今の彼氏と付き合い出して4年半、気付けば互いに25になっていた
そんな中で考えることといえば"結婚"の2文字だった

「明日来るんやろ?はよ寝んでええんかいな」
「あっそうだった、もう寝るねおやすみ」
「おう、おやすみ」

ガチャンと音を立てて電話が切れる、大阪と東京という新幹線で3時間の距離、その距離はとても遠く恋しいものだった
いつだって彼は笑って出迎えてくれることを分かってる、本当は今以上を望んでるのは自分だけだということも、ハァっとため息をこぼしてベッドの中に潜り込み目を閉じた

大阪に行くたびに感じるのは距離が近くなるにつれ新幹線の中は少しだけ五月蝿くなるということ、酒を飲む人に野球の話に兎に角関西色が濃くなると言えばいいのか、それを感じる度にあぁもうすぐ彼に会えるのだと密かに胸が躍る
新大阪駅とアナウンスが流れて見慣れた光景を窓から眺めて小さなカバン一つだけを持って新幹線から降りて改札を抜ければ彼はいつものジャケットにオレンジ色のタートルネックを着て改札から出ていく人たちを眺めていた

「千堂くんお待たせ」
「おぉ〜無事ついたんかいな!恋しゅうて恋しゅうて待ち遠しかったんやで」

大きな腕を広げて抱き締める彼に少しだけ恥ずかしくなって背中に腕を回す、千堂武士は有名な選手ゆえに小声でファンらしき人々の声が聞こえてしまい慌てて彼を突き放せば少しだけ拗ねたような顔をされてしまい仕方なく手を繋げばまた彼は嬉しそうに笑う
リング上では浪速の虎といわれる男もこれじゃあ浪速の犬のようで可愛らしかった

「せや、ちょっとジム寄ってってええ?」
「いいけど、なにか忘れ物?」
「いやぁナマエに会う前に練習しとったから荷物全部置いてきてしもてん」

彼の言葉思わず転けそうになる、どこまで練習馬鹿なんだと言いたいが自分の職場のボクサーたちも似たようなものだったと思い出して妙に納得してしまう
御堂筋線に乗るのは何度目か、交際前は試合の付き添いでしか来たことがなかった大阪も彼と付き合ってからは通い慣れすぎて新鮮味がない、電話で足りなかったことを散々話して2人で笑い会うこと時間は何よりも楽しい
人混みに潰されないように彼の手をしっかり掴んで歩けばそのうち手が離される、どうして手を離すの?と昔問いかけた時彼は「こんなんジムのやつとかガキに見られたら小っ恥ずかしいやないか」なんて言うものだから苦笑いを浮かべた、本当は離さないで欲しいって思ってるけど口には出さない
彼のテリトリーに入れば色んな人が声をかける

「なんやロッキー彼女連れかいな」
「ロッキー、彼女にこれ食わしたり」
「せやロッキーこの間は」

"ロッキー"これがこの街での彼の名前
自分では到底呼べない、大阪の人間だけが呼べる名前が恋しくて憎らしい、別に呼びたいというわけじゃなくただ自分は部外者東の人間だと思わされてしまう
関西弁も彼の渾名も呼べないのがいつだって悔しい

「なんや、暗い顔しておっちゃんのたい焼き当たったんか?」
「えっ、ううん違うよ考え事してただけ」
「ワイとおる時は考え事なんかせんといてや、ワイのことだけ考えといてや」

冗談交じりにそう言って笑う彼にいつだって私の頭の中はアナタだと伝えたいのに、そんなことを言える訳もなくジムに到着すれば彼は颯爽と更衣室に入ろうとするが他の練習生たちに声をかけられ足を止める
結局入口でぼーっとたって彼を眺めるのは初めてじゃない、この街に来る度に疎外感を感じるのは仕方がないことだ、いっそここに住んだら少しは変わるのだろうかと考えてしまう

「千堂、ナマエちゃん待たせとんちゃうんか」
「あっそやった、すまんナマエ」
「ううん、大丈夫」

事務室から現れた柳岡が入口に立つナマエをみて慌てて声をかければようやく思い出した千堂が近づいてきた、思わず柳岡を見れば彼は困ったような顔をしてくれてあぁこの人はわかってくれる人なんだといつも安心してしまう

「さっきはすまんかった、お詫びになんか食うて帰るか?」
「うん、お好み焼きいこっか」
「ええなあ、ワイが焼いたるわ」

少しでも彼の色に染まりたくていつもこっちに来ては関西色がこってりとしたものばかり食べてしまう、お陰で彼には粉物好きだと思われてるに違いないだろう
いつもよく行く鉄板焼きの座敷に通してもらい、メニューもみずに彼は注文を済ませる

「もうクリスマスだし御堂筋の方もイルミネーション凄いんじゃない?」
「ああせやなぁ、カップルばっかやしナマエも行きたいんか?」
「え、まぁそりゃあ12月だし折角なら」
「こっちや無くても、そっちの方がイルミネーションも多いやろに」

もうそうじゃない!と叫んでやりたかったがぐぅっと抑え込む
やってきたお好み焼きのセットを彼は手早く鉄板の上に広げて駄菓子屋の倅ではなくお好み焼き屋の倅のごとく彼はお好み焼きを綺麗な形に整えていく

「あんまりこっち来ることもないもん」
「いつでも来たらええやん」

ワイはいつでも歓迎やで
と言いながら彼の手は器用にお好み焼きをひっくりかえした、綺麗な焦げ目のついたそれに食欲がそそられる
本当に言って欲しい言葉が全部違うせいか思わず彼を睨みつけてしまえば目が合ってしまう

「ワイはどこおってもナマエとなら楽しいんやもん、しゃあないやん」

いいように言っちゃって全くもう…結局そんなに彼を憎めずにお好み焼きが4等分にされて皿の上に盛られる、味の好みを知ってる彼は私の分だけソースとマヨネーズ、自分の分には青のりと紅しょうがをたっぷり乗せていた
「ロッキーやないか!」その声と同時に知らないおじさんに声をかけられてまた彼は嬉しそうに笑う、この街にいる時自分は何故かひとりに感じるそれを紛らわせるように思わずビールの大ジョッキを頼んで彼が別のテーブルに連れていかれるのを眺めてしまう

「私の、千堂くんなのに」

色んなお客さんに絡まれて楽しそうに笑う彼も初めこそ連れがいると断っていた、さすがに申し訳なく思い気にしなくていいよと言ったのが間違いだったのかあのようにして自分がいてもほかの人たちとよく話すようになった
私にはあなた以外の"連れ"って奴はいない、だからこの街で生きていきたい、それで持って胸を張ってロッキーと呼べたらいいのに


「うー、気持ち悪い」

知らん間に酒を飲んだナマエに苦笑いを浮かべる、いつも行く店だったせいで常連やら知り合いたちに囲まれてみんながみんなニヤニヤしてナマエの話をして来よった
「あれが嫁さんかいな」「えらいべっぴんやん」「いつ式やるんや?ワイら呼んでや」なんていうからナマエに聞かれへんかめちゃくちゃ焦ってしもた、あぁせやワイはナマエに心底惚れ込んどる、惚れて惚れてその結果甲斐性もない癖に結婚したい思っとる
せやのにナマエは時々張り詰めた顔をしよるからもしかしたらワイとはあかんのか?なんて自分らしくもなく考えまう

「飲みすぎやで、普段飲まへんのに」
「だって飲まなきゃやってられないもん」
「なんでやねん、折角ウチ来とるんやからそんなけったいな事言わんだええやろ」

飲まなきゃってもしかしてワイとおるん嫌っちゅうことかいな、あかん最悪なことしか浮かばへん
そもそもナマエは東の人間やから合わへんのも無理はない、ワイが東京行く時なんか大抵試合やらスパーやらボクシングのことばっかり、そらそこらの女子供よりボクシング詳しい言うてもナマエも普通の女やから愛想尽きてもおかしくない

「私な。大阪のおばちゃん言われたい」
「なっなんやねん、まだ若いやんけ」
「向こうのみんなと離れてもいいから、千堂くんとおりたいの」

慣れへん関西弁がくすぐったい
関東人のけったいな関西弁なんかどつきたくなるけどナマエのは可愛いから許す、もっと聞きたい
もうすぐ家やのに足を止めて酔ったナマエの顔を見下ろす、あかん好きやわ

「みんなが立つ後楽園ホールや国技館よりも、千堂くんが立っとる府立体育館には叶わへんの」

真っ赤な顔で必死にそういうナマエに顔がにやけてしまう
あかんって分かっとるのに嬉しい

「私もロッキーって胸張って呼べる女になりたいの」

それってなんていうか

「プロポーズみたいやな」

千堂くんは私の言葉を聞いて爆笑した、お腹を抱えて大声を住宅街に響かせた、近所の人がうるさいぞ!って窓を開けて言ってきたけど私たちを見た途端にロッキーならええわ。といって閉めていった
ヒーヒーと息も絶え絶えの千堂くんに酔いに任せてこんなの言うんじゃなかったと後悔してしまう
けどどうしてもこの人が好きだから私は何度もこの街に来るし楽しいのもあなたがいるから、喧嘩したってあなたが大切で好きで敵わない

「そ、そんなに笑わなくてもいいじゃんかもう」

恥ずかしがって先に帰ろうとするナマエの手首を掴む、あかん笑いすぎて腹が痛い
だってあんなに必死な顔して言うことがあんなことやねんからしゃあない、ほんまに可愛くて堪らへんよ、泣きそうな恥ずかしそうな顔のナマエがこっちを振り返るから軽くこっちに引いて腕の中に抱きしめる

「ほな、言えるようにおってくれたらええやん」
「ッッ千堂くんが『こっち来いや』って言ってくれたらいいじゃんか……あっ」

催促してしまった、あぁ…っと恥ずかしくて土の中に埋まってしまいたい、そう思って地面を見てたはずなのに気付けば上を見上げていてちゅっと優しい音と共に千堂くんの顔が間近にあった

「ワイのそばに来てや、ほんでロッキーって呼べるくらいワイの街に染まってくれ」



大阪に行くのは何度目だろう、涙混じりの仲間達と別れて大荷物で新幹線に乗った
長い長い3時間の旅が始まってドキドキが止まらない、富士山もトンネルも途中の田舎らしい田んぼばかりの景色も何もかもが何度も見た光景だった、違うのは自分の指に光る小さな銀色の指輪だ
新大阪とアナウンスが鳴って足元に置いている大きなボストンバッグと頭上の荷物置きに置いていたキャリーケースをなんとか下ろして歩き慣れた新大阪駅の改札を潜る
見慣れたジャケットとオレンジ色のタートルネックを着た千堂が改札から出てくる人々を眺めていた

「よう来てくれたなぁ、重たかったやろワイが持つわ」
「大丈夫だってば、キャリーケースくらい押すよ」
「ええやん、ワイにやらせてや」
「だめ、片手空けてくれなきゃ手繋げないじゃない」

1回に降りて電車ではなくタクシー乗り場に向かっていく
ふと千堂はナマエをみつめて言葉をかける

「大阪によォ来てくれたな、これからはナマエも浪速の女やな」
「…うん、大阪弁ちゃんと教えてね」
「おう!手取り足取り教えたるわ」

そして彼女の方に同じデザインの指輪がついた手を差し伸べて二人は手を重ねて、新しい道を進んでいくのだった






イメージソング:大阪LOVER(DREAMS COME TRUE)