六月といえば日本では梅雨が近くなりジメジメとする季節だがこの混沌の街HLには関係なく、24時間365日霧に包まれていながら見た目に反して生活のしやすい湿度や温度をしている
数日後、恋人であるスティーブン・A・スターフェイズは歳を重ねる特別な日を迎えるというのにナマエは酷く難しそうに顰め面をしていた、それは当然のことである
誕生日プレゼントとは即ちセンスなのである、可もなく不可もなくと思いながらも相手が悪いと思うのは彼の育ちの良さから来る目利きの際の才能のせいであり下手なものを渡せないのだ
高ければ喜ぶわけでも、手作りだから嬉しいわけでも、日常使いが出来るからいい訳でも無い
一日休暇を貰っていたナマエはその日スティーブンの誕生日プレゼント探しに一日を使っていたもののやはり自分の中に納得できるものはひとつも見つからなかった、安直に酒やはたまたネクタイかタイピンかと考えたもののイマイチどれも納得はできない中、ふと立ち寄った雑貨店でみかけたそれに目を奪われては手に取った

「喜ぶのかな」

きっと彼はいつもの様な笑みで受け取ることは理解している
しかしその本心は、仮面の奥の表情は…と考えては深い溜め息をこぼしたもののどれを手に取っても同じであれば一目見たものにすればいいかと約八時間の死闘の末にナマエはレジに足を運んだ


「スティーブン、今日は君の誕生日だろう、是非受け取ってくれたまえ」

六月九日の朝、全員が集まる中そういったのはボスであるクラウスであった、律儀な彼である為に全員が予想通りだと感じつつその場の勢いで渡す中で彼は嬉しそうに微笑んでいた
ふとクラウスから手渡されていたものは彼の手に収まる美しい万年筆でありナマエは思わず顔を青白くさせた、何故ならそれは彼女もまた同じものを用意してしまっていたからだ、センスの良い美しいその万年筆を箱から出したスティーブンは酷く嬉しそうにしており「大事にするよ」と告げた
そうして次々と仲間たちが彼に手渡していく中でナマエに視線が注がれた、もちろん全員が渡す訳では無いものの恋人であるナマエが渡さないわけが無いと期待された瞳に彼女はゴクリと唾を飲んだ
目の前にいる恋人の柔らかい表情に堪らず視線を逸らしてナマエは苦しそうに言った

「家に忘れてしまったので…また明日お渡しします」
「なんだ残念だな、でも楽しみにしてるよ」
「…は、い」

誰も彼女のその言動に対しては何も言わずに今晩は全員で飲みにでも行こうかと話をする程ライブラの仲はいいものであるがナマエの心中は穏やかではなかった
少しの隙間時間があればすぐ様スマートフォンを手に取り画面を睨み付けるように見つけては「男性 プレゼント」「誕生日 喜ぶ」なんていった在り来りな言葉を検索ワードに打ち込んでは納得出来ないとカートの中にも入れられずに見つめるばかりであり、珍しくスティーブンからランチに誘われてもナマエは予定があると伝えて逃げるように街に繰り出した
いっその事半休を貰えば良かったとさえ感じるほどだろう

「…こんな事になるだなんて」

そもそも仲間達と相談をしていればよかったと深いため息をついてカバンの底に隠すように入れていたプレゼントの箱を見つめた
開封までは出来ず、返品をするべきかと思いながらもレシートをなくしたことに気付きナマエはますます薄暗い地面を見つめどうすればいいのかと考えた
完璧な恋人を持つとこんな悩みをするのかと僅かながらに感じつつもそう思うのは自分の勝手だと告げた、きっとスティーブンはそんな心の狭い男では無いことは理解している

それは比較的穏やかな一日を終えて、ライブラ御用達のバーに来たから感じることである
恋人であるもののナマエは少しだけ離れた席で主役を見つめたあと目の前にいる同世代の仲間達に誕生日プレゼントの件について問いかけた、それぞれ何を渡したのか、もちろん白髪の男については無視である、彼が誕生日プレゼントを渡したとなればナマエはますます終わりだと感じたからだ

「あ?俺だって渡してるわ」

ナマエの顔を見て妙に察しよく告げた彼に彼女は絶望した、適当なワインをあげたという彼の言葉に嘘だと一刀両断しようとするも彼の隣にいたくせっ毛の少年と彼の弟弟子にあたる彼が三人で割り勘をして高い物をあげたというものだから絶望する他ないのだ
いっその事その辺で適当なワインでも買うか?と考えたがそれは出来なかった、彼に渡すものが適当でいいわけが無いのだとナマエは手元に置いていたジョッキの中にあるビールを飲み干しチラリともう一度メインテーブルを見れば優しい満月のような瞳が彼女を捉え微笑んだ

いっその事数日遅れで改めて渡そうかとナマエは悩みつつ酒を飲み続けていれば時刻は日付を跨ごうとしており今日はもうお開きだといわれる
外の空気を肺いっぱいに吸い込んでは体の火照りを冷まそうとしたものの珍しく飲み過ぎたとナマエは思いながら空を見ていれば隣に影が差し込んだ

「もう帰るのか?」
「そう、ですね、スティーブンさんは」
「その感じだと帰っても一人きりかな」

隣に並ぶ彼が寂しがったように告げるため、誘われているのだと感じつつ明日の予定を思い出そうとするもすかさずスティーブンは「僕ら二人して休みらしい」と告げた
会計も終えて今日はお開きだと最後の挨拶をするクラウスにそれぞれが帰路に着く時、ナマエはスティーブンと隣歩きしていた、仕事の話を抜きに先程の店での話やそれ以外の普段通りの会話
そしてふと静まりかえる頃、スティーブンはナマエに問いかけた

「誕生日プレゼント、最後まで貰えなかったのは残念だな」

態とらしい子供じみたセリフにナマエはう"っ と胸が痛くなる、スティーブンは分かりきったように彼女を見つめるものでどうすればいいのか返答を迷った
本当に忘れていても彼は責めるつもりは無いことは理解しているが凡そナマエのことを理解しているために無いわけが無いと思っているのだろう
未だカバンの底に隠れている箱は「もう諦めちまえ」というようだった、あと数分でスティーブンの家に着くというのに足を止めたナマエはまるで百面相のように表情を変えるのを気分よく酔ったスティーブンは笑顔で見つめた

「恋人に貰えないだなんてなぁ」

悲しいなぁ。
なんて思ってもないだろうと聞きたい程態とらしい彼の台詞にナマエはどうしていいものかと悩みに悩み、唸り声をあげて観念することに決めた
カバンを漁る前にスティーブンには日本人らしく注意事項を何点も強く伝えて、決して文句を言わないで、わざとじゃない、要らないなら捨てて欲しい、大したものじゃない、好みが分からなくて、でも必死に選びました。

「まさか被ると思わなくて」

同じ万年筆でもクラウスから貰ったものの方が遥かに上だと、比べても仕方ないものを比べたナマエは多少ラッピングがくたくたになった長方形の箱を彼に手渡した
スティーブンはそれを手に取り「別に気にしないさ」と返事をしながらラッピングを解いたものの彼女は申し訳なさから消えてしまいたくなった、多少万年筆なら替えがきくし二つあっても困らないだろうと感じはしたが箱を開けたあとなんの反応もないスティーブンにセンスも最悪だったのかと絶望していれば突如ナマエは巨大な何かに包み込まれ、それがスティーブンだと気付くのには時間が掛かった
それは普段彼が滅多にしないことであるからだ、アルコールの香りがしていても決して人前で、こんな夜分遅くに街中でするわけがないからだ

「最高だよナマエ!!」

肩を捕まれ顔を見つめられればスティーブンはクリスマスプレゼントを貰った子供のように瞳を輝かせており、そんなに万年筆ごときで喜ぶ事なのかと感じていれば彼は先日同じものが壊れてしまい廃盤になっている為手に入らないことに絶望する日々を過ごしていたといった

「やっぱり君は最高の恋人だよ」
「そんな、たまたまです」
「僕にいいって思って買ってくれたんだ、あぁでもどうしようか使うのがもったいないな」

君から貰ったことも、壊れることも、とはいえ使わないのもなぁ…と珍しく口数多い彼に余程嬉しかったのだと感じてはナマエは堪らず笑みがこぼれた、あれだけ悩んでいたことがこんなに簡単に解決されるとは思わなかったからだ
もう一度スティーブンの大きな腕に抱き締められ耳元で「とても嬉しいよ」と告げられればナマエも人目を気にせずスティーブンの背中に腕を回した

「まだ誕生日プレゼントに悩むなら欲しいものがもうひとつあるんだけど」

ふとスティーブンが珍しく強請ってくるためにナマエは気分が良くなり今ならなんだってしてみせると言いたげに顔を上げれば唇を優しく重ねられ、彼の指でなぞられる

「君が欲しい」

月のようなその瞳に告げられた彼女は言葉も出ずにただ取られた手を握り返すことしか出来ず、二人は静かに歩き出す、誕生日はまだ終わらないというように。

2024年スティーブン誕生日