人は見かけによらず
とはいうものの、やはり人は見た目で判断するものでそれは誰であれそうだろう
それはナマエの恋人も例外ではなかった

会長の怒号が聞こえてふと顔をあげれば今日もまた元気に杖で殴り飛ばされる男がいた、恋人の鷹村守は今日もまたなにかしでかしたのだろう。そういえば昨日テレビに出てたっけ?と思い出していれば問題はどうやらそれらしい
何かまた問題発言をしでかしたのだろう、いつもの事すぎて彼女にとってはあまり興味もなかったのだがチラホラと周りの噂話は嫌でも耳に入ってくるもので何となくで事情を察した
小さな体で重たい用品を持ち運ぶナマエをみた練習生たちが優しく声をかけて手伝ってくれるのを笑顔で受け答えしてようやく怒られ終えた恋人の鷹村と目が合えばスンッと逸らされてしまう
どうやら今日はいい気分では無いらしい

「あの人もいい加減ナマエ一筋になったらいいのにな」
「そーそー、やっぱり彼女が1番だよそれ以外の女なんて」

そういって珍しくファミレスで腐れ縁の青木と木村はコーヒーを飲んでいた、意外ではないかも知れないが彼らは紳士的で優しかった腐れ縁とはいえ幼馴染の女友達がまさか自分達の尊敬するクソッタレな先輩と付き合っていると知った日には白目を向いて倒れたほどだ
彼らに呼び出されて食事に連れていかれる時は大抵愚痴だ、鷹村守に対しての
別れた方がいいとまでは言わなくはなったものの彼らの兄心なのか定期的にこの会議は開かれる、本日の議題は"鷹村守がほかの女に鼻の下を伸ばしすぎ"というものだったが生憎当の本人であるナマエはあまり興味がなかった

「そもそもヤツはお前のこと大切にして無さすぎる」
「それは言えてるな、この間もいきなり酔って夜中に呼び出されたとか言ってたろ」
「この間はテレビでお前のこと貶してたろ」

そうだったかな?と思い出すもののあまり興味がわかずに右から左に消えていく
散々彼らは愚痴ったあとに2人揃っていうのだ

「「俺はお前が心配なんだよ」」


そりゃあまぁ有難いのだが
みんなが思うよりもずぅっと鷹村さんは優しくて甘えん坊で寂しがり屋で可愛い男なのだ
第何回目か分からないファミレス会議を終えた夜遅く歩き慣れた道を少し重たいヒールで歩いて適当なコンビニで飲み物とデザートを買っていく、ようやく見えたアパートの階段の1段目に足を乗せた途端階段のその先でドアの開く音が聞こえ顔をあげれば風呂上がりなのかタオル一枚だが髪型がしっかり整えられた男がいた

「風邪引きますよ」
「それならはやく来いよ」

少し不貞腐れたような彼の顔に思わず笑みがこぼれそうになりつつも階段を登りきって開けてくれていた部屋の中に引き込まれるように入る
靴を脱いで鍵を閉めようと背中を向ければ背中に大きななにかがのしかかり太い腕が腰に回されて顔を肩に埋められる

「あいつらとか」

ぼそっと聞こえた声に苦笑いをする、別にそんなに引っ付いてもいなければジムで会うからおかしくないのだがこの男の野生の勘というのか五感は相変わらず研ぎ澄まされているらしい
返事もしなければ余計に彼の腕の力が強まる、とはいえ1/10にもならないような柔らかい力だった、いざとなれば彼の手で頭の骨を折ることだって容易いのにそうはしない、どれだけ喧嘩をしてもどれだけ辛いことがあっても彼は自分の持つ暴をよく理解しているからだろう

「そういう鷹村さんは昨日飲みに行ってたでしょ」
「…イヤかよ」
「別に」

素っ気なく返事をすれば明らかに彼は困ったような顔をする、よく自身の後輩を犬のようだと例えるがこの人も大型犬のようだと思うものの誰にも理解は得られないので仕方なく胸の内に留めている
おへそに回されている大きな手を重ねて優しく撫でればまるで蛇が獲物を捕まえるように手を重ねられて指を絡め取られる

「冷蔵庫にこれ入れなきゃ」
「あとでいいだろ」
「温くなるの嫌なんだけど」

甘いのか優しいのか結局渋々と腕が離れていき「ン」という短い言葉に答えるようにレジ袋を渡せば彼は冷蔵庫の中に閉まっていく
ものを片す際に少しだけ固まっていたがそれはまぁいつものことなので放置した、そんな彼の大きな背中を見つつ適当に彼のトランクスとシャツを片手に風呂場に行こうとすればまるで小鴨のようについてくる

「さっきお風呂はいってたでしょ」
「別に2回はダメってルールはねぇだろ」
「ここのお風呂じゃ2人は無理だよ」
「いける」
「というか鷹村さん変なことしてくるからだめ」
「変なことってなんだよ」
「えっちなこと」
「そりゃあするだろ」
「だからだめ」

そう言い残して颯爽と軽い足取りで風呂場に逃げ込んで鍵をする、ジムの中とは大違いで無理やり来ることは無いのを知っているのでそのままゆっくりとぬるくなった湯船に浸かる
そういえばシャンプーが無くなっていたなと思いボトルを持ち上げれば満タンになっており思わず頬が緩んだ、ゆっくりと風呂を済ませてドアを開ければ置いていなかったはずのタオルが置かれており体や髪を拭きつつ部屋に戻れば静かにテレビをみている鷹村さんがいた

「あがったよ」
「おう、髪の毛乾かせよ」
「乾かしてくれるかなぁって」

そういえば彼は少し恥ずかしそうに目線を逸らして「仕方ねぇなぁ」と呟いた、赤くなった彼の耳をみて笑みがこぼれる
甘えるようにそんな大男の前に座ってチャンネルを回していれば気付けば少し前に集録していたらしいバラエティ番組が流れる、様々なアスリートたちが妻やら恋人の話をしている中鷹村守も例外では無いらしい、番組MCから話を振られた彼が普段はあまり褒めないのに

『オレ様の女だからそりゃあな』

などといって珍しく褒めるものだから思わず前傾姿勢でテレビを見つめていれば背後から手が伸びてきてチャンネルが変えられてしまう

「みてたのに」
「別に目の前にいるんだからいいだろうが」
「珍しく私の事褒めてた」
「いつも言ってんだろ」
「他の人の前では言わないのに」

だからもっと見たかった、どこかの鷹村守ファンに頼んで録画していないだろうか?言い値で買わせて欲しいと思いつつ彼に反論していれば少しむくれたような恥ずかしそうな顔をしてドライヤーの電源を入れた

「お前のことはオレ様だけが分かってりゃいい」

ブウゥンと大きな送風音と共にその言葉は小さく聞こえた、思わずニヤける顔をどうにかしようと上がる口角を両手で抑えるもどうやら無理だった
5分ほどしたら乾いたらしい髪を彼は丁寧にブラッシングしたりオイルをつけたりとそれはもう理髪店顔負けのケアまでしてくれるもので世間が言う「ワガママオレ様鷹村様」はこの家にはいない
2人で買ってきたスイーツを食べながら歯を磨いてベッドに潜る、相変わらずカーテンのないこの家は月明かりが入ってきて部屋の中は明るかった、狭い1人用の煎餅布団に入り込み抱きしめられる

「ねぇ鷹村さん」
「ん?」
「好きだよ」

小さくこの部屋の中に溶けそうな声でそう呟けば彼はそれをしっかりと拾って言葉もなく唇を重ねて嬉しそうに微笑むだけだった
それでいい、優しくて甘くて誰も知らない彼のことを私だけが知っていたらいいのだから