「キサマもいい加減嫁でもみつけんか!」
「ジジイに言われたかねぇよ!!」

そう大声を張り上げる二人の男に今日も見慣れたように鴨川ボクシングジムの仲間たちは苦笑いを浮かべていた
鷹村ももう三十路近いが下世話な話はそれなりに聞くが真剣な浮いた話は聞かない、周りの年代は結婚やら子供やらとしていくなかで会長の老婆心も出てしまうのだろう
それは別として少しはまともな人間になって欲しい…と願うのもあるのだろうが


その話から2週間後のことだった
ある日鷹村が街中で年下の若い女性と親しげに歩いているのが見えた、おまけに普段の様な鼻の下を伸ばすことなく至って普通の姿にそれをみたジムの後輩たちは顔を見合せて「あれ鷹村さん??」なんて声を揃えたしまつだった
その日の夕方ジムにやってきた鷹村を全員が取り囲んだ、あの人は誰なんだまた隠していた兄妹かはたまた彼女かそれともナンパか?とにかくあんなに柔らかな鷹村を見たことは無く口うるさく問いかければ鷹村は至って普通に答えた

「なにって…嫁だよ」

嫁?
よめ?
妻?
ワイフ?

全員の時が止まったが鷹村はさも当然だと言うように着替えをしてそのままトレーニングルームに行くものだから追いかけ回した
さらに会長室にいた会長や八木に篠田も呼び出して鷹村をジムの全員が囲んだ、鷹村さんがおかしくなったと板垣がいえばそれはいつも通りだろうと会長は普段通りの顔をしたが話を聞いて思わず顔色が変わってしまう

「なんだよ、オレ様が結婚したのがそんなに珍しいかよ」
「そうじゃなくっていつ結婚したのさ」
「入籍したのは先週の水曜だったか?大安吉日とかなんとか」

八木の言葉に慌ててカレンダーを見れば確かに彼の言う水曜日は大安吉一粒万倍日であり結婚には大変縁起のいい日であった、まさかこの男がその事を考えて?と思ったがそんなわけは無いだろうと思い全員がさらに声をかける

「会長が前に嫁でも見つけろみたいなこというから」
「別にそりゃあ関係ねぇよ八木ちゃん」

そしてはぁ…とため息をついた鷹村はポケットの中から財布を出して会長に投げつける

「嫁さんの写真だよ、見りゃあいいだろ」

まさか、まさか、あの鷹村が妻の写真を入れている?などと驚きのあまり声も出ず開けば財布の透明なポケットの中には1枚小さな写真があり、鷹村の腕を掴んで柔らかく笑う幼い女性がいた

「こ、この人ですよ昨日いた人」
「えらくわかいじゃないか、いくつじゃ」
「今年20歳つってたな」

10個近く下の女に思わず目を丸くする、それからも騒がしく問いかけられる鷹村は流石に苛立ちを感じたのか座っていたベンチをひっくり返し、財布を奪って逃げるようにロードワークに出てしまう
あの男が結婚なんて考えられないた未だに不思議な顔をして全員がその場で顔を見合せ数秒後やはり大騒ぎするのだった



「重そうな荷物だな」
「あっ守さん、おかえりなさい重たくはありませんよ」
「筋トレ代わりだ貸せよ」
「もう大丈夫なのに」

帰り道相変わらずやかましい後輩達をどうにか黙らせて1人帰れば住宅街に一人の女性が大きなレジ袋をふたつ持って歩いていた
鷹村は大股で近付いて背後から声をかけ、彼女の手から荷物を奪う、彼女こそが鷹村守の妻になった鷹村ナマエだった
小さな身体の彼女は後ろから見れば学生のようで、スーツを着ているためまだ少し大人っぽくはみえた、楽しそうに夕飯の話をする彼女を見て相槌を打つ鷹村はやはり柔らかかった

「ただいま」
「おかえりなさい守さん」

結婚をしてよかったと感じたのは一緒に住むようになり、毎日こうしておかえりと言われることだった、たかだか挨拶のはずが心地よくてたまらない、荷物を玄関先においてパンプスを脱ぐ彼女を抱きしめる1日頑張った褒美のように感じて出来るだけ優しくけれど力強く抱きしめて頭の先にキスを落とす

「守さんご飯用意しなきゃ、お腹すきますよ」
「もうちっといいだろ」
「でもほら遅くなるし」
「旦那様のこと甘やかしてくれねぇのか?」
「うー、ちょっとだけですからね」

相変わらず押しに弱いと思わずにやけてしまっていればチャイムが鳴る、無視していたが抱きしめていたナマエの手が何度か鷹村の背中を叩くものだから苛立ちつつドアを開ければ見知った顔の野郎共が4人

「いやぁ!こんなにかわいいお嫁さんだなんて知りませんでしたよ」
「そうっすよ、オレたちには紹介もないなんて」
「ご飯ご馳走になってしまって申し訳ございません」
「にしても料理上手な上に可愛いだなんて鷹村さんいいお嫁さんじゃないですか」

木村、青木、一歩、板垣といつものメンバーが狭い家にあがってナマエの出来たての手料理を食べていく現役ボクサーとトレーナーなだけあって食べる量は遥かに多く、ナマエは料理が出来れば次々とテーブルの上に並べていき慌しかった

「ッッなんでテメェらが他人の家の飯食ってやがるんだ」
「まぁまぁ、たまには大人数も美味しいですから、守さんおかわり入れましょうか?」
「おう、山盛りな」
「他の方は…」
「アイツらにやる米なんざねぇよ、甘やかすな特に青木は目も合わせるんじゃねぇ」

ぐるぐるとまるで獣が唸るように睨む鷹村だが、やはり愛する妻の前ではどうやら少し大人しい様子だった
そしてナマエは鷹村の茶碗を片手に戻ってきて彼の隣に座れば木村が「2人の出会いとか結婚理由って?」と聞き始めた、どうやら話したくないらしい鷹村にナマエはちらりと見たあとに

「私が猛アタックしたんです」

と言い出した

初めての出会いは約9年前、まだランドセルを背負ったナマエは通学途中に道路に踞る白い猫を助けようとしたが車に轢かれそうになった、それを助けたのが鷹村であった

「まぁ猫じゃなくてレジ袋だったけどな」
「言わないでくださいよ」

その姿に一目惚れをしたナマエはその日から鷹村のロード時間によく顔を合わせ話をするようになった
おっとりして控えめでいじめられるほどでは無いが友達は多くない彼女は鷹村と話せることが唯一楽しみであり、鷹村も幼い自分の弟と同じくらいの彼女が嫌いではなかった、それでも9つも下となればまず女としてはみれず、扱いとしても所詮は近所の子供である

「鷹村さんのことが好きです」

中学生になった彼女はセーラー服を着ていった、初めて出会った頃よりも大人びてはいるがどう見ても子供の彼女に答えられるわけは無い

「ガキに欲情するほど飢えちゃいねぇよ」

鷹村がどれだけ破天荒な男であれ一人の人間でそれなりの常識はギリギリ持っている、だから幼すぎる少女に惑わされなかった
そもそも彼の好みは年上で経験豊富な方が好きなのもあるだろう、それでもナマエは諦めきれない中彼と会わない日々を何年も過ごしていた、高校を卒業して就職をしていつからか通らなくなった鷹村と会える道を歩けば彼は何年経っても変わらずに走っていた

「鷹村さん」
「…ナマエか?」
「お久しぶりですね」
「おう、元気してたのかスーツ着てるってことはもうそんな歳かよ」

ボクシングばかりの日々で年齢なんて忘れていた、数年間会わない間に彼女はまた大人になっていた
そして変わらず好きだと言うのだがそれもまた断った

「執着心が凄くてな、それがもう大変でよ」

試合の度にやってきてる割には激励や挨拶には来ない、その代わりに次の日などに家に来ては体の調子を気にして家のことをして帰る、それ以上はなかった
初めこそ警戒して断っても折れることはなく、本当の初めてのとき激しく断ったこんなことをされて彼女面なんざされたくは無いからだ。珍しく女に怒鳴りつけてドアを閉めて夕飯でも買いに行こうと思ってドアを開ければナマエは家の前で座っていた、何時間そこに座ってたのか想像したくもない

「食べやすいおうどん買ってますから、食べますか?」

結局柔らかくそんなことを言われればもう頷くほかない
その日のうどんの味はよく覚えている、質素なのに妙に美味しくて暖かくて向かいあわせで座るナマエは優しく笑って

「試合お疲れ様でした、かっこよかったです」

なんて言って、食べ終われば直ぐに片付けをして帰ってしまった
家に女をあげたくせに何もせずに終わるだなんて珍しいと自分ながらに思うがそこらの女と思えなかったからだろう。
結局それ以来やってくるナマエとは時々食事をとって同じ時間を過ごして、恋人かと言われればそうじゃないし、どちらかと言えばまぁ家族のような過ごし方に似ていたのだろう
そんな関係を続けて約2年、先日の会長の言葉に家に帰ってから来ていたナマエにいったのだ

「一緒になるか」

そう問いかけたのに彼女は少し目を丸くしたあとカレンダーをカバンから取り出して

「じゃあこの日に役所に行きましょうか、ハンコとかあります?」

全く感動もあったものではないが、これがまた彼女らしくて堪らないのだ結局10年に渡る彼女の猛アタックに落ちてしまったという話を聞いた後輩4人はなんだかすごく初心な恋物語を聞いて、下手なラブストーリーよりも胸がときめいた
お茶を啜ってテーブルの上の羊羹を食べる4人を鷹村はじっと見たあと叫んだ

「なに茶菓子まで食ってやがんだよ!狭いからとっとと出ていきやがれ」

ぽんぽんっと蹴り出された4人は仕方ないと珍しい鷹村の表情を見て満足したように家を出ていった
楽しそうなナマエは洗い物ををしていればその彼女の背中をまた鷹村は甘えるように抱きしめた

「なんですか守さん」
「…オレ様のこと好きかよ」
「そりゃあもう」
「結婚式と旅行いくからな、休み取れよ」
「えー結婚式なんて私いいですよ?」
「バカ言うんじゃねぇよ、この世で1番強いオレ様のハートを奪ってんだから胸張ってアピールしやがれってんだよ」

肩に顔を埋められてぐりぐりとまるで犬のように押し付けられる、彼の頭髪料で固まった髪が少しだけくすぐったくて笑ってしまう、鷹村はナマエの泡だらけの手に少し隠れた指輪を見て微笑み、ナマエは鷹村の自分の手に重ねた大きな手にある指輪を見て微笑んだ
そしてどちらかとも無く顔を見合せてキスをした

「愛してるぞナマエ」
「私も…愛してます守さん」

柔らかいキスを何度もして二人は新しい幸せな生活を踏みしめて進んでいくのだった。