子のこと…好きって」
「好きだよ」

ほらやっぱりね、分かってるよ
今自暴自棄だからそういうことを言うんだ、無性に胸が痛くなって立ち上がって冷蔵庫の中から冷えていたビールを開けて一気飲みした、座っているリョータの声も聞こえずに空になった缶をシンクに投げ捨ててもう一本開けて飲んだ、流石の勢いに固まったがすぐに理解した彼は無理やり手首を掴んでまだ1割しか飲んでいないビールをシンクに投げ捨てて冷蔵庫を乱暴に閉めて、体の向きを無理やり変えさせられて所詮壁ドン…いや、冷蔵庫ドンをされた

「好きだった、ずっと…何年も、だけど高三の頃にきっちり諦めた、そりゃあ彩ちゃんは魅力的だしずっと綺麗でかわいい、けど彩ちゃんの目には俺はいないんだよ」
「それでも」
「それでも好きだったって?そうだよ…諦めも悪いし、ずっと彩ちゃん好きだって思い続けてた、それが正しいって、けど違うんだよ」
「なにが」

好きな人の隣にいつもいる友達
バスケへの興味なんてそんなになくて、顔を合わせれば話す程度だったのがいつの間にかバカ騒ぎするほどになった
好きな人への気持ちへ終止符を打ってから気付いた、本当に自分を好きな人がいると、けど何も言えず何も出来ずのままだった
優しくてよく笑って失恋する度に慰めてくれて、あぁ好きだなって気付いた時には好きとかいう段階ではなくなってしまうほどの近い距離にいた

「好きとかそういうの通り越してるから、結婚したい…本気で一緒にいたい」

肩口にリョータの頭が乗せられる、酒に酔わされた熱が互いに感じられた

「好きって言わなきゃ、分からないでしょ」

そういって優しく指を絡めたら真っ赤な顔の彼が「好き」と小さく消えそうな声で呟いてキスをした
ビールくさくて、大人なのに子供みたいなキスをして、互いに真っ赤になって抱きしめ合った、指輪どんなのがいいかな…なんて頭の隅で思いながら彼の指を眺めた、それでも今は彼の体温が心地よくて力強く抱き締めて目を閉じた、好きだと強く思いながら。