ある日の祝勝会で後輩達を連れた鷹村は行き慣れたキャバクラに行った、華のある女たちと美味い酒、普段行くスナックも勿論いいがキャバクラもまた一味違って男の夜の世界らしくて好きだった
随分と機嫌よく酒を飲んでいた時だった、オーナーが1人のキャバ嬢を連れてきた、いかにもこの世界は初めてですと言わんばかりの初心なその女は今日からの新人だと言う、サービスでつけるのでぜひ色々教えてやってほしいという言葉に機嫌を良くした鷹村は女を隣に座らせた

「名前は」
「ナマエです」
「初めてか?」
「はい、不慣れな点もあるかと思いますがよろしくお願いします」
「硬っ苦しいなもっと気楽にしろよ」
「でもお客様ですから」
「他の奴らみてみろ」

指を指した方向には酔っ払って潰れている青木の鼻にポッキーを詰め込むベテラン嬢の姿や、木村の爪にネイルする嬢の姿があった
気付けばこの店に来て2時間、主役は後輩と共に早々に帰ったのを思い出しつつもまぁいいか…と流しながら彼女の姿を足の先から頭の先までみつめた

「合格だな」
「お眼鏡に叶いましたか?」
「あぁオレ様の隣で飲んでいいぞ」
「えっとじゃあその、オレンジジュースで」
「酒を飲めよ」
「19ですから」

こんなのがよくこの店に来たな。と呆れてしまう
見た目は確かにいいが中身がこうも真面目だと稼げるところで稼げない、仕方なくキャバ嬢の基本というのを鷹村は教えてやった
酒を飲んで相手を潰して兎に角金を巻き上げさせろと。そして相手を惚れさせて出せるものは全部出させるんだと
その語りを聞いた彼女はまるで英雄譚でも聞いたような目の輝かせようで思わずたじろいでしまう

「凄いですね、参考になります」
「だァァっメモなんかするな、そういうのがキャバ嬢っぽくねぇんだよ」
「でもしっかり覚えて学ばなきゃいけませんから」

全く見た目だけは好みだがそれ以外はてんで真面目でダメだ、好みじゃないと彼はため息をこぼした
それでも基本はちゃんとしているからかグラスの結露はすぐに拭いてくれるわ、おしぼりの交換や酒の用意は上手いやら

「酒作るのうまいな」
「本当ですか?高校時代は居酒屋でバイトしてましたからその経験が生きてるんですかね」
「そうか、まぁ精々その乳客に揉まれねぇように気をつけな」

店から借りたドレスなのだろう明らかに胸元が大きく開きすぎているそれに彼は忠告した、流石にお触りは店のルール上厳しいうえに初心な新人相手には手も出せない
セットタイムも終わり、潰れた2人をみてこれ以上延長も出来ないかと思いながら会計をしてタクシーを呼び2人を車の中に押し込んで行き先を告げて見送った
そして出口で見送りをするのは先程のナマエであり

「これ私の名刺です、また是非よろしくお願いします」

深深と頭を下げる姿はキャバ嬢というよりもまるで営業の人間のようだった、それを片手に「おう、またな」と短く告げて鷹村も酔いを覚ますために歩き始めた

それから鷹村は1人でその店に行くようになった

「ナマエで頼む」

店に入ってすぐいつもならばフリーのところを指名する鷹村に黒服は少し驚きつつもナマエを呼んだ、鷹村が人を指名するなんて珍しいと同じキャバ嬢達はナマエを褒め讃えたがそれと同様にこの初心な娘が悪魔の手で穢されないようにと酷く願った、彼女達は最近入ったばかりの彼女を酷く可愛がっていたからだ

「こんばんは鷹村さん」
「よぉ、まぁ座れよ」
「はい、失礼します、何か飲まれますか?」
「酒は飲めねぇから悪いがウーロン茶でもいいか、あぁ飲みてぇなら高いの頼んでいいぞ」
「じゃあすみません、ウーロン茶ふたつで」

普通のキャバ嬢は嫌がるが彼女はにこりと微笑んだ、そして自然と自分も同じものを頼んでいた
未成年と言えど注文すれば酒は必ずテーブルに置いてもらえるはずだが徹底して酒は飲まないようだった、そしてテーブルの上に置かれたウーロン茶を互いに持って子供の真似事のように乾杯といった

「同じものの方がなんだか特別な気がしてやっぱりいいですね」

サラリと言ってのける彼女に密かに才能を感じた
あざとくない、わざとらしくない、けれどどこか男心をくすぐる言い方と小さな笑顔はよかった
ボクシングを忘れて鷹村は釣りの話や後輩の話をした、彼女はそれを楽しそうに聞いては笑った、すぐにセットの90分が過ぎて延長をするかとなったがナマエは伝票をみては「やめときましょう、今日はすごく楽しかったですから」なんて言って強制的に終わらせられた
正直金はファイトマネーやスポンサー料やら色んなものが入ってきているために一般人より持っているのだが、彼女はそんなことを知る由はないため青白い顔をしていた

「延長してもオレ様はよかったんだぜ」
「ダメですよ、私がバイトしてた時だとえっと…4日、5日分くらいでしたから」
「ったく仕方ねぇな、再来週またこの時間に来るから出勤しろよ」

出口まで見送るナマエにそういえば彼女は少し驚いた顔をしたが直ぐに小さく微笑んで「待ってます」といった
キャバ嬢なんてのはリップサービスが基本で、色んな男に愛想を振る仕事だ、だからこそハマっても報われないと分かっていながらも鷹村はナマエにハマった、他所のキャバ嬢達ならすぐに触れたりセクハラ発言のオンパレードのはずがナマエ相手だけは違うということが判明してからは彼女らに面白おかしく思われるしまつだった
それから鷹村は月に2.3度の頻度でやってきては1.2時間ほどで帰っていく


「鷹村さんっていつも素敵なお店知ってますよね」
「まぁ大人だからな」
「よくお店の方と来られるんですか?」

ある日のアフターでナマエは美味しそうに肉を上品に口に運んで言った
なんという失礼なことを言うんだと思わず驚いて噎せてしまう、悪気もないのか彼女は楽しそうに笑っているが他の客なら帰られるぞと念の為伝えた
それに鷹村は嬢と枕有りのアフターは何度かあっても、そんなものも無い同伴などしたこともなかった、おまけにいい店なんてあまり知らない中で数を連れて行っているのは周りに教えて貰っているからだ、生憎記者の知り合いが意外にも多くいるため様々なジャンルの店を知ることが出来ていた

「でも私…この後、行きたいところがあるんです」
「なっなんだ、なんでも言えよオレ様が連れてってやる」

人気のある鉄板ステーキの店に来てナマエは恥ずかしそうに言うものだから鷹村はごくりと唾を飲み込んだ、もしかしてそういう誘いなのか?と生憎いつでも準備だけはバッチリできており、ポケットの中に入っているほどだ
そして食事を終えて彼女に手を取られ


「替え玉追加で」
「オレ様もだ!!」

数十分前に恥ずかしげな彼女に手を取られ連れてこられたのは、こってり豚骨ラーメンと暖簾に大きく書かれたラーメン屋だった
恥ずかしそうな彼女が「美味しかったんですけど、ガッツリしたの食べたくって」と言われればダメとはいえずに店内に入る
2人の鼻にガツンと香る豚骨の出汁の香り、ラーメンを啜る一人で来ている中年たち、餃子とビールを美味しそうに食べる姿に先程食べたばかりなのに食欲が次々に湧いてきた、確かに鷹村も足りなかったと思っていたので有難く2人は食券を買って席に座って豪快に食べ始めた

「ふぅ〜っ、おいしい」
「美味かったな、にしても腹いっぱいだ」
「替え玉3つって凄かったですね」
「キサマも替え玉してただろう」
「高いご飯も美味しいですけど、私やっぱりこういうのの方が好きです、鷹村さんとなら尚更」

経験の為に高級店に行くことは大事だが食欲と言えば満たされるものでもない、反対に緊張してナマエは味なんてのもあまり分からないほどだった
2人ともお腹が膨れる程に食べきって店を出る、時刻はもう日付を跨ぐギリギリだった、こんなに色気のないアフターも初めてだと鷹村は呆れ返ったが反対にナマエだからこそよかった
遅くなった為に家まで送ると言いたかったが流石に下心が出過ぎている気もして何故か妙な気恥しさを感じ、近くのタクシーに乗せて無理やり運転手に金を握らせて帰らせたほどだ

「もったいねぇことしたか?」

ふとそう彼は返事のない空に呟いたが、そんなことは無く心は腹の同じく満たされていた


それから半年以上が経過していたことだろうか
ナマエも随分接客が上手くなり、他の客の席に1人でつけるほどになり上手く面倒な客を避けたり酒を飲ませたりと出来るようになっていた
鷹村は相変わらず足繁く通ってはナマエを指名してやった
もう時期誕生日が近いという彼女に何をあげるかと思いながらピアスも似合うし、ネックレスも悪くない、なんなら靴もいいか?と思って全身を眺めていたら鷹村の視界にはナマエが入ってきた

「もうっ私の話聞いてましたか?」
「あーおっぱいみてた」
「鷹村さんのえっち、すけべですよ黒服さん呼びますよ」
「ハハッ悪いな」
「悪気なさそうな顔してる」

さすがに1年弱とあれば彼女も鷹村の扱いを学んでいた
ふと楽しそうに話していたはずのナマエの表情が曇りをみせ、何かあったのかと真面目な顔を向けてしまう

「私今日でお店最後なんです」
「は?」
「短大も卒業で悩んでた就職先もみつかったのでもう夜のお店も終わりで」
「…そ、そうかよ」

動揺は隠し切れない、彼女が店を辞めればこの関係は終わるそうなれば鷹村はこの店に来ることも減るだろう
学生だとは知っていたが短大生とまでは知らず、就職なんてものも知らなかった、鷹村にとっては縁遠い話でもあるからだ、ナマエはそれでもいつも通り笑って

「だから今日は楽しい日にしましょうね」

結局彼女はこの店に来て1度も酒を飲まずにすごしてきたようだ、未だに鷹村の横に座りながらジンジャーエールを片手に微笑む姿は出会ってすぐと変わらない
夜の世界が似合うようにはなってもいまだ酒も飲めないただの小娘だ、時間が流れ黒服が現れる今回も延長はせずに時間の割に高いボトルを入れたなと感じたがせめてもの卒業祝いだった

「アフター…いきませんか?」


ナマエの目をみて鷹村は断った
あの日あの時のことを後悔していた、万が一あのアフターを受けていればきっとホテルにも連れ込めたのに何故かそれを自分のプライドが許せなかった、あの女はそういう存在では無い、悔しいが本気だった
夜の世界で遊ぶのも止めて気付けば冬の寒さが落ち着いて試合を何度かこなして傷の痛みが癒えたら4月の春が来ていた

ジムのドアを開けて適当に挨拶をして用意をしようとすれば事務室から賑やかな声が聞こえる、いつもの会長たちの声に交じった女の声に記者辺りだろうと察して特に気にも止めなかったはずだがふと聞こえた笑い声に事務所のドアを乱暴に開けた

「あれ、鷹村さん?」
「ナマエ…どうしていやがる」
「私事務員で就職したんです"ココ"に」
「はあ!?」

聞くところによると選手も増えトレーナーや事務員不足だった為新たに彼女を知り合いの紹介で事務員として雇ったのだという
あの最後の店での別れから数ヶ月、昼に見る彼女の顔はえらく夜より幼くメイクも薄く高いヒールも露出した肌もない地味な大学生に見えた
それでも鷹村にとっては特別で胸に沸きあがる熱い熱が止まらなかった

「だからよろしくお願いしますね鷹村選手」
「とりあえず今日飯行くぞ」

力が抜けてそういえばナマエは嬉しそうに笑って元気に返事をした
夜の世界なら諦めはつくが昼なら関係は無い、確実に落としてやると鷹村は心に決めるのだった。