鴨川ボクシングジムの事務員であり紅一点のナマエは性格がキツいことで有名だった
目つきも鋭くクールビューティといえば聞こえはいいが裏では冷徹やら鉄仮面やら雪女やらと散々なもので笑顔を見せることさえ滅多にない、とはいえ彼女も長年このジムにいる為鷹村とは古い仲ではあった

「よお今日もいいケツしてんな」
「触んないでいい加減訴えるわよ」
「今日も怖ぇな、睨むなよ」
「元からこう言う目付きだって言ってるでしょ」
「おーおー可愛い目付きだな」

今日も今日とてそんな冷徹な女を揶揄うジム1番の看板男が笑った、言い返すのも疲れたのかキッとさらに眉間に皺を寄せた彼女を周りの人間は恐れつつも直接その目を受け取る男は今日もまた楽しそうに笑ってからかいつつも準備をしていた
暇さえあれば事務所に行ってちょっかいをかけては怒鳴られる鷹村、そして怒鳴るナマエはある意味犬猿の仲にもみえるのだが実の所そうでは無い
ジム歴の長い者から見れば2人は結局イチャついてるだけというのを理解していた、だからこそ帰る用意をするナマエに合わせて帰る準備をする鷹村、コートとバッグを持った彼女が出てきたかと思えば自然と荷物を持ってやるし「エビチリ食いてぇ」という彼の言葉に「青木くんとこ行きなさいよ」と返事する彼女の声は変わらなかった



「今日も守くんのこと冷たくしちゃった」

うええんとまるで赤ん坊が泣いてるのかと思うほどでかい声で泣いてるのはオレ様の恋人、つい数時間前までは

「近寄らないで」
「触んないで」
「練習したら?」
「馬鹿みたい」

なんていってたあの女だ
毎日のことながらこの落差はなんなのだろうかと思えてしまうが面白いのでまぁいい、そもそも付き合い始めたきっかけはあの冷たい仕草が妙に気に入ったからだった
後ろを歩く大和なでしこよりも正直オレと対等になれる強い女の方が好みだ、だからこそナマエはよかった、見た目も悪くない胸はまぁ普通だが仕方がないのでそこはオレ様がしっかり育成していこうと思う
ジム終わりに食事やら飲み会やら誘う度に

「行くわけないでしょ」

なんて冷たい目で言うナマエに正直オレ様は勃起した、念の為に言うがオレ様はドMではない
そういう冷たいどうしようもない女をねじ伏せるのが好きなのだ、それこそが真のSなのである、という持論は置いておいて
ともかくそんなナマエの崩れた姿がみたかったし、単純に気付けば好きになっていた
世界王者になった時の祝勝会は珍しくナマエも参加した、いつものメンバーにジジイも含め全員が集まった小さなよく行くスナックで飲んで騒いでいればナマエは隅の方で静かに烏龍茶を飲んでいた
そこで閃いたわけだわな、八木ちゃんと話をしている隙に頼んでいたウーロンハイと交換したわけだがそれが事件の始まりだった
ナマエは極度に酒が弱かった、すぐに犯人だとバレたオレ様はジジイにしばき回された、だがしかし気を利かせてくれた木村達のおかげでナマエを送ることになれたのだ、普段ならば抱えてホテルに行くが家の住所を教えてもらったのだから行かないのも損かと思い向かった

「おい、ナマエそろそろ起きろ家着くぞ」
「んー、あけて」
「鍵どこだよ」
「おしりんとこ」
「まじかよ…てかいいのか、入るぞ?」

ケツポケットに入っている鍵を取りだしてドアを開ければ意外とシンプルな部屋があったが奥に行けばさすがのオレ様も固まってしまった
なぜなら今までのポスターが貼られていたからだ、おまけに過去に出していた物販やらパンフまで揃えているわ雑誌の切り抜きがあるやらでどうやらまぁそういうことらしい

「大丈夫か?」
「無理ぃ、水持ってきてえ」
「はいはい、薬飲むか?」
「いらない、てか聞いてよぉ私やっちゃったかも…また鷹村くんに冷たいこと言っちゃったの」

ベッドに腰かけるナマエは完全に泥酔して子供のように足をぶらぶらとしながら足先を見つめていた
ぼそぼそと話すあいつの面白い話を必死に笑うのを耐えながら聞く、笑うと言うよりもニヤけることを耐えているのだが

「でも今日もめちゃくちゃカッコよくてね、優しいしさぁたまーにセクハラとかあるけど本当に怒ったらやめてくれるしさぁ」
「いつも冷てぇじゃねぇか」
「それはさぁ、だってそうしなきゃ私表情筋が緩みまくってさぁ…初めて見た時からビビッときたの」
「水飲めよ、で?どうビビっとしたんだよ」

水を入れたコップを手渡して隣に座ればナマエは受け取ったあといままで見たことがないほど頬を緩めて子供みたいに無邪気な顔をしていた

「好きって」

どうやらこんなにピュアに愛されてるとは思えず胸がドキリとしてしまう

「かっこよくて、強くって、意地悪だしワガママだけど結構優しくてさぁ…好きなの、だけど私みたいな女じゃダメだろうなぁ」

水を飲んだナマエは小さくため息をこぼしたものだからそのコップを奪った、そしてようやくこちらをみたナマエは酷く驚いた顔をしていた

「ダメなわけねぇだろ、え?こんなにオレ様のことが好きだったとはなぁ」
「え…ぁ、なっなんであれ?鷹村くん…え」
「ちゃあんと全部聞いたからな」

両肩を掴んで逃げられないようにいえばナマエの目には涙が溜まっていた、泣かせるつもりはさすがに無かったので焦りはするものの嬉しいのだから仕方がない

「ご…ごめんなさい、今の忘れて…てかなんでいるの意味わからない」
「普段この事言ってたヤツがいるんだろ?だれだよ、というかオレ様のこと大好きならそう言えばいいだろうが」
「言えるわけないでしょ、普段私冷たくしてるし絶対嫌われてるって思ってるし」
「好きだわ、冷たい態度も今のデレデレな態度もめちゃくちゃ好みだわ観念しろよ、めちゃくちゃにしてやるからな」

その日酔いの醒めたナマエと一夜を共にしたはいいものの行為中に「好き」「嬉しい」だとか歯の浮くセリフばかりを言われておかしくなったオレとデレの度合いが壊れてしまったナマエは付き合うようになったのだった

「そろそろ泣きやめよ、飯できんぞ」
「うぅいい匂いする、流石天才」
「おう、そうだろ褒めていいぞ」

ちょっと調子を乗って言ったがナマエは死ぬほどオレ様を褒める、その気持ちはわかるがさすがに恥ずかしくなるし飯は冷めるので口を手で塞いで箸を持たせて席に座れと告げる
1人だった時は飯ひとつ作ったことなどなかった、付き合い始めてある日たまたま昼飯を作ってみたら黒炭になった焼きそばだったものを食べたナマエがあまりにも嬉しそうにするものだから天才なオレ様は極めてしまったのだ、今じゃあ夕飯係になってしまっている

「どうして外いくと守くんに冷たくしちゃうんだろ」
「寂しいもんだよなぁ、外に出りゃあやれ「ふざけるな」「触るな」が飛び出すもんな」

適当に返事をしたつもりだったが思っているより気にしている彼女は鷹村を涙目で見つめており、流石に罪悪感を感じたのか大皿をテーブルの上に置いてすぐ様子を慰めるように頭を撫でて機嫌をとった

狭い布団に2人で入って腕の中にいるナマエを見つめる、肌のコンディションがいいからついつい触ってしまうが本人は至って嬉しそうに猫のように目を細めて今にも喉を鳴らしそうだった

「ねぇねぇ守くん」
「ンだよ」
「好きだよ」

面と向かってそう言われれば恥ずかし気持ちもあるがそれは言った本人もそうらしく胸元に顔を埋めて布団の中で足をバタバタとさせた
小さく見える白い額に唇を落とせば顔が上がり、唇が突き出されるものだから知らないフリをすれば「守くん」とまた小さな鳴き声が聞こえた、観念して優しくキスをしたらまたへにゃへにゃと笑うものだからもう腹もいっぱいになって目を閉じる


「なにしてるの」
「事務仕事疲れるからマッサージでもしてやろうかなって」
「馬鹿言わないでとっとと自分のことしてきなさいよ」

今日も今日とてケツを蹴りあげるように乱暴に事務所から追い出された鷹村をみて全員が苦笑いをする
あれで付き合ってるのだからまぁ不思議なものなのだが知る人ぞ知るナマエの本性のため誰も何も言わずにいた
でてきた鷹村は蹴られた部分を痛くもないのに擦りながら小さく笑って練習に戻るものだからこの2人は今後と長いだろうと察するのだった。