ジモは深くゆっくりと深呼吸をした、単独での任務において大胆に行動することは良くない事だと理解していたからだ、軍歴としてメカニックが得意とされる彼は仲間とは離れて工作員として行動することも多く、更には情報を一人で持ち帰るという事も一般的に戦えるだけの傭兵よりも多い、それは彼がこうした職業の中でも真面目な部類で信頼のおける相手だと契約先に認められていることもあるだろう
敵地の中で息を潜めて合流地点に戻ろうとするジモは数十メートル後ろで爆発した音を聞きつつ自分の仕掛けたトラップがしっかりと作動していることを安心していた、2.3人程度であれば問題ないものだったが10人以上を相手にするのはさすがの彼も歯が折れると疲れを感じつつ静かに息を潜めて行動していた時だった、角を曲がってすぐの敵を静かに殺そうとしていた彼の背後を取ったもう一人に容赦なく後頭部をヘルメット越しに殴られたジモはその身体をぐらりと揺らす
踏ん張ろうとするも次が来るなと察する彼は身を強ばらせて直ぐ、目の前の男が静かに倒れ込み何事かと思う間に彼を抑えた背後の男も力が抜けて床に倒れ込む
その事から第三者かと慌てて身を縮めたが撃たれることは何も無かった、音を立てた数十メートル先の建物からでてきた女はまるでその現場とは場違いな声色で「ジモくん久しぶり、元気してたの?」と笑顔で問いかけてきたことにジモは彼女の名を安堵しつつ呼んだ
「すまないナマエ、助かった」
駆け寄ってきた彼女に感謝の意を伝えれば照れ臭そうに笑う彼女の手にはマークスマンライフルが抱えられており、また誰かしらの広報支援をしていた途中で持ち場を離れてもいいのかと問えば「うちのチームだし平気だと思う、あっほら」と言った途端に聞こえてきた銃声に苦い顔をしつつも、その胸に付けられたワッペンはジモが所属するものとは異なっている
普段であれば敵対する関係であるが今回の任務には無関係な彼女に理由なく銃口を向ける必要はなく、例え理由があっても彼は目の前の彼女に銃口を向けるというのは難しいと思えた
「数ヶ月ぶりかな?久しぶりに会うのがこんな場所なんてなぁ」
「そういっても顔合わせするのはこんなところの方が多いだろ」
「合同任務でもしてくれたらゆっくり基地で話せるのに」
彼女の何気ない言葉にジモは自分だって同じ気持ち、いやもっと不純な動機は混じっていると思った、目の前のコルタックに所属する選抜射手としての彼女は単独で行動をしていた様子ではあるが他のチームメイトを支援しつつ任務を遂行していたが先程の銃声から自分抜きでも進んでいるため問題は無いといってジモの隣を歩く
そこまでの信頼のあるチームメイトを知っている彼も苦笑いをしつつもその能力を理解しており、またついてくる彼女との時間を過ごしたいが故に止めることは無かった
「ジモくんとずっと話したかったんだ」
「俺もナマエと話したかった」
「本当?よかった、同郷の人なんて中々会えないもんね」
そう言って笑う彼女にジモは例え同郷でなかったとしても、と思いつつも口には出来ずにあまり話すことの減った母国語で返事をすれば彼女は嬉しそうな顔をした
そうだ、ジモは彼女に立派に恋をしている、この目の前の女性は何も気付いていないとしても
◇◆◇
きっかけは偶然のことであった、とある組織の重要参考人を捕獲するという任務において、最悪なことにコルタックと対峙していたのだ
スペックグルーあるところにコルタックあり、というべきなのか奇妙な運命や縁を持った二社は時折対峙したり手を取り合ったりと忙しなかった、おまけにコルタックのオペレーターは一筋縄ではいかない相手ばかりで、それが表立って部隊に所属できないグレーな連中ばかりであるからで、そうした連中は理由はあれば腕がいいのだった
実際その時のジモのチームは足止めをくらい先をいった仲間の一人が綺麗に膝下を射抜かれたことにより建物の入口から身動きが取れぬ状況となっていた、背後は開いた道はあるが別の敵が来る可能性も非常に高く相手の量も多い、反対に目の前の道はスナイパーがいるという状態で八方塞がりである
「さっきの射撃からどの辺か誰か特定できるか?」
「いやわからん、多分2.3階のあの辺りだろう」
「スモークを焚いていくしかないな」
誰かあるのか?と四人は話し合いをしてとにかくこの場所から異動して別チームと合流をするしかあるまいと判断をして、四人は顔を見合せては頷いた、恰幅のいいガスが負傷者の一人を抱え、狙撃手でもあるチュイが注意を払いジモが先陣でスモークを投げて歩き出す
四歩、五歩と進む頃、銃声が聞こえると同時に挟まれていたチュイが「スナイパー一名、二階の真ん中あたりだろう、的確に狙ってるからサーマルを使用してる可能性がある」と声を張上げたと同時にジモは目の前の階段をみて、三人にはその奥にある部屋に行くように告げスモークをさらに追加で投げ込んでは銃声が聞こえないことをいい事に走り出す
通信兵でもあるジモは階段を駆け上がりつつ即座に仲間の位置を通信で簡素に送っては届くことを祈りつつ繋がった建物である故に相手がいるであろう場所にアサルトライフルを握りしめる頃、数十メートル先でドアの音が聞こえたことに彼は足音を殺しつつ向かった
ジモは通信兵や工作兵として活動するものの近接戦も得意であった、スペックグルーとして雇われる者たちは先鋭が揃っているゆえに信頼は厚い、そうしてジモは心臓の音を抑えつつ例のスナイパーの逃げ込んだドアを開けては声を荒らげた
「覚悟しろよクソ野郎!」
「ひぇあ!」
情けない声だった
ジモは安全装置を外したアサルトライフルを抱えてすぐに引き金を引こうとしたが思わずその手を止めてしまう、それは情けない声もあるがその部屋と相手の様子のせいでもあった、背中にマークスマンライフルを抱えた相手からみて先程の相手だと理解していたのに、当の本人は背中に携えてあったであろう支給品の軍用リュックの中に棚に置いてある缶詰を入れていた
何事か理解ができないもののジモはゴーグルの奥の瞳を鋭くさせてはにじり寄り、相手に対して威嚇するような低い声で「なにをしてるんだ」と声をかければ相手はちらりと横の棚を見て、お菓子の箱を手に取ってリュックに入れた
「食料品を頂戴してるの」
「何故だ」
「持って帰りたくて」
そういう問題じゃないだろうと思わず顔を顰めさせて、ジモは目の前の存在を頭から足の先までしっかりとみたところやはりコルタックのオペレーターだったかと予想していた相手に深い溜息をしつつ、警戒心を緩めない彼は銃を構えたまま近付き2.3メートルの距離となった彼女を銃を挟んで見つめる
幼い顔立ちの相手に同年代くらいなのかと思う頃、相手もジモをジロジロと眺めて直ぐにキョトンとした表情から何かを見つけたらしく打って変わって笑顔を見せては足を踏み出しては距離を縮めて彼の胸元に手を伸ばした
「なにしてくるんだ!」
「あぁごめんなさい、同郷の人だったからつい」
出身は?と聞かれては素直に天津だと告げるジモに彼女はそれは嬉しそうに笑みを浮かべて、近くだったと告げるがそんな事よりも敵対している相手であること、そして彼女の行動の意味がわからないとジモは気が抜けそうになるのをどうにか持ち直して低い声で何をしてるんだと問いかけた
「だから持って帰るの」
「なんだコルタックは盗まなきゃダメなくらい金払いが悪いのか」
その言葉に彼女は苦笑いでそんなわけがないという、コルタックはオペレーターも会社の人間自体全員がいい相手だし三食に困ったことなんて一度もないくらいだと、それはもう満足そうに告げる彼女にそれが普通のことだと思いつつも、彼女はジモが話の通じる相手だと思ったのか安心しきって背中を見せてはリュックの中に棚の缶詰やお菓子など保存食として効くものを遠慮なく詰め込むことに彼の正義感が働きその細い手首を掴んだ
静かに振り向く彼女はやはり敵対視したような殺気のある目をしておらず、その瞳は穏やかで到底先程の自分たちを狙う狙撃手としての眼差しには見えず、ただの一般人の女に見えてしまう
「戦場となったから民間人が逃げただけで、ここは人の家でこれは窃盗だ」
「いつ終わるか分からないでしょ?帰ってくる時に腐ってたら悪いよ」
「何に対してだ?」
地球に対して今どきえすでぃーなんちゃらだし。と笑う彼女に思ってもないくせにとジモは思いつつ彼女の手にあるリュックサックを奪えば「あ」と小さな声が漏れ出すものの、彼はそんなことを気にせずに中の荷物を棚に戻し始める事に残念がった声が聞こえつつもジモは一体彼女はどれだけこの小さな中に詰め込んでるのかと呆れるほどである
口先を尖らせる彼女は大きな抵抗もしてこず、人の話も聞ける、おまけに戦場で出会った敵とは思えぬほどに朗らかであり疑問を感じたジモは問掛ける
「さっきの狙撃手はお前だよな」
「入口の?うん、そうだよ」
「スモークの中もサーマルがあるとはいえ的確だった」
「ないよ」
ジモの問いに否定した彼女にどういうことだと思えば銃の音が聞こえ慌ててジモは腰のハンドガンに手を伸ばすが彼女は「はい」と自身のマークスマンライフルをみせていた、建物の多いこの場所であるゆえスナイパーライフルであると大きすぎるがマークスマンライフルかと思いつつ見つめたそこにはアタッチメントのひとつも付いておらず、愛用しているであろうに支給された時のシンプルなものである
「サーマルも無くか、あれだけの腕があったら一発目の段階で頭を狙えただろ」
「狙う必要がなかったから、私はここで足止めと監視を依頼されてただけでそれ以上の仕事はいわれてない」
「それでも普通は狙うだろ、なぜ足だ」
「肩だと本人も動けるから、足なら全員が一度その人の為に動きを止めるし、殺すのはもったいないから」
人を殺すのは好きじゃないし暫く歩けないとなればスペックグルーほどの大手会社なら少しくらい保険も出るでしょう?と笑っていう彼女にジモは目を丸くしてしまう
戦場にいるような人間がいう台詞かと感じるが彼女はからかった様子もなく真面目な様子で語る
「私はお金が欲しいからこういう仕事してるだけで、本当は誰も傷つけたくない」
「金を稼ぐなら別の仕事でもあるだろ」
給与だけでいうなら金融関係の方が高いかもしれないし、金を稼ぐ方法はいくらでもあるだろうにとジモは呆れる、彼自身は尊敬すべき祖母に習って入軍し自分の行きたい道を見つけて今があるため、彼には強い愛国心もあったが目の前の彼女は苦笑いをして「弟たちを養わなきゃならない」と告げる
よくあるパターンだった、貧困層の人間は入軍するだけで金を貰えることにまず軍隊の門を叩く、軍において大切なことはルールを守ることや従順さなのだ、そのことを考えれば目の前の彼女はシンプルな理由だが準軍事組織にとっては有り難い人材だろう
「だからお金以上の仕事はしない、命とお金は平等じゃないんだし」
「今までもそうしてきたのか」
「うん、いい人ばっかりじゃないけど、あなたは話を聞いてくれて私の間違いを叱ってくれるいい人でよかった」
悪いことをしていると彼女なりにも自覚していたのだろう、眉を下げた彼女はジモが手にしていた自身のリュックの中に手を伸ばして棚から拝借した食料品を戻していく
にこやかなその表情はジモの行いに苛立ちもなさそうで、逆上した様子も無い代わりに口数が多い彼女は自身の家族の話をする、八人の弟を養っておりそのうちの一人がこのお菓子が好きだという彼女にジモは同情してしまった、きっと彼女がもっと悪人であれば彼は何も思わなかったのかもしれないが全くそう感じられなかったからなのか、それとも久方振りの母国語が心地よかったからなのか、理由はわからずとも目の前の敵であるはずの相手を彼は少なからず良い相手に思えていた為、嘘だとしてもその身の上話を聞いたジモは悩ましい表情を浮べる頃、丁度通信が鳴り一階にいるチュイから状況を聞かれるがジモは「二階クリア、もうしばらくすれば戻る」と返事をした
「これで終わり、ご迷惑おかけしまし……?」
「8人分だろ」
「でもこれほら人のものだし」
「この辺りが戦争地帯になってもう半年以上だ、部屋を見る限り数ヶ月前には出ていってるし、少しだけなら問題ないだろ」
丁度彼女が荷物を全て出し切って終わろうとする時、ジモは乱雑に彼女のリュックの中に缶詰とお菓子の箱を8人分投げ入れてやった、彼女の弟が好きだというお菓子をいれやりながら彼は素っ気なくも「弟が喜ぶんだろ」といえば彼女は照れ臭そうに「うん」と笑った
その柔らかな表情はまるで小さな花が咲いたようであり、ジモはその表情に目を奪われた、互いに仕事の為に命まで奪い合おうとしているのに彼女はそうした雰囲気を感じさせず、反対にまるで散歩にでも来たのかというように感じられるのは銃を下ろしているからだろう
笑った彼女だが口をもごもごとさせて、何か言いたげにジモをみつめる、その様子に何事かと彼は見下ろせば申し訳なさそうに自分の分もダメかな?と聞いてくることに彼は若干戸惑いつつも「一つくらい追加で持っていってももういいだろ」と仕方なく返事をしてやれば彼女は嬉しそうに詰め込んだ
ちょうどその頃、彼女の通信機が音を立てて彼女に戻ってくるようにと指示が下され、それを聞いた彼女は「イエッサー」と返事をしてはジモを見つめた
「もう帰らなくちゃ、折角お話出来てたのに」
「俺もいい加減戻らなきゃならないから気にしないでくれ」
そうやり取りをするとまるで友人のようだとジモは内心苦笑いをした、戦場において敵とこんなに穏やかな会話をすることなどあったのだろうかと彼自身が考えるものの、目の前の彼女にとってはさほど珍しいことでもないのかもしれない
荷物を背負い直した彼女は銃を手を取って身なりをしっかりと整え直しジモに手を伸ばす
「私はナマエ、本名もナマエ、あなたは?」
「ジモ…ウォン・"ジモ"・ズーチャンだ」
本名ごと教えられては同じく答えるのが礼儀だとジモは珍しく自身のフルネームを告げれば彼女は「ウォン…ズーチャン…」と嬉しそうに呟いた、久方ぶりに聞く名前の音に彼女は頬を緩めてジモの手を取った優しく握ると笑った
「また会おうねジモくん」
「あ…あぁ」
再见!
そう告げて部屋を後にした彼女に対してジモは心臓が締め付けられるような、しかし苦しみや痛みよりもどこか心地よい感覚に浮かされて部屋の中に一人残されれば現実に引き戻されるように仲間の通信が来た為、彼もその場を後にしたのだった
◇◆◇
そんな日があったのはもう随分前のことであり、ジモは度々仕事をきっかけに顔を合わせする彼女に対していつも嬉しく感じた、例えそれが命を奪い合おうとする状況下でも、二人は友人であるからだった
辺りの敵もいないからか彼女と歩く足はゆっくりとしており、お互いに近況報告も含めて話をしている度にころころと変わる彼女の表情にジモは心奪われていた、彼女が優しく「ジモくん」と呼ぶ度に心が柔らかくなり戦場でありながらも浮ついた気持ちになって話を聞いてしまう
彼女と話す以外では滅多に使わない母国語は未だに自然と発せられることに安心しつつ彼女の最近の状況を聞いては相変わらず家族のために活動しているのだと理解する
ジモは大軍してから様々な国へ赴いて助けの必要な人達に手を差し伸べているものの、彼女と比べればなだらかな人生の道を歩んでいると感じてしまう
「ジモくんは相変わらず凄いね」
「そんな事ないだろ、ナマエも家族のためによくやってる」
一番上の弟の就職が決まったことや、三番目の弟が大学に決まったことを聞いていた為素晴らしいことだと讃えるが彼女の功績じゃないという
「まだコルタックのままなのか?」
「それぞれの入学費に学費、それに生活費にって考えるとまだまだ私頑張らなきゃダメだしね」
コルタックとの契約のおかげで弟達が安定した学業と生活を送れているのだという彼女は相当腕を買われている様子であり、給与とは別の面でも支えられていた、そのことを知るジモは嫌な任務もさせられているのだろうと察するが口にはせず、彼女は給料を貰っている中でしかしていない。と断言するのだが心配で堪らなかった
彼女は人が良すぎる為、いいように扱われているのでは無いのか不安になってしまう、それはジモ自身の優しさであり彼女に向けての情だ
ジモは合流地点に向かう分かれ道で足を止めて彼女に身体を向けて見下ろした
「スペックグルーに来たらどうだ?」
コルタックでそれだけ腕を買われている存在をスペックグルーが見逃さない訳もなく、実際に話に出してみた際にはスポンサーたちは彼女に興味を示していたのも事実、別会社の人間を直接スカウトするというのは立場が悪くなるためしないもの狙っているのは明白で、ジモも自分の隣で仕事をしてくれたら安心して背中を預けられると確信していた
困ったように視線を彷徨わせた後、ジモをみつめて笑った彼女は「ごめんね」という、当然のことであるため彼女が悪い訳では無いとジモは伝えようとするものの彼女は視線を僅かに逸らして呟く
「今はまだいけない、だけどいつかいけるならズーチャンの隣にいたいな」
こっちももう終わったから帰るね。といって足早に来た道を戻って行った彼女の背中が見えなくなってもジモはその場に立ちつくした、大きな怒鳴り声が聞こえて彼女が怒られている様子を想像しつつもジモは彼女をずるいと感じた
こうして大事な時に名前を呼ぶところも、まるで自分のように恋をした人間のような顔をしたところも、期待させるような言い方も、全てがずるいものの彼の心を満たしてくれた、回収地点まで足を運んだジモは先に乗り込んでいた仲間に顔を見られては「また彼女に会えたのかよ」とからかわれてしまうものの、彼は何も言わずに静かに乗り込んだ、その胸の内は誰にもまだ言いたくはないと思いながら。
2025.04.29
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