視線の先で笑う彼女を見てスプリングマンはチクチクと胸の内が痛く感じた、視線の先には人間の女と見慣れた二本の角を持つ悪魔超人がさぞ楽しそうに話を弾ませていた
選手控え室の廊下に小さく響く女の声は明るく機嫌の善いものでスプリングマンは彼女の声を好んだ
「ふふ…バッファローマンさんっておもしろい」
相棒が異性に好意を持たれることは何ら不思議なことは無い、男気があり情に厚く誰もがみな惚れるような気っぱしのいい男だからだ
正義超人の中でも先鋭となるアイドル超人の一人なのだからそれらもう当然嫉妬などない、ない、ないはずだ
「バッファローマン、いい加減そいつも話してないでいくぞ」
「あぁ悪ぃな、今行く」
声掛けをしてようやく気付くほど夢中で話をするのだからバッファローマンとてあの女のことを多少悪くないと思っているのだと感じた
悪や正義を抜きに男女がその想いを重ねることを悪いとは思わないものの試合前であるため仕方なく声をかけたが申し訳なさが募る
「スプリングマンさん」
ふと呼び止められた声に振り向けばそいつは軽い足取りで近付いてきては彼を見上げて「今日も素敵な試合楽しみにしてます」といった、喜びを感じつつもそれを隠すように「悪魔なんて応援してんじゃねぇよ」と軽く額を小突いて背中を向けた、緩みそうになる頬を抑えて。
あの人間と出会ったのは数ヶ月前のリング会場であった、超人プロレスの設営スタッフとしてあらゆる試合の設置をするその女と選手であるスプリングマンが出会うことは何も不思議なことでは無い
しかしながらその出会いはまるで漫画のようにベタな展開であり、仕事に急ぐ彼女が階段から落下しそうになったところを彼の親切心で助けたことからだった
それ以来彼女はスプリングマンを見掛ける度に声をかけては笑みを浮かべるも専らそれはバッファローマンとの繋がりのためだと気付いたのは、彼女は度々バッファローマンと会話をしているのを目撃するからだ
タッグマッチの試合途中、リングの外で見えた彼女は夢中で声を荒らげていた、きっとバッファローマンへの応援だと思いながらもその中に自分も混ざっている声が聞こえれば百人力であった
「今日は思ったより怪我しちまったな」
「中々しぶとかったからなぁ、まぁこれくらいなら大丈夫だろ」
「オレよりもお前の方が酷いじゃねぇか、病院とは言わんが医務室に行っておいたほうがいいんじゃないか?」
試合を終えて疲れきった身体で控え室に戻ろうとすれば聞きなれた足音に視線をやらずにいれば案の定その声は二人の名を呼んだ。
両手にはスポーツドリンクが持たれておりお疲れ様です。と元気よく挨拶するため試合前まで忙しなくしていたのに元気なものだと感心した、邪魔をするのも悪いと足を進めたスプリングマンだがふと何者かに手を握られ振り返ってしまう
「なんだよ」
「怪我酷いですから手当した方がいいですよ」
「別にイイんだよ、それより先帰るぜ二人でゆっくりしときな」
「だ・め・で・す!選手の管理も私たちの役目ですから!ほらいきますよ!」
おい!いいって!バッファローマン!と助けを求めるも彼は愉しそうな笑みを浮かべて片手を上げた、存分にされて来いと言いたいのか全くどういうつもりなんだと思いつつも彼女の手を振り払うことが出来ずに連れられて行った
設営スタッフなだけだと思った彼女はその実超人レスリングではそれなりに長い経験を持つスタッフでありそつ無くなんでもこなせるタイプだったと知るのは自身のバネボディの治療を簡単にしたからだった
人間とは違う特殊な身体だというのに大したもんだよな。とスプリングマンが告げれば彼女は気恥しそうに「スプリングマンさんの身体ですから」と笑った
「そういやバッファローマンとは上手くやってんのか?」
「上手く?えぇ…よくしてもらってるとおもいます、話もいつも真剣に聞いてもらいますし」
「話ってなんだよ、恋バナか?」
冗談交じりにそう告げれば彼女は黙りこくった後に僅かにその頬を紅潮させた、あぁ憎らしくてたまらない。とスプリングマンは思いながらも「まぁ…あいつだしな」と返事をした
静かな部屋の中で何を話せばいいのかも分からず、しかし治療を終えてすぐ出ていくのも何故か嫌になり彼女を見下ろせば救急箱の片付けをして同じく座ったまま立ち上がることは無かった
「バッファローマンは良い奴だ、悪魔超人や正義超人とか抜きにしてアイツの性格は本当に立派なもんだ、そりゃあ人気が出ても当然だよな」
「はい、本当にいつもとっても優しくて真面目で頼りになるしかっこいいし」
「わかる、まぁ俺の口でも語り足りねぇがあいつのいいとこは…」
とスプリングマンは言葉を続けようとしたもののその言葉は彼女の言葉にかき消された、たった一言だというのにそれはとてつもないものを言われたのだ
「でも…スプリングマンさんもかっこよくて…素敵です」
世辞の言葉だと投げ捨ててやりたかった、しかしながら目の前の女は首や耳まで赤く染めては「スプリングマンさんの方が、かっこいいです」と続けた
どういう意味だ、ありがとう、からかうな、などいいたい言葉はあるのに何も口からは出ていかず目の前の女を見下ろすばかりだった、悪魔なんかにそんなの言うんじゃねぇよ。といえばいいのに喉はカラカラで呼吸のひとつも忘れそうだった
「いつもバッファローマンさんから、スプリングマンさんの話を聞いてて」
だからあなたがどんな悪魔超人だとしても素敵なヒトだというのは私知ってます。と言いながら伸ばされた手はスプリングマンの手を掴みゆっくりと指を絡めた
「でも本当はあなたの口から聞きたいのでまた今度聞かせてくれますか?」
「…あ、おっおう」
「電話番号ここに置いときます、お身体無理しないでくださいね、それじゃあ仕事がありますので」
矢継ぎ早に告げて出ていった彼女にスプリングマンは手の中に残された一枚の紙切れを見ては思考が追いつかずに思わずその紙を天井に向けてみつめる、どうやら冗談では無いらしい。
「まさかのオレか〜!」
情けない声は人のいない静かな治療室に響いた、この電話番号をどうするべきなのか、またバッファローマンに何を言えばいいのかも分からずに身体を縮めたスプリングマンが力を抜くと同時に思わずバネの反動で跳ねてしまい治療室をめちゃくちゃにして運営スタッフに叱られるまであと五分
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