ふと男は部屋の時計を見ては「そろそろ帰らねばならんな」と呟いた
その言葉を聞いたもう一人の男は「なんじゃ随分早いじゃないか、お前も私も久方振りの地球なんだゆっくりしたらいいのに」といっては茶を飲んでいた
そんな彼の有難い申し出に対して多少申し訳なさを感じつつも彼は「妻が寂しがるのでな」といっては目を丸くした男は思わず彼に根掘り葉掘り聞こうとするも簡単に避けては短い挨拶と共に去っていったのだった
冷たい風が頬を撫でることに思わずコートの前側を閉めたのは決して彼が寒いからという訳ではなかった、寒さにも暑さにもそれなりに慣れてはいるもののきっとコートを開けたまま普段通りに戻れば叱られることを知っていたからだ
母星から随分と遠く離れた惑星-地球-に来たのは気分転換の旅行であった。
都心の人混みの中でも決して見失わない所か目印になってしまいそうな程に巨大な超人である彼はその人ごみの中できっと彼女は簡単に消えてしまうと思いつつも足を早めてホテルに向かった
「すまない、824号室だが今戻った」
フロントに預けた鍵を回収しようと声を掛ければフロントマンはお連れ様が御一緒にお持ちしましたよ。と告げた為彼は返事をして直ぐにエレベーターに乗り込み目的地の部屋のドアノブを捻った
「今戻った」
「おかえりなさいパイレート、随分早かったのね」
「あぁ挨拶だけだからな、それよりもしっかりとカギを掛けねばならんだろう」
入り込んで急ぎ足で入った広い部屋で荷物を広げる女にパイレートマンは思わず小さな溜息をつきつつ彼女の不用心さを注意した、しかしながら注意された女は気にした様子もなくカラカラと笑って「だって帰ってくるってわかってたんだもん」といった
いつもそうだ、帰ることは当然であるがその間に別の誰かだったらどうするんだと言いたいというのに彼女は手に持っていた衣類を自分の体に当ててパイレートマンに見せつけた
「ねぇみて?かわいい?」
「あぁとてもな、随分と買い物を楽しんだようで」
「うん、とっても楽しかったよ、お陰様でお小遣い空っぽになっちゃった」
「そのくらい吾輩のカードで買えといつも言ってるだろう」
そもそも小遣い制にもしていないのにと彼が思いつつソファに腰かけては少女のように浮き足立って今日買ってきたらしい物を次々に見せる彼女に呟けば先程まで嬉しそうな顔をしていた女の眉が少しだけ釣り上がり彼を見つめた
「欲しいものくらい自分で買えるもの!」
「ムマーッナマエそんなに怒らないでくれ、吾輩も悪気があった訳じゃない」
「来るってわかってから私沢山お仕事頑張ってきたんだから」
頬を膨らませてフンフンと唸る自分よりも一回り以上小さな女の機嫌を取る彼はまるで飼い主に叱られて足元で甘える仔犬のようである。
元よりオメガの宗家である城の書庫を管理する司書であった、そんな彼女が仕事が出来ないとは思ったことは一度もなくパイレートマンは機嫌を取るために彼女の背後から優しく抱きしめては買ったばかりの服を手に取る彼女の手に自分の手を重ねた
「パイレートが寝たあとも内職のお仕事とか、翻訳のお仕事とかしたりしてお小遣い沢山増やしてたんだよ」
「ムマーーッ!!それは聞いていないぞナマエ、だからベッドの中が冷たかったのか!吾輩との時間を大切にしてくれない女はどうされるか分かっているのだろうな」
そういってベッドに連れ込み見下ろせばきゃあきゃあと楽しそうに笑う彼女を優しく抱き締めてはその温もりを感じつつ二人してベッドに横になり指を絡めた、互いの左手の薬指に嵌められた指輪は今日も輝いていた
◇◆◇
「相変わらず広いなここは」
「あぁ昔はよく隠れんぼをしたものだ」
オメガの宗家の長兄であるアリステラの城に上がったパイレートマンは珍しく普段は招かれない場所を案内されており思わず関心の声が上がる
アリステラの傍に立つ者として今後のオメガの星の未来を考えていかねばならない、そして更なる強さを知るためには歴史を学ばねばならないという当主の考えには大いに賛成した
ようやくたどり着いた廊下の先にある巨大でしっかりとした石のドアを重々しく開けたアリステラは「我が家の書庫だ」と告げた
パイレートマン以外にも招かれていたのは同じく仲間の六鎗客であり彼らも関心の声を上げつつその中に足を運ぶ
「あらアリステラ様、お客様ですか?」
「ナマエか、突然のこと申し訳ない彼らと共に我が星の勉強をな」
「左様でございますか、何か御座いましたらお声掛けくださいませ」
柔らかく美しい佇まいの女は席に座ったまま分厚い本を読む、自身の主に対しての態度にしては些かラフにも感じられるがそれを気にもとめない態度にどうした関係なのかと思えば彼の双子の弟であるディクシアが彼女の説明をした
この星の現統治者であるアリステラの城の書庫を管理するナマエという女はとても優秀な司書であり、この広い紙の匂いの強い書庫に住んでいるのだという
物静かな姿に美しい佇まいの彼女にパイレートマンが目を惹かれている間も彼女はただ静かに分厚い本のページを捲った、その細められた眼差しや繊細な雰囲気に思わず眺めていれば隣にいたマリキータマンはパイレートマンに「ナマエに興味があるのか」といった
「あまり見かけないタイプだから珍しいだけだ」
それだけの事だと彼は告げたものの、それ以降書庫に現れては静かな時間を過ごすようになった
「今日も読まれているんですね」
「ムマ…あぁ次の航海先をと思ってな」
「本当に旅がお好きなんですね、私はあまり遠くには行けないけど本を読むとその気になれるから嬉しい」
椅子に腰かけて静かに読書をしていた彼の手元にコトリ…と音を立てて置かれた湯気の立つドリンクに顔を上げれば手には本を持った彼女がいた
隣に?という彼女に快く椅子を引いて招いてやれば互いに何を話すわけでもなく時間が過ぎた
パイレートマンは自分自身を語ることも少なければそれほど自分が口達者な訳ではなかった、とはいえ苦手という程でもない、何とも難しい中途半端な自分を感じるものの隣に腰かけた彼女は適度に会話をしてそして嫌な空気作りは全くしなかった。
「ここに来て長いのか」
「まだ数年です、アリステラ様にたまたまお声かけして貰って」
「アリステラは人を見る目がある、ナマエをここに雇って正解だ、本達もきっと貴方に管理されて居心地がいいだろう」
「そうかな、そうだと嬉しい、私ずっと本が好きで本ばかり読んできたから」
村じゃ役立たずだと言われるくらい。と寂しそうに呟いた彼女の横顔にパイレートマンは理由を聞けず細い白魚のようなその手を見つめた、水仕事もしていないその手はどこか綺麗だがいつも指先はインク汚れが僅かについて美しいものだと感じられた
伏せられたまつ毛の長さに柔らかな唇と丸い頬、全てが自分と違うと感じ眺めていればその視線に気付く彼女はパイレートマンをみつめた
「なにか?」
「い、いや…何でもない」
「そうですか」
クスクスと笑う彼女の声は天井の広い書庫の中には小さく溶け込んだ、それがどうしようも無く愛おしいと思ってしまうのはきっと恋をしているからだろう。
「近頃ナマエがよく笑う、パイレートが足を運んでくれるからだな」
「ムマ…そんなことは無いだろう、何かいいことがあるだけかもしれん」
「それがお前だというのだ、全く褒めているんだから受け取ればいいものを」
パイレートマンは隣に座るアリステラにそういわれては気恥しい表情を見せたのは彼女への恋心があり、それを周りにも僅かに感じられてしまう程なのだと感じたからだった
けれど彼にとってナマエは元よりよく笑うように感じられる女性であり、彼女ほど優秀な存在ならば先代から雇われていても良かったはずだとも感じた、元よりあの書庫の管理は別の者が管理していたものの年老いて亡くなったあと数年は放置されていたことも知っていたが思わず疑問に思いつつその旨を伝えればアリステラは「彼女もオレと似たような存在だからだ」と告げた
「これと、これ…あと、これもきっと好みに合うと思って」
本棚用の脚立に足を掛けては次々と本をパイレートマンに手渡すナマエは何処か嬉しそうであり、そんな彼女の姿を見てはパイレートマンもまた思わず表情が柔らかくなった
彼女の腕では到底重たいと感じる程の厚みと重たさのある本を受け取り、そうした本を好む彼女の横顔が愛おしいと素直に感じながらも彼は彼女の話をもっと聞かねばならないと思っていた
「それとこれもっ…!」
「ナマエッ!!」
手に積まれた本を近くに置いてはまた新たに受け取ろうと振り向けば彼女は数メートルの高さから落下してしまうところをパイレートマンはすぐ様抱き留めては腕の中の彼女を見つめた
「パイレート」
「ムマッムマッはしゃぐのはいいが怪我をしては笑えないな」
「ごめんなさい、貴方がここに来てくれるのが嬉しくて」
「それは嬉しい言葉だが、これは今日中には読めないだろう」
苦笑いして腕の中の彼女に机の上に乗った本の山を見せては彼女も気恥しそうに顔を伏せた
濃いめのブラックコーヒー、砂糖ひとつにミルクを多くしたコーヒーが並ぶことに慣れつつ本を読むパイレートマンはそれ以上に残った彼女のぬくもりが忘れられずに読書の集中を妨げた、しかし何も気にしていない彼女は集中して文字を追いかけるその真剣な眼差しに彼は視線を奪われ思わず本を読む手を止めて眺めてしまう
「どうかした?」
「いや綺麗な横顔だと、あぁその…真剣な眼差しで読んでいるからだが」
熱い視線に顔を上げた彼女の問いかけに言葉を滑らせたが直ぐに言い換えた彼にナマエは納得をしたあとスピンを挟み本を閉じてコーヒーのカップに口付けた
「本しか世界がなかったから」
「素晴らしいことでは無いか、広い視野と世界観を持つロマンチストだ」
「アリステラも貴方も優しいことを言ってくれるからとても嬉しい」
けどこの星はまだそうじゃない。と彼女は告げた
「私ね、超人強度がほとんど無いの」
その言葉にパイレートマンはアリステラの言葉の意味を即座に理解した、それはこの星には強者生存弱者淘汰が根付いていたからだ
この星の民みんなが知るようにアリステラは変異体質であった、しかし生まれた頃の彼の超人強度はとても弱く宗家の長兄でもあった彼はそれは存在を否定されるような虐げられ方をしていたことを誰も口にはしないが知っていた
「アリステラと出会ったのはもうずっと昔で、私まだ女だからよかったけど村で私の居場所はなかった」
この星が変わったのはアリステラが当主となったここ数年での事だった、そうした歴史で作り上げられた星なのだから仕方がないことではあるとパイレートマンは理解していながらも目の前の愛する存在の過去を思えば胸の内の怒りが混み上がってしまう
「それでアリステラに声を掛けてもらったのか」
「えぇ私なりに何かできないかと思って村で先生をしてたけど祖父母世代は女が教師なんてって猛反対で悩んでた時に久し振りに街に行ったらディクシアと顔を合わせてね」
それからは今のようになっただけ。と告げる彼女は顔を伏せた
確かに今更ながらこの部屋にある物は随分と軽く脆く感じるもので力加減には気をつけねばならない物だった、それは彼女が人間と変わらない力しかない為なのだと知ればアリステラなりの気遣いなのだと知りパイレートマンは自分が隣にいるのは力を持つ故に相応しくないのでは無いのかと感じた
「本に囲まれるのは好き、特にパイレートに出会って話を聞くと私まで旅をしてるみたいな気持ちになれるの」
机の上に置いた手を彼女の小さな両手が握り目を輝かせてそう告げた、真っ直ぐとしたその瞳はまるで星空のようでありパイレートマンはどうしてもそれが欲しくてたまらなくった
航海という名の旅を一人で時折する彼はその隣に航海図を手に取る彼女がいてくれたのならばきっと広い宇宙で迷うことなど無いだろうと感じた
「ごめんなさい私勢い余って」
女がはしたないとハッ!とした彼女は慌ててパイレートマンの手を離そうとするも彼はナマエの細い手首を割れ物を扱うように優しく掴んだ
「吾輩もナマエといるこの空間が好きだ」
「あ…の、その」
「いや、ナマエが好きなんだ、知的で繊細で想像力が豊かでよく笑うお前をずっと隣でみていたい」
赤く染る彼女に顔を寄せればか弱い力がパイレートマンの胸を押した、けれどそれは彼女の本当の力では無いことを理解しているパイレートマンはマスクを開けて彼女に顔を寄せれば胸を押す手は弱まり、そして互いの距離が……
「邪魔をしたか?」
「ディクシア!!ごっごめんなさい、なんでもないの目にゴミがついてて取ってもらおうってね!ね?パイレート!」
「ムッムマァ……そうだ」
ふと聞こえた声に視線を向ければ両肘をついて顎に手を置いて二人を眺めるアリステラの双子の弟、ディクシアが二人を見つめていた
先程よりも強い力でパイレートマンの胸を押したナマエは慌てて立ち上がりコーヒーを入れると言って去っていけば彼女の席にディクシアが腰掛けては隣の大男を見上げた
「…わざとだろう」
「さぁ?まぁ安心してくれオレ達は別にナマエにそういう感情は無いけど」
「けど?」
「案外彼女はモテるってのだけは言っておこう」
まぁ海賊だから関係ないのかという彼はやはり兄と比べてどこか茶目っ気が強く人で遊んでいるのだと感じてはパイレートマンは腕組みをして深いため息を漏らす、ともなれば早いところ落とすべきなのだと感じながら。
◇◆◇
そんな時もあったと瞼が落ちそうになりながら思い出すパイレートマンは腕の中でゴソゴソと身動ぎする妻を見つめた
かつて自分たちの星を救ってくれたはるか昔の故郷に来たいと言った彼女にたまの旅行も悪くないと感じていた、当の本人も随分と満足気に観光や買い物を楽しんで満たされた様子であることはパイレートマンにとった喜ばしいものだった
「ナマエ?」
向かい合わせとなった彼女が胸元に顔を埋めては指先で開いたコートの下の素肌を撫でることにくすぐったさを感じて名前を呼べばやはり彼女は静まったままであった
「ナマエ?」
もう一度名前を呼べばその指先は動きを止めて静かに背中に回される
「もう寝ちゃうの?」
先程静かに瞼が落ちそうになった為にそう問われているのだと気付いたパイレートマンは彼女にも睡魔が襲っていているの体温が上がっていることを感じて寝るのもいいと返事をしたが彼女は小さな声でつぶやいた
「久し振りの旅行だし思い出作りなんて…いいかなぁなんて」
「思い出?」
…………三人の生活も悪くないんじゃないかな
といった妻の言葉に思わず目を見開いて見下ろすものの照れ隠しの彼女は自身の胸に顔を埋めていた為パイレートマンは愛らしい誘いをする彼女の表情を見られずにいた
「ナマエ、そっ、それは…」
「……かわいい服をね、買ったけど…それ以外も買ったの」
何がとは言わないという彼女にパイレートマンは男としてのマナーだと思わず肩を掴んで胸から引き離し愛おしい人をみつめれば、彼女は照れくさそうにへにゃりと笑った
寄せた顔を拒絶することも、誰かに邪魔されることも今は無い、二人きりの部屋の中で静かにキスをして愛おしさを噛み締めるのだった。
→