7月31日 花火大会 19時半打ち上げ予定
ふと見上げた先の張り紙に書かれた紙を見てあぁアクタベさんといけたらいいな。なんて思ってしまった
恋人と呼べる関係では無いし、一方的な片思いだし、そもそも私なんてただの高校生だからきっと眼中にもないだろうけどそれでもあの人が好きだと思った
こちらがどれだけ着飾ってもきっとあの人はスーツだし人混みが嫌いだから少し苛立った顔をしてるだろうななんて想像をしつつもあくまで私の妄想なのでそこでやめておいた

「こんにちは」
「いらっしゃい」

静かな事務所の中で1人静かに本を読んでいるスーツの男性、これが私の片思いの相手だ
祖母が貸している建物で探偵業をしているこの人は詳しいことは分からないけれど気付かぬうちに話をしたり、自然と事務所に上がるようになってしまっていた

「午後ティならあるけど、飲む?」
「頂きます、あっコーヒー飲むなら私用意しますよ」
「別についでだから気にしなくていいよ」

コーヒーしかないはずのこの事務所に紅茶が用意された、それも市販の2Lペットボトルの紅茶だ
私はそれが好きだから私のために用意してくれたのかな?なんて自惚れては少しだけ足先をぷらぷらと揺らした

「今日は悪魔の皆さんいないんですね」
「あぁ依頼ももう片付いたから」
「最近ずっと居たから静かに感じます」
「アイツらがうるさいだけだ」
「静かな方が好きですもんね」

きっとこうして話すのも彼はあまり好きでないことを知っている、それでも少しでも話したいと思う私は子供のようだと恥ずかしくなってしまう
目の前に置かれたティーカップは来客用で彼が使ってるラフなマグカップとは訳が違う、それは少しだけ心の距離のように感じた

「7月31日に花火大会があるんですって」
「花火なんてアクタベさんは見ませんよね」
「でも・・・その、もし・・・もし宜しければご一緒に行けたらなんて」

事務所の社長椅子と呼べばいいのか専用の椅子に座って、彼は静かに難しそうな日本語でも英語でもない文字の書いた本を読んでいた
私はなんとなくここに来る前に知った情報を伝えると彼は本を読む手を止めてパソコンを開いた

「依頼が2件入ってて夜までかかりそうだ」

その言葉に落胆しつつも一応は予定を確認してくれたことに感謝してしまう、なんだかんだでこの人は優しいのか私の話をしっかり聞いてくれる

「そうですよね、そろそろ夕飯用意しますね、何食べますか」
「カレー以外」

キッチンに向かっていつの日か買ってくださったちょっとかわいいエプロンを身にまとって私は料理を始める
少しだけ視界が滲んだけど玉ねぎのせいだった

翌日もう時期夏休みだという中で友達と談笑をしていれば男女数人で花火大会に行こうと言われた
夏休み期間中はアクタベさんの事務所の手伝いという名のバイトにいこうと思っていたが生憎その日は休みになっていた、誘って断られた為に2度目の誘いは流石にないため二つ返事で了承をした

「31日なんだけど出勤難しい?」
「友達と花火見に行く予定でして、お昼までなら」
「あぁそっかじゃあいいよ」
「お急ぎでしたら全然」
「いや、いい・・・さくまさんに任せるから」

決して呆れたとか失望したという顔をしてるわけでもないのにいつもあの人の頼まれ事を断る度に胸が痛くなる
社会人には夏休みなんてものは無いし、自営業の彼に休みなんてものはもっと無い、だからこそこんなに緩やかに過ごしている自分はもっと子供臭く感じられた
事務所の仕事は主に事務仕事ばかりで電話対応でしかお客さんと話すことは無い、1度だけ来客対応をした時に変なおじさんに当たってしまい戻ってきたアクタベさんが酷く苛立った顔をして「変わるからナマエさんは事務仕事戻って」といわれ自分の無意味さに少しだけ泣いた
あの時から私は正直何も変われてないし邪魔だろうな。なんて思うしまつ、それなりの時給で雇ってもらってるのになんという体たらくだ

休憩時間にファッション雑誌を片手にソファにいれば唯一の女の子であるりん子さんが覗き込んできたので花火大会に行く旨を伝えればまるで自分が行くのかと言うほど楽しそうな顔をしていた
「私も行きたい!」というりん子さんの言葉に「その日はさくまさん依頼あるから無理」と奥から言葉が投げかけられて悪魔達の意地悪な声が事務所に響いた
どんなのがいいのかと眺めてふと目に付いた薄い水色の生地に白い薄いレースのような繊細な刺繍の入った浴衣が目に入りこれにしようかと思えば思ったよりも予算オーバーをしていたので泣く泣く諦めてしまう

「それじゃあお疲れ様でした」
「待って」

もうみんな帰ってしまって2人きりの静かな事務所、忘れ物でもしたかと思って不思議に思えばアクタベさんは長方形の封筒を手渡した

「これで浴衣でも買って」
「えっいや、そんなの」
「ボーナスだと思ったらいいから、さくまさんにもボーナス渡してるし」
「でも私臨時バイトだし」
「いいから」

そう言われると断りづらいなと思い結局受け取ってしまう、帰りに封筒の中身を開ければ1番金額の高いお札が2枚入っており慌てて電話をするも「あぁボーナスだから」の一言で片付けられた
意外と探偵業は儲かっているのだろうかと少しだけ失礼なことを思いつつもそのまま素直に受けとり、欲しかった浴衣を購入した

31日当日
連日のバイトの疲れなんて忘れて朝から花火大会の準備に勤しんだ、今日のことを知ってるりん子さんからメールが来ており少しだけ笑って返事をした
浴衣の着付け自体は簡易帯の為簡単で髪の毛も今どきのアクセサリーをつければ素人でもそれとなく綺麗にまとめる事が出来た
未だ心残りはあるがアクタベさんといけないのは仕方ないと言い聞かせてその分少し前に誕生日に貰ったイヤリングを耳につけて鏡を見てからふと気付く、全身あの人に買ってもらったものだなと
恥ずかしいやら嬉しいやらと考えていればスマホのアラームがけたたましく鳴って慌てて家を飛び出した

待ち合わせ場所には話したことの無いクラスメイトの男子が数人と仲のいい友達が数人、女子は同じく着飾って男子は大抵私服だった
談笑しつつ歩いていた時ふと足に違和感を覚えあぁ慣れない下駄なんて履いたからだと直ぐに気づいた
暫くして歩くのも辛くなってしまう、そしていよいよ下駄の鼻緒が鈍い音を立てて潰れた、これ以上は無理だと友達に告げてその場にとどまった、1人だけ男子が残ってくれそうだったが大丈夫だからと追い返すようにいえば住宅街に一人ぼっちになってしまう
少しだけ歩いて適当な場所に腰をかけて時刻を見れば19時をすぎていた、好きな人と見ることも出来ないのに更にはひとりぼっちとは滑稽なものだと自分を笑ってやった
あともうすぐという時ふと一通りの無い道なのに目の前を通り過ぎようとした人の足が止まった、真っ黒な革靴で思わず顔をあげれば見知った人がそこにはいた

「こんなとこで花火みえるの?」
「みえないです、鼻緒切れて靴擦れもしちゃって」
「歩けなくなったのか」

その言葉に小さく頷いていればアクタベさんは私に背を向けてしゃがんだ、そして両手を背中側に向けており「はい」というものだから行動の意図を理解して固まってしまう
あれこれ言い訳しようとするも彼には何も聞かないらしく背中に乗るしかなかった

「重たいですよ、仕事もまだあるんですよね」
「重たくはそんなに、仕事は今終わって帰り」

談笑をしていればふとどこかのビルに入っていくのをみる、まだ事務所じゃないのにと思っていれば気付けば屋上にやって来ており花火がよく見えそうな風通しのいい景色で柵の近くまでいって降ろしてもらう

「こんなところあったんですね」
「ここなら花火見れそうか」
「はい、そりゃあもう」
「よかったね」

他人事だ、それでいい
私はきっとあのクラスメイトや友達なんかよりずっとアクタベさんとみたいから、正直これが花火じゃなくても全然いい
いつもみたいに事務所に2人きりってのでも全然嬉しかった

「そういえばこの浴衣買ってみたんです、どうですかね?」
「うん、かわいいよ」
「へ」
「似合ってる、欲しそうに見てたけどオレが買って違ってもイヤだからボーナスで渡して正解だったな」
「・・・知ってたんですか?」
「まぁ事務所で見てたから、意外とナマエのことみてるし」

素っ気なくいつも通りの日常会話をするみたいに彼は言うが私にとっては一大事だ、あのアクタベさんが私のような人間に興味があるのかと、そもそも他人に興味があるんだとは意外だった
"みている"というのはどういう意味なのだろうかとおもっていれば花火が飛ぶ音が聞こえた

「それって、どういう」

そして弾ける音が聞こえて私の唇はアクタベさんの唇に塞がれた
コーヒーの味が密かにして、そしてすぐに離れた
真っ赤になって暑くなる顔の私なんて見えてないのか分からないけれどアクタベさんは

「来年は予定あけとくから、またその浴衣で」

そういって彼の手が私の耳をなぞる様に撫でてゆっくりと下ろされて私の手を取り少しだけ力を入れて繋いだ、そしてまるで何事もないみたいに花火を見つめた、とても興味無さそうにどうでも良さそうに
私もまた花火なんて興味も湧かずにただその横顔を見つめるだけしか出来なかったのだった、ただ小さく「うん」と呟いて
ただ静かに花火を見つめるだけだ