指先がかじかむ度に思い出す、指先が赤く染って動けなくなることと、赤い血が足元を汚すことを。
「発表会の用意は出来たか」
その声掛けに一体いつになったらこの人はレディの部屋をノックしてくれるように学んでくれるのかと顰め面を向けるが何も反応は無い、彼の言葉なら一回でちゃんと聞くのにそれ以外の言葉とくれば右から左で本当に困った人だといつも思う
「イヤリングが決まらないの」
「ちゃんと用意してある、これにしておけ」
そう言って渡されたのは少しだけ背伸びをしたような一粒パールのイヤリングだが少しだけ重たく感じた、髪の毛を巻いてドレッサーの上に置かれたメイク用品を眺めてはどうするかと悩ましくしていればノーランがリップだけの方がいいといった
その方が年相応だからと言われて背伸びをしたい私が不服な顔をすればその方があの人も喜ぶというのだから仕方なく納得する
深緑のシックな膝丈のワンピースは大人びているのにメイクをしていない顔はどこか幼げでチグハグだった、けど発表会には丁度いいから彼の大きな背中についていくようにヴァイオリンケースを抱えてついていった
外は吹雪いていて、雪を見る度に思い出す、今の環境になる前のことを
車の中で眠気に抗えずにいれば寝てていいという彼の声に瞼を閉じると外の雪も相まって昔を思い出す、昔といってもたかだか二・三年前のことだから最近こことかもしれない
そう考えるうちに会場についており、私は言われるがままホテルのロビーでバイオリンケースを片手に座っていた
「こんにちはお嬢さん」
「こんにちは」
一人ぼっちで座る私を舐めまわすように見つめた紳士はご両親は?と聞いた、私は一人で発表会に来たんですと伝えれば彼は楽器に興味を持つからバイオリンをしていて発表会があるんですといった
とても素敵だと褒めてくれるその人に私はよければ練習がてら聞きますか?というと彼は含み笑いをして部屋でどうかという、待ち合わせまで時間があるしやる場所もないから喜んでと返事をしてエレベーターに乗り込んだ
「とても綺麗な手だ、それに美しい髪に君は正しく音楽の精だね」
汚らしい脂ぎった男の手が私の肩を抱いて髪に鼻を埋める、お子さんはいないのかと聞くと彼は三人の娘がいるといいつつ私の腰を撫でる
イヤリングを撫でられて首筋をなぞられると鳥肌が立ってバイオリンケースを握る手に力が篭もりつつ導かれるがままスイートルームの階に到着してドアを開けると彼は早速私を抱きしめて息を荒くさせた
「お待ちになっておじさま、一曲くらい聴いてくれてもよろしくないかしら」
どうせ待ち合わせまで時間があるしといえば彼は分かったと離れてはベッドに腰かけた、頭の悪い豚は本当に大嫌いと吐き気を感じつつバイオリンケースを開いては準備をする
生憎と私の先生であるノーランは厳しくて一分一秒でも遅れると私の手を叩いたけど仕方ないことだった、お陰様で私は一分以内にバイオリンの用意をして豚を見つめた
「用意が出来ましたわ」
サプレッサーのおかげで抑えられた音にやっぱりあるのと無いのじゃ音が違うけど、独特の音だから得意じゃないと思いつつ苦笑いをしてベッドに寝転んだ豚を見つめては「終わったわ」とイヤリングに触れながら告げるとまるでホテルの清掃担当者達のように素早く男達が室内に現れる
「着替えるか?」
「ええ、何色がいいかしら」
「紺色はどうだ」
ノーランの言葉に私は彼の性格は多少難アリでもセンスだけはいいな。なんて思いつつ渡された紺色のドレスを片手にシャワールームに入る、少しだけ飛び散った血が私の足とスカートの先を汚していて本当に最悪だと思いつつ、ガラスの扉の先に見えた男は死ぬ間際が下半身丸出しだなんて本当に情けないと感じつつシャワーを終えては指示されるがままエレベーターに乗ってレストランに向かおうとすれば途中でドアが開いた
「こんにちはお嬢さん」
「こんにちはおじさま」
「レディがはしたないぞ」
ウラジミールおじさまは乗ってくるなり綺麗に微笑んだ、まるで彫刻のようなこの人は私の手を見て発表会は無事終えたのかと聞くものだから大盛況だったと返事をすると大きな手が私を撫でる
心地よくて目を細め受け止めるとエレベーターは閉まり、また動き出す
「こうしてお前と二人エレベーターにいると思い出すな」
その言葉に私は胸がドキドキした、あの時の出会いはまるで運命でいつまで経っても夢を見てる気分で私はこの世界で唯一本物の童話のお姫様のようなのだといえた
「なんだ子供がいたのか娘?いや…買われたのか」
高級ホテルのエレベーターに知らない男と乗っていた、金髪に青眼の子供は価値があると言っていた男達の言葉の意味がわからなかったが隣に立っていた豚は私の身体を撫で回していたが突如開いたエレベーターの先から現れたもの達に簡単にその形を変えられた
足元に広がる赤い湖が私の白いパンプスを汚していればウラジミールおじさまは私を見定めた
「いい道具になりそうだ、どうだ?俺たちのところに来るか死ぬか選ばせてあげよう」
読み書きもできないくらいバカな私は動物的な生存本能だけは残っていて必死に頭を縦に降った、その後ノーランにいわれたが私の価値は金髪に青眼で幼い顔と平たい体だった、この世にはどうしようもない汚れがありその汚れは私のような存在を求めるのだという
「天使によく似ているから奴らはお前を穢したくなる、だが食い物になるな」
俺以外の全てはお前を傷付け穢そうとするだろうといわれ私はウラジミールおじさまの言うことだけを聞いてきた
レストランに到着しては椅子に腰かけて何も頼んでいないのに私にはぶどうジュースが、ウラジミールおじさまにはワインが置かれる
「大人になるまでの我慢だ」
ウラジミールおじさまはそういってグラスを掲げた、本当は知っているこの人は私を大人にさせてくれないことも、この人は私を守るのではなく道具として扱っているだけだということを
それは彼が教えてくれたし、教育者のノーランだって散々いうから私は間違えることなんてない、ナイフでステーキを切りながら私は足に広がる血のことを考えていればウラジミールおじさまの瞳が私を捉える
「今日は以前よりもちゃんと演奏時間を守れていたらしいな、次の発表会が楽しみだ」
子供の成長を見る親のように当たり前のことを言う彼に私の背中は冷たくなる、あと何度発表会をしなければいけないのかと考えて、逃げ場なんて何処にもなかったから、この人の足にすがりついてかわいい子供でいるしかないからきっとまた知らない男に髪を嗅がれ身体を撫でられそしてバイオリンを演奏するのだ、静かなひとつの音を奏でる為に
2025.0304
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