「久しぶり」

そう言って笑った女は相変わらず綺麗だった。
オレ達が別れたのは別に反りが合わなかったわけでも、嫌いになったわけでもなかったいい歳した男女の行く末を考えたからだった



『別れてくれ』

苦し紛れに呟いたオレの言葉に彼女は持っていたカップをソーサーに戻してから「好きな人が出来た?」なんて笑うものだからオレはそんな訳ないだろうと思わず声を上げたことに女は眉を下げて「それなら良かった」と微笑むものだから余計に苦しくなった。

そう……オレはこの女が好きなんだ
正義超人としてアイドル超人として活動を続けていたもののあの方やかつての仲間が命を掛けるという中で中途半端な気持ちでいられなかった、何を言われてもオレは結局のところ悪魔でしかない
後ろ指をさされたとしても行く道が決まった中でオレはひとつの事が気掛かりになった、恋人だ…30そこそこのオレともうスグ30になるあいつ、周りは結婚だとか子供だとかそんな話をされるのは悪い気はしなかった
本気で考えてもいたがオレは自分の進む道を決めたのならばそんな浮ついた感情を捨てるべきだと感じた、いや…巻き込むべきではないと

「これ返すね」
「あぁ悪いな」
「もし私の荷物残ってたら売るなり捨てるなりお好きにね」
「取りに来りゃいいだろ」

それを理由に離れられなくなるじゃん。といった元恋人は年寄り少し大人びていてオレはいつもそんな彼女に惹かれた、見た目の割にハッキリしててこんなオレに対しても物怖じけなくダメな時はダメだという、そんな気の強いところが好きだった

「そういう顔しないでよ、冷蔵庫にゼリー入れといたから」
「オレはガキかよ」
「私の前じゃ、かわいいくらいに」

そう言われると気恥ずかしくなってしまい頬を掻けばケラケラと笑われる、もうこれが最後なんだと感じて渡された合鍵が妙に冷たく感られた

「なぁ最後に…」
「最後に握手して終わろう」

本当は抱き締めたかった、もう一度その小さな細い体を抱き締めて柔らかいシャンプーと柔軟剤の香りを感じてあわよくばキスが出来たらいいというオレの下心を見透かしたようにこいつは右手を差し出した
握り合った手は暖かく扉が閉まったあとに聞こえたあいつの足音を聞いては泣いてしまいそうな程には愛していた。



そんな女はいま数年ぶりに目の前に立って変わらぬ笑顔をオレに向けた、軽い挨拶のつもりが言葉が出ずにいるオレに良かったら近くでお茶でもする?と声をかけられ思わず頷いた
本当は予定があったが多少遅れても問題はなかったからだ、駅前の適当なカフェに入ってメニュー表もみずに「コーヒーふたつ、ひとつはミルク多めで」と頼む女に「元気そうだな」といった

「テレビで活躍見てたよ」

その言葉だけでオレは胸が躍った、別れてから数年経ってもテレビで活躍を見てくれる程度にはまだ情があるのだと感じたからだ
付き合っていた頃よりも伸びた髪と変わったネイルに少しだけ時間の経過を感じて、オレは思わず自分を見下ろした、予定があるとはいえ適当な格好だったから笑われないか心配になったんだ

「どの試合もかっこよかったよ」

テーブルに置かれたブラックコーヒーを飲むこいつにオレは内心喜びながら素っ気ない返事をしてはそっちはあれからどうなんだ?と聞いた、左手の薬指には何も無い…だがしかし時間は流れたのだからと考えては嫌な気持ちが胸を占める

「何も無いよ、相変わらず会社員してるし、そっちは彼女とかは」
「悪魔超人に恋人なんざ…」

回答から予測するに恋人はいないのかと安心しつつオレも同じ答えをすれば勘違いしてしまいそうな表情を見せるコイツにオレは浮かれてしまいそうになりながらも他愛ない話に花を咲かせては店内の時計に目をやりそろそろドリンクもなくなったのだから出るかと腰を上げようとする前に数年ぶりに女の手がオレに触れた

「ウチ…来る?」
「いや……予定があるんでな」
「残念、でも会えて嬉しかった」

まるで天気を聞くようにさりげなく普通な態度で席を立っては短い挨拶を告げて出ていくあいつの揺れる髪の毛を見てはオレは触れられた手を眺めた、もう少しだけ触れていたかった、もっと話していたかったと思って

「そんなに想ってんならヨリを戻しゃいいだろ」
「ググーーッ、そうはいかねぇだろ!」

ドンッ!と音を立てて空になったジョッキを置いたバッファローマンに六人の悪魔達は呆れ返る、この男とくれば酒を飲めば下品な絡み方か元カノの話ばかり
久し振りに全員で揃えると思えば遅れてきたバッファローマンは開口一番ピッチャーの生ビールを頼んで飲み干した後に言ったのだ

「あいつ…また綺麗になってた」

と、もう何年目なんだと拗らせ始めたこの男にその元カノだってきっと同じ想いなんだから早くヨリを戻せばいいのにと言いながらもちゃんと話を聞いてやるのだった。