春が来る度に思い出す、風に揺られる赤い髪を
青い春と書いて青春というがその日流川楓にやってきた春は赤いものだった

冒頭の話で言えば2人の出会いはまるで春のようだと思うが少し違う
いや、みかけただけなら春でも間違いは無い
高校1年の春、桜も散って肌寒さが少し残った4月の入学式に向かう途中その赤い髪の女がただ珍しい赤毛だから目を奪われたのだ、年上らしい彼女はタバコを吸って本を読んで信号を待っていた
ギャルっぽい見た目とは反対の行為に少しだけ目を奪われて流川はその場を後にした

「赤毛っているんだな」

無意識にそう呟きながら自転車を漕いでいく、あの髪が頭の中に張り付いたのにあっという間にそれは最悪な男によって塗り替えられていった、そしてその男の髪を見るたびにあの時の赤毛を思い出してしまうのだ
そして本当に彼女と出会ったのは1年の秋だった

「おーっす、花道やってる?」

そういって体育館に現れた女子は問題児桜木花道の取り巻きの不良の肩に腕を組みながら現れた、ほかの女子とは頭一つ分違う身長に長い赤毛が揺れる

「ねっ姉ちゃん!」

全員が驚いた、バスケ部も流川親衛隊もその他の人間も、驚かなかったのは花道とその仲間と安西先生だけだった、靴を脱いだ彼女が近くのボールを軽く投げればそれは簡単に3Pとして入っていき「よっしゃっ」なんて喜んだ声が体育館に響く

「お久しぶりです安西先生、桜木ナマエです」
「おや、桜木と聞いてましたがまさかあの桜木くんのお姉さんでしたか」
「こちらつまらない物ですが」

丁寧に挨拶をして回る彼女は本当にあんな男の姉なのかと怪しむほど礼儀正しいものだった、そして彼女は自分の前に立った

「おぉ君が流川くんでしょイケメンだね、いつもうちの愚弟がご迷惑かけてごめんね」
「…大丈夫です」
「困ったことあれば私に直接言ってね」
「っす」

目を奪われた真っ赤な赤い髪は自然なもので髪染めでは出ないような色だった、あの普段うるさい男とでは到底感じられない美しさとやらさえ感じるほどだった

「姉ちゃんそんなキツネ野郎に騙されんな」
「はい口悪い〜」
「あだだだだ」

長身で大柄な花道など相手にもならないほど簡単に卍固めをされている始末だった、痛めつけ終えたのか彼女は改めて立ち上がり服のホコリを払ってうるさくしてすみませんでした。と弟の頭を片手で制して謝った
苦笑いと興味と面白さを兼ね備えた彼女はまさに桜木の姉らしい人だと感じた、現在大学2年の彼女は高校生たちとは時期のずれた夏休み中であり暇を持て余したため様子をみにきたのだという
高校時代には彼女自身は別の学校ではあるものの湘北へ来た際にたまたま出会った安西先生と交流があり悩みを聞いてもらったため恩義を感じているらしく、彼女は今のバスケ部に貢献してくれた

「こんにちは」
「…こんちゃっす」
「今から部活でしょ」
「そうです」
「差し入れ持ってきたからまた良かったら飲んでね」
「あざっす、持ちますよ」

車からスポーツドリンクのダンボールを3.4個出した彼女と丁度顔を合わせてそういえば眩しい笑顔でありがとうと言われる
彼女の声はほかの女子よりも心地よかった、歳上なだけあるせいか落ち着きがあり変な好意を感じない
自惚れではなく女子のあの目や感情は非常に邪魔で仕方なかった、何をしても着いてこられたりキャーキャーと黄色い耳をつんざくような悲鳴に似た声はそのうちノイローゼになるのではないかと思えてしまう

「アメリカ行くんだっけ」
「そっすね」
「いいねぇ、あっでも流川くんって和食好き?」
「はい」
「じゃあ向こうのご飯は口あいにくいかもだし定期的にお米とか送ってあげようか?」
「…ざっす」

彼女の好意は心地いい、171cmという高身長もよかった見下ろすのもあまり苦労しない、体育館に着いたはいいものの誰もまだ来ていないようでさっさとジャージに着替えて用意をしてコートに戻ればナマエは誰よりも先に全ての準備を終えていた
そんな彼女が羽織っていたシャツを脱いでタンクトップにジーパン姿で不慣れな手つきでボールを投げる、姉弟揃って運動神経がいいらしくボールは綺麗にリングの中に落ちていく

「うまいっすね」
「流川くん言われると嬉しいな」
「…バスケしないんですか」
「中学で陸上してたけど足がダメになったからね、自信ないや」
「俺が教えますよ」

流川は自分では気付かなかったが周りから見ればナマエといるとき彼は非常に饒舌になった、何も知らない人間からすれば普通だと思えるが2.3倍は話をしていた、それは彼がナマエを無意識で求めているからだろう

「なら教えてもらおうかな、流川先生」

手首に着けていたヘアゴムで長い髪を高い位置で彼女はまとめる、白いうなじが良く見えて小さく首の根元にほくろがあるのが見えた、薄情なことに高校生なんてそれだけで唾を飲み込んでしまうものだった
誰もいない体育館で2人きり、それが心地いいと思えるとは思わなかった自分の練習など放っておいてこんな遊びをするとは流川には考えもしなかったことだろう
バタバタとやかましい足音が聞こえてきてようやく他の連中が来たらしい

「あー!流川何してやがんだ!」

叫んだ猿の言葉を無視して顔をそっぽ向ければ隣に立っていたナマエが笑っていた、彼女は薄く汗をかいていてふと考えれば彼女がタンクトップ姿だったことを思い出す、慌てて自身のジャージの上をかけてみれば全員が目を丸くして二人を見た

「風邪引くから」
「…そうだね、ありがと」

大きなそのジャージに腕を通したナマエが視界に映る度に心地よかった、そのおかげかリラックスしてボールに触れることができ調子も良かった

「流川くん帰る?」
「はい」
「花道まだ残るらしいから先帰るけど車乗ってく?」
「自転車なんで」
「乗るから大丈夫だよ」

女性が乗るにしては大きなミニバンを思い出して、あぁたしかにあれなら乗れるかと思い二つ返事で答える、時刻は20時を過ぎているが彼女の弟はまだ帰る気はないらしい
制服に着替え直して駐車場に行けば丁度後部座席を倒しているナマエがいた、すぐ隣の駐輪所から自転車を持っていき乗せてもらい助手席に乗り込んだ
車の芳香剤の香りや飲みかけのお茶やら灰皿が目に入り、ダッシュボードには小説が置かれていた、家の住所を伝えて走り出すが特に会話はなかった、彼女といると不思議と眠気はやってこずに車からみる風景が新鮮に感じられた
車が走り出して5分ほどだろう、初めて彼女を見かけた交差点だと思い出す

「タバコやめたんすか」
「え、あれ、なんで」
「昔吸ってたから、春くらい」
「……知ってた?」
「…まぁ」

気まずそうな顔が横目に見てわかった、隠したかったのだろうか流川にとって別に悪いことじゃないと思えたが彼女はそうじゃないらしい、だがしかし彼女からタバコの香りがしたこともましてや吸っている姿もあの時以来なかった、それゆえ不思議だった

「元彼に影響されてただけ」

元彼という言葉に思わず固まってしまう
大学2年だ4つ5つも違えばそりゃあ恋人ごとき居てもおかしくないのはわかっているがそれが無性に流川の胸を苛立たせた

「もうやめてるよ、特に花道がバスケなんて始めちゃったら副流煙とか怖いし、あの子にも体に悪いからやめろって怒られたし」
「似合わねぇ」
「そう…そうだね、似合わないことしてたな」

まるで日記を見られたような恥ずかしさを感じた、横目に見た流川の顔はいつもより面白くなさそうな仏頂面でまさかそれほどまでに嫌煙家だとは思っておらず申し訳ない気持ちがナマエを支配した
けれど流川の考えはそんなものではなかった、ただ自分ではない男に影響されたことに何故か無性に腹が立ってしまったのだ

「ここ…かな?」
「ありがとうございます」
「自転車下ろすの手伝うよ」

立派な戸建ての前に車を止めて後部座席の自転車を2人で下ろす、先程の会話が嫌に頭に残ってナマエは気まずさを感じていた

「じゃあバスケ頑張ってね」
「うす」
「それじゃ、おやすみ」

その時だった背中を向けて車に戻ろうとするナマエの腕を掴んで優しく背中を車に押付けた、自分の少し下にある顔を空いている左手で掴んで唇を重ねた
何分何秒それが行われたのだろうか、二人の時間は止まったようだった、唇を離せば年上の威厳なんてないナマエの顔は赤く染っていた

「おやすみ」

気分が良かった
あの後ナマエは何も言わず車に乗って逃げるように帰ってしまったがそれでも心地よかった、柔らかいあの唇の感触を思い出すように自身の唇をなぞる

「またしてぇ」

自室でそう呟くも誰もその声を拾わない、ふと服に着いていた赤い髪に気付いてそれにもう一度口付ける、今度はこんな程度じゃ済まさないと思いながら心の中で決意する
もう逃がすつもりはないと


その頃ナマエはアパートの駐車場の車の中にいること早3時間
何度か「うがぁぁ」と大声を上げてクラクションを鳴らしてしまい怒られてしまったがそんなことも気にはならないほど(とはいえ夜のクラクションほど迷惑なものは無いためやめた)
車の中の灰皿を見つめて未だに未練の残ったそれを言われるだなんて…と思わず考えてしまう

「流川くんは年下だし、春道の友達だぞ私ぃ」

けれどそれ以上にあの男、流川楓に心を奪われているということに頭を抱えてしまう、あぁどうしよう…なんて思ってる間に日は明けてしまいそうだ