「ホランギと私が結婚?世界がひっくり返ったって有り得ない」
そういって仲間達と笑って話をする彼女をみたとき、ホランギは頬が引き攣る感覚を味わいつつポケットの中の指輪をズボンの上から思わず握りしめて、その場から逃げるように足早に出ていった。
ホランギとナマエが付き合い始めたきっかけは何故だったか、仲間だと親しくしていた二人はある一線を超えたこと、そして案外他の異性より互いに楽でセフレという関係ではなくそれ以上でもいいかもしれないと思ったからこそ付き合いだした、簡単にいえばたまたまだ
他のカップル達が互いをどうしようもなく好きで欲しくてその末に交際したのだとしたら、ホランギもナマエも偶然でしかない
たまたまフリーで
たまたま悪くなくて
たまたまその気があった
「だって分かってたのに」
とはいえこの関係は三年目だぞとホランギは思った末に時間の速さを感じる、出会って四年交際三年悪い時期じゃない、そもそも傭兵をしているとしても結婚したい気持ちがゼロじゃないだろうと思うのは彼女がホランギの部屋で転がりながらテレビの新婚旅行特集を見ている時
「二人で行ったら楽しそうだよね」
といったからだ、白い砂浜のビーチに青い空と海、そして白いウエディングドレスを着た彼女がいつものように笑う姿、悪くは無いと思った
自分の身を隠していることもあり、盛大には祝えないがひっそり二人で海外でやるのはいいのではないのかと考えた、色んな国を飛び回ってきた中で候補をいくつか考えその中で彼女ならここが好きそうだなと一人夢想して頬を緩めた
「起きるなよ…」
同じベッド寝ている時、腕の中の彼女を起こさないように慎重に指輪のサイズを測った時や偶然を装って結婚指輪などが載った雑誌を部屋に置いて、暇になった彼女が見るようにと見やすい場所に設置すれば簡単に餌にかかった彼女に「なんかいいのあるか?」なんて声をかけては「これかわいい」といったものをベースに買った指輪は今現在、部屋のライトに照らされて光り輝いていたが虚しいほどの眩さだった
「(本気にはなれなくて当然だ)」
彼女と過した三年は他の四年と対して変わらない、元より距離感の近い関係であったがゆえなのかもしれないが彼女は部屋に来ることに警戒心もなく、朝まで過ごすことになんの問題も感じず、ゲームをしたり談笑したりする関係にプラスで肉体関係が着いてきた程度のこと
「それはそれでどうなんだよ」
そう考えてしまえばしまうほどホランギは苛立ちや悲しみに似た感情が重なり合い自身の部屋の棚の上に置いてあった指輪ケースの中に指輪を直しては返品が可能なのかを考えた
その頃ちょうどドアがノックされホランギは面倒臭いと感じつつもドアを開ければくだんの彼女がいた為、多少の動揺を感じつつも「どうした?」と聞けば彼女は連絡を入れたのに帰ってこなかったというため、スマホを見ることも忘れていたと苦い顔をした
「今からみんなで談話室で飲むんだけど来る?ハッチが任務先でビールたくさん貰ったらしくて」
彼女のいいところは酒が好きでなくても人に誘われたら大抵の事は乗るところだろう、騒がしい場所には明るい彼女がいていつもみんなの話に相槌を打って気分良く話をさせてくれる
ホランギは「あー、行く」と悩んだ末に断るのも悪いかと考えて答えれば彼女は嬉しそうに微笑む、それが自分だけの特別だなんてホランギは思ってはいない、彼女は誰にでも愛想がよく人懐っこく相手をいい気分にさせるのが得意なだけだからと言い聞かせた
「もう三本目だよ」
それもハイペース、と隣にやってきた彼女が苦笑いをした為貰ったビールは十人以上で飲んでいてもまだ底が見えないのだからいいじゃないかとホランギは思った
彼女の手の中のビール瓶の中身はまだ半分以上残っておりホランギは自分のものが空になれば彼女のものを奪って勢いよく一気に飲み干した
「ぬるいな、冷たいうちに飲めよ」
「今日はそういう気分じゃないからゆっくり飲んでたいの」
「それならビール以外の方がいいだろ」
反対のテーブルにローズが持ってきたウイスキーがあったなとホランギは目をつけては隣と彼女を置いてそちら側のテーブルに向かう、正直なところあまり彼女とは話がしたくなかった
今顔を見て話をしてしまうと、どうしてなのかと色々なことを聞いてしまいたくなるから
忘れていたものの明日が休みということで次々と人が増えていく談話室は熱気と酒とタバコの匂いで充満して、次第に気分のいい連中が賭け腕相撲をしようやトランプをしようと言い出す、ホランギはすぐに声をかけられては自分の尻ポケットを叩いて厚みを感じると「いいぜ!」と元気に返事をしてその中心に向かおうとするも、ふと腕を掴まれる
「なんだ?」
「すごく酔ってるみたいだけど」
「別にいいだろ」
「今日のホランギは良くない、シラフじゃないし遊ぶならほろ酔いでした方がいいよ」
シラフで賭け事なんてできるものかとホランギは彼女の腕を払いのけていえば、そもそも先月の給料も似たような些細な賭けを繰り返して無駄遣いしてなった?という彼女にホランギはサングラスの下で顔を顰めさせる
「お前は俺のカミさんになったつもりか?」
その場の空気が僅かに固まったことはホランギでもわかる、ビール三本ウイスキーを二杯、気が強くなるのは当然のことだ、ホランギは特別酒に強い訳では無い
目の前の彼女はやはり手には何も持っておらずあのビールから何も飲んでいなかったのかもしれない、澄んだ瞳が見つめてくることにさえ苛立ちを感じるホランギは手を払いのけて行こうとするが彼女はそれを許さずに「今日はもう帰ろう」といった
明日の朝の頭痛はもう目に見えていた、酒のせいではなく目の前の恋人のせいだとホランギは感じて、彼女に身体ごと向き直して見下ろして指差した
「俺に指図するなよ、お前はただの遊びの彼女だろ!!」
その言葉に周りがザワついた、言い過ぎだといいたいのだろうが当人達のトラブルであるため文句は言わないかと思った途端のことである、ホランギは突然の衝撃を受け、カツン…と床になにかが落ちる音と同時に頬に感じる痛みは戦場でよく味わうものだと気付いた頃、目の前の彼女が手をあげていることに気付く
「人に指さして高圧的に言わないで!」
怒る彼女は英語も忘れて母国語で何かを言っているもののホランギは何も分かっていない様子だった、目をぱちくりとさせて彼女を見つめて「ナマエ…?」といえば、キッ!ときつく睨みつけてきた彼女にホランギのそれまでの昂った感情はなりを潜め初め酔いは冷める
「遊びの彼女でもなんでもいいから帰るよ」
酔いすぎだよバカ
という彼女が床に落ちた彼のサングラスを拾い上げては手を叩いて「はいみんな飲む」と指示したことに全員が視線を逸らして元に戻る
談話室を出れば部屋の熱気が抜けて、冷たい空気が心地いいものだった、ホランギは彼女に手を引かれて宿舎の廊下を歩きつつ、先程の件を謝るべきと思いつつも悩んだ言葉は上手く出てこず、その間にホランギは自分の部屋の前に帰ってきていた
「上がっていい?」
「ああ」
「水は部屋にある?ないなら買ってくるけど」
なくても平気だと言うホランギに買ってくるといって自販機方面に行ってしまった彼女の背中を見つめて、何をしてるのだかとアルコールの残った体で考える
彼女からしてみれば普段通りに接していたはずの恋人が突如豹変したと思われても致し方ないことだとベッドに腰かけて頭を抱えるホランギは自己嫌悪した直後だった、突如頬に触れた冷たい感覚に「うわっ」と驚いた声を出せば水を買ってきた彼女がペットボトルを彼の頬に当てていた
「大丈夫?気持ち悪くない?」
「あっ、あぁさっきよりな」
普段であれば隣に腰かけてくる彼女が向かいの椅子に座った時、ホランギは距離感を感じざるを得なかった、仕方の無いこととはいえあからさまな態度だと思いつつ介抱せず帰ってもいいと伝えようとするも彼女は「私ホランギになにか気に入らないことした?」と問いかけた
不安げな表情の彼女は普段の明るい笑顔はなりを潜めて酷く困惑したような悲しそうな表情で目の前の彼を見据えている、ホランギは「なにも」というが納得がいかない表情で彼女は黙り込む
長らくの沈黙は互いを不安にさせるには充分で、ちらりと様子を見るように二人は相手の足や手を見つめる、目を見れないのは恐ろしかったからだ
それでも彼女は聞きたいことが山ほどあった、そしてそれを聞くにしても勇気が必要であった為、長い沈黙を耐えて小さな深呼吸をしてホランギをみつめた
「さっきは叩いてごめんね、だけど知りたいの…遊びの彼女って意味」
口から出た咄嗟の言葉だったとホランギは考える、それは本音ではないにしてもあぁした場面で出た言葉は本音と捉えられても可笑しくない言葉であり、彼はどの言葉を探しても言い訳じみているように感じる
「言い過ぎなのは分かってるが本音じゃない」
「本音じゃないならどういう意味、遊びなら遊びでいいけど」
「遊びじゃない、本気だ、本気だけどお前がそうじゃないだろ」
「意味がわからない、本気とか遊びとかって理由を明確にいってほしい」
何故そんな意味も分からないんだとホランギは怒りがフツフツと胸に溜まる感覚を味わっていた、大人の恋愛で遊びと本気の意味など単純で今後の生涯を考えているか否かという意味でしかないだろうと彼は考えつつ「なんで分からないんだよ」と思わず声を漏らす
苛立ちが溜息に変わり、思わずポケットの中のタバコを探すも残念ながらライターしか出てこない状況にクソと口悪い言葉を零したが彼女は難しい顔をして仕方なく自分の話をした
「最近シャドウカンパニーからスカウトされてる」
「は?」
「グレイブスさんに直接声を掛けられてて、今よりも2倍で来ないかって…悩んでるけど、遊びだっていうなら行こうと思う」
元より同じ会社で長居しすぎていると彼女がいうことに、それはホランギも同じだと感じていた、勿論スカウトや短期契約に依頼があれば他にも移るがメイン拠点としてここに所属しているにしても長いことを理解していたホランギは彼女の言葉の意味を理解する
「いくのか」
冷静にホランギが問いかければ彼女は「どうだろうね」と曖昧な返事をする、勝手にすればいいと投げやりで答えられたらよかったのかもしれないがホランギは彼女への気持ちが本物であり、言えなかった
黙り込んでしまう彼に対して彼女はなかなか素直に胸の内をさらけ出さないことをどうしたものかと悩み、仕方がないと隣に腰かけては顔を覗き込んだ
「私はホランギ以外特別だなんて思ってないよ」
遊びの恋人だと言われたことはショックではあるものの何か理由があることは理解していた、本気や遊びという単語の意味の真相が分からないと言いたげな彼女にホランギは様々な言葉が浮かんでは消える、どう声をかけるべきかと迷う間に彼女はホランギの手に自分の手を重ねていつもの様に優しく宥めるような声をかける
「それでもダメなら突き放してくれていい」
「突き放すわけないだろ」
「でも機嫌悪いし、変な感じだし、本当は他に気になる人がいたって言われても私気にしないよ」
「気にしろよ!!」
俺はお前以外と付き合う気も結婚する気も子供をこさえるつもりも無いんだぞ!!
思わず込み上げた怒りに似た感情により立ち上がったホランギな部屋に響く声で吠えた、戦場にいる時よりも声が出てるのでは無いのかた感じる声色に驚きつつも、二人の間にはまた沈黙が流れた
そしてホランギは言葉を間違えたと内心酷く後悔していた、勢いに任せて告げた言葉だがノーを突きつけられる現実を受け入れるにはまだ少し厳しかった、ホランギは「あっ、いや、今のはだな」と動揺のまま思わず深くベッドに腰かけて頭を抱えた、彼女が何度か名前を呼んできたとしても聞こえないふりをして「fuck」と呟く程度にはその言葉は言いやすかった
「ねぇホランギ、顔上げてよ私も同じ考えだから嬉しいよ?」
「慰めなんていらねぇよ」
「そんなことない、将来の話をノリに合わせて言ったりしないし」
確かに彼女は案外真面目なところがあるため、その言葉は否定しない、だがしかし彼女は仲間内での会話の時の発言にはどのように説明をするんだと薄く顔を上げたホランギはサングラスの下で睨んでしまう
「仲間と話してただろ…俺との結婚は世界がひっくり返ってもありえないって」
さぁ言い逃れは出来ないだろうとホランギは勝ち誇るかのようにいえば彼女は顔色を変えた、青白い顔が赤い顔に切り替わっていくことに違和感を感じていれば彼女は「聞いた?」というものだから、それはもうこんなにもハートブレイクされる程には。と彼が無言で頷けば彼女は「その後の発言も…?」というものだから、その後??とホランギは小首を傾げた
「なんだ」
これ以上は傷つきたくないぞ。と唾を飲んで感じれば、彼女は真っ赤な顔で俯かせて呟いた
「でも許されるなら奥さんになりたいって思ってるって言ったの」
「……は?でもお前俺との結婚はひっくり返ったって…って」
「だって未だに本名も知らないし」
その言葉にホランギは酷く間抜けな顔をした、本名?確かに彼らはコードネームが定着していたため本名よりも馴染み深く呼ばれ慣れており反応もしやすいが今更そんなことをと呆れてしまう
「資料があるだろ」
別に隠しちゃいないとホランギがいうものの、彼女は「本人の口から聞いてない、もう七年の関係なのに」と寂しそうに告げる彼女は確かにコードネームよりも本名を呼ばれ慣れていた、それはこのチーム内では珍しい部類ではあるが彼女は自身の名前を気に入っていた
「本名も教えてくれないって、そういうことなのかなって」
「そういうって?」
「友達の延長線上」
そんな女に対して三年も付き合うわけがあるかとホランギは声高々に吠えてやりたかったが、彼女の不安の意味も理解出来た、その言い分に納得した彼は素直に「悪い」と告げた
「…キム・ホンジンだ」
「うん、じゃあ私はキム・ナマエになるのかな」
「そうだな」
素っ気ない返事しか返さないのは彼自身情けなさと喜びを感じているからだ、照れくさそうに笑いながらホランギの本名を何度も繰り返す彼女に気恥しさを覚えつつ、そんなに名前が大事なのかと思えたがきっと彼女の中ではそうなのだろう
「本名は知った、他に知りたいことはあるのか」
「好きな食べ物は?好きな場所は?住みたい家は?住みたいところは?あと、えっと、子供は何人欲しい?それに」
「わかった、聞いたいことは山ほどあるんだろうけどそんなの後からいくらでも教えてやる」
まずお前は俺と結婚してくれるのか?とホランギが彼女の目を真っ直ぐとみつめて問い掛ければ彼女は驚いたような表情をしては、ハッとして慌てて自分のポケットを漁ってホランギの左手を取ってそこにシルバーのリングをつけた
「もちろん、ホンジンと一緒になりたい」
「…待て、なんで指輪があるんだよ、それも俺のサイズ」
「寝てる間に測ったの、泥酔してる時とかに」
同じ考えをしていたのかと思わず呆れつつもホランギもポケットから指輪を取り出して彼女に着けてやり「俺も寝てる間に測っといた」と白状すれば「知ってる、寝たフリが大変だったから」というためし、してやられた。と彼は痛感してしまう
狭いシングルベッドの中で二人は普段通りの姿で抱きしめあっていた、互いの指にはシルバーのリングが着けられており、それを視界に入れる度に思わず頬が緩んでしまう
腕の中で幸せそうに微笑む彼女に「そう言えばさっきの引き抜きの話って本当か?」とシャドウカンパニーの話を思い出したように告げれば、彼女はそんな話をしていたのも忘れていたのか目を丸くしたあと思い出し、ホランギの胸の上に寝そべって彼の顔を見下ろして告げる
「本当だよ、でも一つだけ嘘ついちゃった」
なんだ?
本当は今の4倍
そういって指を4本立てた彼女にホランギはしてやられた。と感じた
自分の結婚生活は彼女の尻に敷かれるというよりも手のひらの上で転がされるのだと悟りつつ、今度グレイブスに会うことがあれば残念ながら就職先は確立した為、スカウトNGだと伝えておこうと思い抱きしめる腕を強めて瞼を閉じたのだった。
2025.04.22
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