「明日結婚式なの」

そういった彼女にタバコの火をつけたばかりの中でゴーストは僅かな動揺を感じた、仕方ないことだった
彼のマスクの下に隠された素顔は案外ポーカーフェイスを得意としないのだ

「そうか」

最低な女だと思うべきか、夫になるはずの男よりも自分との時間を共にしたことへ優越感を浸るべきか、それともその先の別れを読み取るべきか、彼は頭の中をグルグルと回して考える

「最低だっていわないんだ」

笑った女はブラジャーのホックを付け直して背後のベッドで横になる彼の手からタバコを奪い取って、口紅の取れて薄い色となった唇に挟んで肺いっぱいに吸い込んだ、美味そうにタバコを吸う女。というのが初対面の印象で軍内の諜報局員として内勤をしているその女との出会いは喫煙所だった

人の少ない深夜の時間帯、薄暗い廊下にある喫煙所、今どき喫煙所の行くのも遠くて嫌になると思いつつも一人で時間を過ごしていた場所に、目の下に隈をつけて乱れた髪で入ってきた女が一人
彼女はタバコを口に咥えては自身の全身を叩き始め、その動作から火をつけるものがないのだと理解したゴーストは無視をするほど冷酷でもなく、無言でライターを差し出した

「火つけてくれない?」

その返事の時点でこの女が気の強い女だと彼は理解した、無言で火をつければ彼女はタバコの先端に火をつけて深く吸う姿は吸い終えたばかりだと言うのに妙に美味しそうに見えてしまいゴーストは下ろしていたバラクラバをまた鼻先まであげて、タバコを吸ってしまう

「あなた141のゴースト?」
「そうだ」
「見た目通りだから分かりやすい」

カラカラと笑った彼女にこうした絡まれ方も慣れていたゴーストは静かに喫煙所で二人煙を揺らしたが彼女は「言いたいことがあるんだけど」というもので、一体なんなんだと思えば彼女は「あんた達もう少し諜報部のこと考えてよ」と愚痴を零した、お陰様で時刻は深夜三時だというのに一人で残業なんだぞと睨みつけてくる彼女に、それがお前たちの仕事だと感じつつ

「悪いな」

とゴーストがいえば彼女は「この間の情報空だったんでしょ?死にかけたって聞いたし、本当ごめん」と打って変わって言ったことにゴーストは思わず目を丸くした
目の下についた隈、クタクタのシャツ、ボロボロの髪、その姿からみても彼女は数日ここに泊まりきりで仕事をしているのだと感じ、ゴーストは「平気だ、慣れてる」と返事をする
そもそも諜報部の情報が100%正解になるわけがない、あくまで情報収集の末に予測したり確定した情報をだすが相手は基本的に人間であるのだから行動されればその足取りを掴むことにまた時間を取られる上に軍内では嫌われ役も買って出る相手なのだ

「こんな時間に喫煙所にいるって今から任務?」
「いいや、終わったばかりだ、もう寝る」
「なんだ仲間か…一杯くらい飲む?」

スコッチくらいなら奢ってあげる。
そう笑った彼女にバーボン派だといわなかったのは、きっと彼女に釣られたからだろう
肉体関係を持つのは簡単なことで、互いに相手の見た目が自分の中でセーフだとしたら徹夜で鈍った頭を酒で浸らせて相手の身体に触れる、目を見つめ合えば五秒でベッドインというわけだった

実際問題彼女との時間は無駄がなく楽だった、二人は互いの欲望を顔を合わせたら吐き出したし、そうでなくても酒を飲んだ、廊下で顔を合わせてようやく今日はいるのかと理解した時に連絡を取る程度の仲
そんな女がセックスを終えたピロートークタイムに「明日結婚式なの」というのだ

「最低だと言われたいのか」
「もしかすると本気だったかもしれないでしょ」

その言葉に思わず鼻で笑ってしまう、本気の関係ならこんなにもドライじゃないだろうと昼間のデートもしたことが無い関係を思う
そしてその反面、彼女は本気ではなかったのかと痛感してしまうとゴーストは自分がそれなりにこの女との日々を楽しんでいたのだと気付く、喫煙所と廊下とベッドくらいでしかまともに顔を合わせない関係だというのに
都合がよかっただけと言われたらその通りで恋人と面するつもりは毛頭もないが、それでも彼の感情は揺れていたのだ

「本気になるほど互いを知ってたか」

「本気だったらどうなる?」と問いかけたかったことを飲み込んで告げた言葉に彼女はタバコの灰を落として考えた素振りを見せる、決まっている答えだというのにそうした振りをする彼女はいつも狡く、駆け引きが上手いいい女だったのだ

「私に知らないことがあると?」

伊達に諜報部じゃないと笑う女に確かに彼女の手腕であれば知らない情報など無いことは理解出来る、彼女は夫となる男についても語る、仕事や収入、過去の女に今もまだ他に実は女がいるということ

「そんな男がいいのか」
「それは彼にもいえること」

短いタバコをくわえてゴーストの膝に乗ってきた彼女はゴーストの顔を撫でる、覆面のない素顔の彼をじっくりと見下ろしてはそれは愛おしい者をみるように眺める彼女の姿にゴーストはいつも心地良さを感じていた
頬を撫でる手に頬擦りして甘く指先を噛んでやり、もっと彼女が欲しいと強請る素振りを見せるゴーストに彼女は微笑んだ

「妻になるなら二番目くらいの女がいいのよ」

一番なんて変わり続ける。そういった彼女の言葉はどこか冷めきって来て、ゴーストに言い捨てるようだ、ゴーストの中で彼女は一番であり唯一無二だった、けれど彼女は違う、そして彼女の男も彼女が一番では無い

「夫になる男は一番か?」

どうにも納得ができず最後の質問をすれば彼女はフィルターの短くなった薄い口紅のついたタバコを彼の唇に押し付けて床に落ちたシャツやスカートを履き直す

「安定感のある、どうでもいい男よ」

パンプスを履いた彼女は振り返ることなく部屋を出ようとするが、部屋を出る直前ゴーストに振り向いて笑った

「あぁそう結婚式の招待状ほしかった?」

「残念仕事だ」と告げるゴーストに彼女は苦笑いをして「知ってる」といった、いつも彼女の誘いをベッド以外受けなかったと彼は一人の部屋で考えると胸がチクリといたんだ、彼女は本当はずっと待っていたのでは無いのかと気付く頃には遅く、欲しいと望む頃にはもう手からすり抜けているのだと感じる頃、短くなったタバコの熱さに思わず短い声を出して落とす、床に落ちたタバコに慌てて踏み潰すと赤い口紅が薄く付着したそれが彼女を連想させる、もう二度と彼のタバコのフィルターが女の色に染まることは無いと言わしめるように


2025.04.24