「7月7日はオレ様の誕生日だから祝えよ」

交際が始まって数ヶ月目にして彼はそう言った、ぽかんとする私の顔を見て「お前の誕生日は知ってるけどオレのは教えてなかったろ」といわれて案外律儀な人だな。とおもった(誕生日プレゼントほしさか?と思ったのはここだけの話)
そして2週間前そんな彼の言葉をふと思い出してカレンダーを開けば当然平日の七夕ということで仕事だった、おまけに近頃は大きな案件を抱えているので丁度その週は忙しさのピークを迎えるだろう
別に高校生でもないのだから記念日なんてと思いつつも彼の喜ぶ顔を思えば自然とやる気が出てしまうあたり惚れているのだろう

「最近欲しいものってあるの?」
「なんだよおもむろにねぇけど」
「いや誕生日だから」
「普通はそこ隠して言うだろ」
「生憎私隠し事は下手だしサプライズは苦手なの」

そういうと気難しい顔を浮かべてあーやらうーやら唸る、この人は普段からお調子者で悪ふざけがすごいし子供っぽすぎるというのにこういう"欲"というのだけはてんで少ない
部屋にある本やらビデオなどは別にしてもそもそも生活をするとなれば最低限しかない、ふと天井と彼が私の視界を全て奪うものだから目を合わせれば酷く楽しそうに笑っていた

「お前がほしい」

そういって服に手をかけようとするから思わず鼻フックすればびーぴー喚いて怒った、私たちは案外楽しくやっていけている

「そういうのじゃないでしょ」

こちらは真面目に考えているんだぞと彼の固められた髪の毛を崩さないように撫でればまたまた難しい顔をして小さくつぶやく

「シューズがよ、ボロっちくなってきたかも」
「ボクシングの?」
「あーまぁそれくらいだな」
「情報ありがとう、ではどうぞ」

言いづらそうにいう彼に小さく笑った、物が分かれば私も助かるもので彼の手に私の手を重ねてどうぞと案内すれば直ぐに鼻の下が伸びる本当こういうこと好きだなと思いつつ私も満更悪くないと思って彼の唇に噛み付いた

鷹村くんが躊躇した理由が少しわかった
休みにわざわざボクシングショップに来たのだが思っているよりシューズとやらはいい値段がしていた、足のサイズは28cmだというのは事前に知っているので問題は無いが1万円ほどで買えるだろうと思っていたがまさか数万円とは思いもよらなかった
とはいえピンキリと言えばピンキリであるため安いものも勿論あるがそういったものはプロ向きでは無かった
シューズコーナーで唸り続ける私に店員さんが優しく声をかけて説明をしてくれれば少しだけ安心した

「じゃあこれにします」

そう言って手に取ったのはやはり黒地に赤が入ったものだった、メーカーのマークなのかそこには鷹のマークが入っておりこれこそ彼のものらしく思った

「鷹村さんのファンなんです?」
「え?あ、まぁそうですね」
「これ選ぶ人って大抵あの人好きなんですよね」

楽しそうに笑った店員の言葉に少しだけ恥ずかしくなってしまう、だってその人が彼氏なんですとはいえないのだから
プレゼント用にといいしっかりとラッピングまでしてもらえばもう十分で来週まではしばらく部屋で寝ててもらおうと決めるのだった

7月7日
あいにく雨が降っていた、ここ数年七夕は毎度雨が続いており織姫と彦星も会えない日々が続いているらしいと自分ながらおとぎ話のようなことを思った
壁掛け時計は定時前を指しており私の一日は今から始まると言っても過言では無いのだった、普段なら残り仕事を軽く済ませて1時間ほど残業して帰るのだが今日はそうはいかないので終業のチャイムと同時に慌てて立ち上がりロッカーに向かう

「あれ?今日はデートですか?」

なんて後輩に聞かれて少し恥ずかしくて苦笑いのような愛想笑いを浮かべた、そんなに分かりやすかっただろうか?
会社のトイレでメイクを直して、香水を付け直し、髪の毛を軽くカーラーで巻いて崩れないようにミニスプレーで髪を固めれば準備万端万全
ふとシャツの隙間から肌を見れば真っ赤な下着がちらりと見えていい歳しながら何張りきってんだかと自分のことを思わずツッコんだ
誕生日って何を食べるんだっけ、彼の好きな物を考えてもあまり出てこなかった
基本的に好き嫌いもなく手作りをすれば美味いといいながら食べる律儀っぷりだ、しかしながら手作りという考えは頭にはなく結局近くの大手チェーンのフライドチキンショップに寄ったりピザ屋に入ったり、ついでに帰りのスーパーでお酒を買えば両手いっぱいで今からパーティーをする気満々の女が1人完成してしまう
恥ずかしいと思いつつまだ長い帰路に似合わない荷物に諦めを感じて近くのタクシーを捕まえた

「お姉さん今日は家族の誕生日?」
「そんなとこです」
「いいねぇ、楽しそうな顔してたからつい話しかけてしまったよ」

初老のタクシー運転手はそういって柔らかく微笑んだ、彼はそのまま自分の家族の話をする
一人娘の誕生日を毎年していたが大人になるにつれて無くなってしまいそういうイベントは家から消えたのだという、そう言われれば自分も誰かを祝うなんてもう何年もなかった考えれば彼がそれだけ特別なのかと思えて自然と頬を弛めてしまう
タクシーから降りて大荷物を片手にボロアパートの階段を昇ってすぐの部屋のチャイムを鳴らす、少しだけ悪い予感がしている、何故なら部屋の電気がついていないからだ、荷物を床に置いて携帯を取り出せば時刻は20時半頃で普段ならば練習も終えて彼は帰ってきてる時期だろう
溜息をこぼして鍵を取りだして開ければやはり静かな部屋だけだった

「鷹村くーん、お邪魔しますよ」

シンと静まり返った部屋に無駄に胸が傷んだ、もしかすると誕生日だし少し遅れてるだけかもと思い寂しい気持ちに蓋をして荷物を片しつつついでに部屋も片付けてやる
どうして2.3日来ないだけで部屋が汚いんだと言いたいがあの人だもんな。と思った
ふと気付くといつもの旅行用の彼のカバンがない、汚い押し入れの中をみてみるがやはりなかった、となれば彼はご自身の趣味である旅行にでも行ったのかと気付いて流石に疲れて倒れ込む

「私だけかよバカ」

馬鹿馬鹿本当にバカと内心罵倒した、もうムカついたこうなりゃもう知らないと暑苦しい服を脱ぎ捨てて適当に鷹村くんのシャツを着てやる、大きいから1枚でワンピースのようになるから毎度大助かりなのだ
そしてテレビをつけて適当なバラエティ番組をみながら買ってきたフライドチキンとピザを食べてついでにと買ってきたビールも開ける

「鷹村くんのばかやろーう」

乾杯の音頭を一人でとってカシャッとビールが音を立てて開く
あぁもう本当私のバカ、だいたいいつ来てもこの時間だといるしそもそも誕生日をいってきたのは向こうのくせなのに、そう思えば思うだけ自分だけが浮かれていたのだと感じて涙が溜まっていく
ビールを2本開けた頃、私はひどく酔っていた、テレビに映る芸能人がイケメンだなぁなんて思っていた矢先この家の固定電話がうるさく鳴り響いた
最近は女の子との変なことも無くなったからこの家の電話は静かだと思っていたのに久しぶりに鳴ったことに驚き少しだけ脅えて出ないようにみつめれば留守番電話に切り替わる

『あー、ナマエ居ねぇのか?居ねぇよなオレ様家にいねぇし』

それは紛れもなく待ち望んでいた彼の声だった、仕方ないと切ろうとする彼の声に慌てて受話器をとって耳に当てる

「はい?居ますけど」

嬉しさ半分憎さ半分という気持ちを隠さないようにいつもより低い声を出してやる、どうやら昨日頃から博多ラーメンが食べたくて向こうに行ってるのだという
なんと自由奔放な男なのかと呆れてしまいつつ連絡があったことにほっと胸が撫で降ろされた

「それで?そっちは雨降ってないの?」
『あぁさっき止んだな』
「天の川くらいみえないの?」
『みえねぇよ、こっちも曇ってら』
「残念折角の七夕なのにね」
『ここ数年は毎年そうだろ』
「織姫と彦星は今年も会えないみたいね」
『ハッそんなロマンチックなこといえる女だったか』

雑談をしていれば先程までのとがっていた部分がやんわりと溶けていく、それでもまだ少し寂しくてビールを喉に通せばアルコールが頭を溶かしていく

「誕生日だから会って祝いたかったのに」

普段ならきっとこんなことは言わない、彼にも認識されているとは思うが私はそこまで弱い女じゃない
仕事一筋にそれなりに頑張っているし、別に恋人に依存するという訳でもない、それでも寂しいと素直に言えたのは酒のせいだと言い訳をしてやれた

「今何処にいるの?」
『家の前』

その言葉に目を丸くして慌てて立ち上がりドアを開ければ目の前には見なれた男が立っていた
柔らかく笑って片手には見覚えのない携帯がある、驚く中で抱き締められ部屋の中に入れられ彼に見下ろされる

「ンだよ、なんか言うことねぇのか」
「おかえり?」
「違ぇよ」
「お風呂とご飯どっちする?」
「それだと普通「お風呂にする?ご飯にする?それとも私?」だろ、てか違ぇよ」
「本気?」
「おう」

あぁ酒を飲んだせいで声がいつもよりハスキーだなと思いつつ彼を見つめてひとつ咳払い

「お誕生日おめでとう守くん」

そういえば彼はどこまでも嬉しそうな顔をして私の唇を奪った、ゆっくりと手が体に触れてきて「準備万端じゃねぇか」なんてセクシーに言われるけれど彼の手の甲を軽くつねる

「あの携帯どうしたの」
「あぁさっき木村からパクってきた」
「なにそれ!旅行じゃなかったの?」
「夕方に帰ってきたんだよっいてえ」

私の怒りを受け止めて彼は軽く殴られ続ける、買ってきたチキンもピザも冷めてるし食べ散らかしちゃったなんて最悪だと自己嫌悪していればまた優しくキスされる
困ったらすぐキスをしてこようとするのは悪い癖だぞと言いたいが嬉しいので今回は許す

「ナマエに祝って欲しかったんだよ、いいだろ」
「・・・ずるい」
「おう、プレゼントは"私"って奴だな」
「ふぅん、他のプレゼントは要らないんだ」
「いるに決まってんだろ、でも今は先にナマエだ」

布団の上に寝転がされて、何度も見た光景を見つめる
熱い瞳に溶かされそうになりながら手を伸ばして彼の頬を撫でて顔を寄せさせる

「お誕生日おめでとう守」

もう一度そういえば彼はまた嬉しそうにキスをした、どうやらチキンもピザもシューズもまだまだ出番はなさそうだ。