ロドルフォ・パラことルディからしてこの街で救った連中は救えなか
った連中に比べて多くは無いかもしれないがそれなりの数はいた、ロス・バケロスを憧れる少年少女も多く、それらが夢を見てメキシコ軍に入隊してくる事も知っていた、特に司令官であるアレハンドロを尊敬し敬愛することは必然的なものでそうした憧れの目線が変わる者がいることも知っていた
「隣にいかないのか」
大きな作戦を終えると酒を飲んで盛大に祝うのは軍隊なら何処だって当然ある、規則と自分を守るためにみんな家族の元には頻繁に帰ることも出来ずに日々この街を、国を巣食うカルテル達と紛争を続けているのだ
仲間のうちの一人が知り合いに貸切ったという少し古臭い酒場はロス・バケロス達が地面が揺れるのでは無いのかというほど騒ぎ立てており、爆音の音楽とまだ飲むのかと聞きたくなるように酒を煽っていた
ルディは仲間内から外れてカウンター席でひっそりと座っている女の横に腰かけては笑いながらそういった、この部隊にやってきて二年未満のまだ新兵である彼女はルディをみつめては「ええ、大丈夫ですよ」と笑って返事をした
その回答に彼はちらりと視線をやれば酒を飲んで踊り狂ういつものアレハンドロが店の真ん中で吼えている、今日も絶好調だと苦笑いしつつも一度銃声が響けば顔色を変えて司令官に戻る彼を知るためルディは彼を止めなかった
「今なら一緒に踊れるぞ」
「踊りは下手なんです、少佐は得意でしたね」
「みてたのか?やめてくれよ、逃げ帰ってきたのがバレてたか」
苦笑いをする彼は先程あの熱いメキシコダンサー達に釣られて懐かしい青春時代の曲をバックに踊っていた、みんながみんなこんなに笑い合うことはこうした席以外ではとても難しい為心地よいものだった
片手で数える程度にしかいない女の中で、それぞれパートナーの有無は違うが楽しんでいたが彼女は静かにカウンター席でひっそりと飲んでいた、そのことを踊りながら見ていたロドルフォは彼女に声をかけたのはお節介からで、それは彼女が妻子持ちであるアレハンドロを尊敬の念を越えて特別慕っていたからだ
「別に下手くそでもいいだろ、こういうのは踊ったもん勝ちだ、ほらいけよアレハンドロが待ってるぞ」
「そんな、私別に…」
「アレハンドロ!彼女が踊りたがってる、教えてやってくれ!」
そういってロドルフォは彼女の手を引いて中心に招いてやればアレハンドロはにこやかに笑って彼女の手を取って仲間たちの輪にいれた、昔から少し口下手で照れ屋な彼女だからこそこういう機会は大切にしてやりたいとまるで娘や妹を見守るような気持ちで送り出した
恐る恐ると話す彼女は目の前の男を見様見真似で踊っては笑う、その姿を見るだけでロドルフォは微笑ましくて、つい笑みを浮かべては手の中のビールを喉に流しこんだ、例えその恋が叶わないと全員が理解していたとしてもささやかな喜びくらいは許されると思うからだ
「ルディお前もそろそろ女を作ったらどうだ」
ある日そういってきたアレハンドロに何事なんだと苦笑いをしたがここ数日彼女が出来たという部下の惚気を聞かされていたからかと思い出す
ロドルフォは恋人をここ数年作っていなかった、その話題を提案してきた相手は若いうちに結婚をして子供も数人こさえて妻とも頻繁に会えないが仲睦まじい為、ロドルフォに世話を焼きたい気持ちになるのは分かってしまう
以前の恋人とも、そういえば上手くいかなかったと思い出しては苦笑いをする彼は訓練を終えた更衣室で着替えをしてシャワーを浴びる為に横並びで二人は歩く、こうした付き合いに対しても彼らが長い故であり部下たちは挨拶をしつつも二人の使うシャワールームは空けていた
「恋人なんて出会いがあればいいけどな、この仕事をしてたら理解ある恋人を作るのが大変だ、何せお前のお守りで忙しい」
「言ってくれるじゃねぇか、理解ある恋人だったらいいのか?」
「そりゃあな、この仕事をしててフられる奴の理由なんざ分かるだろ?」
「残念、俺はフられ経験が生憎とない」
あぁ憎らしいと笑って頭から熱いお湯をかぶって頭を洗うと訓練だというのに砂に塗れた髪の毛は心地よいほど茶色い汚れを流していく
彼の妻は確かにいい女で部隊をよく理解している、それは勿論相手も元軍人であるからであり、大抵の恋人や夫婦が同業者になるのは仕方ないことである、出会いはあれど仕事柄相手を放置してしまうのだから捨てられて当然であり、ロドルフォはその経験を既に数度しており慣れていた
その為、肌寂しいと思えば金を払うか自分一人で満足することが一番だと考えており、今更恋人など求める気もなかった
「彼女はどうだ?」
「彼女?」
「お前の部隊のところの、女性隊員がいるだろう」
伍長の…といわれては彼女かと理解したロドルフォは笑って有り得ないと告げた、彼女が好きなのはアレハンドロであり彼女はいつもこの男を熱視線で見たり度々二人きりで話しかけたりと必死にしているのに、それを彼は気にしていないのかと感じたのだ、くすくすとシャワーの音に隠れて笑ったあと、彼は「彼女は部下だ」と告げたが物言いたげな表情を返されてしまい不思議がる
「ルディお前案外鈍いんだな」
意味深に告げられた言葉に不思議がりつつもシャワーを終えたロドルフォは部下たちの報告書を確認したり、ロス・バケロスの軍事報告をまとめたり、さらにアレハンドロが進めなければならないのに溜め込んでいる書類を確認したりとデスクワークが積み重なっていることを思い出し憂鬱となる
現場仕事が好きなのはもちろん理解できるもののたまにはしっかりとデスクワークをこなしてくれと思いつつ、廊下でコーヒーを買って自身の執務室に向かおうとする途中「パラ少佐」と呼ばれ、思わず手を止める
「お疲れ様、どうした…って報告書か」
「はい、全員分のものをまとめて持っていこうかと思いまして、休憩中だったのにすみません」
「構わない、ついでに飲むか?」
確か加糖のカフェオレだろ?と彼が押そうとする前に「コーヒーもいけます」と彼女がいうが、ロドルフォは彼女がコーヒーを好まないことを知っており、周りにいつもコーヒーを貰ってはハムスターが大きなひまわりの種を食べるようにゆっくりと格闘する姿を思い出す
「俺の前でくらい好きなものを飲めばいい」
「じ、じゃあカフェオレで」
ボタンを押してカフェオレを注文しつつ報告書を受け取るロドルフォは溜まったデスクワークに今日は一晩格闘になるな。と愚痴を零して完成したカフェオレの紙カップを彼女に手渡すと受け取った彼女が仕事を手伝おうかと提案した
「有難い申し出だが量がな」
「私でも大丈夫なものでしたら、今日はもう予定もありませんし」
「それならゆっくりしたらいい、週末だしみんな飲みに行ったりするだろ」
「少佐は行かれないんですよね」
「まぁ山積みの仕事があるからな」
じゃあ手伝いたいという彼女に困ったものだが正直なところその提案は酷くそそられると感じる彼は、カフェオレを奢ったお礼にしてもらおうかとワザと理由をつけて彼女と自身の執務室で仕事をした
二人きりで静かに進む仕事は無駄口もなく、元から彼女は仕事が的確で早いと話題に聞いていたこともあり、そつ無くこなす姿に安心してしまえば思わず思っていた量よりもずっと多くの仕事を手伝ってもらうこととなった
「これじゃあまたカフェオレを奢らなきゃならなくなるな」
「そんな、仲間の仕事を手伝うのもまた仕事ですから」
「いいな、お前のそういう優しい性格は凄くいい事だ」
思わず笑ってそういえば作業をしていた手が止まり彼女が振り返って「そうですか?」と問いかける、珍しく返事をする彼女にロドルフォは私的だが客観的にみていい性格だと告げる、仲間思いで熱い心を持っており強い信念の元ここにいる、誇るべき存在だと
そしてふと、シャワールームで話していたことを掘り起こすように彼は軽い言葉を告げてしまう
「俺の恋人にするならまさに理想だ」
軍人で人に気遣いが出来て、容姿も悪くないし性格もいい、腕も能力も申し分なくまさにロドルフォにとっては完璧だろうと賛美の限りを尽くすように告げた
それはおべっかではなく本音だからこそ素直にいえる言葉だが、それを告げたロドルフォは思わず慌てて口元を押えた、あまりにも軽い言葉で彼女に告げたが相手が女性である以上それは軍内では侮辱にも捉えかねない、さらには近年ハラスメントなどが厳しくなり、異性隊員へのそうした講習は一応は郡内でも注意されていることであり、酷い場合は始末書案件にもなるのだ
それがどんなに事実であれど胸の内で置いておかねばならぬ言葉を軽率に告げすぎたと後悔するロドルフォは黙り込む彼女にそりゃあ当然だと深く反省しつつ顔を伏せた
気まずい…とロドルフォは胸の内で考えつつもテーブルの上に置いた時計は既に21時近くなっており、仕事に付き合わせすぎたと彼女に先程のことを無視して帰るように声をかけようとするも彼女はロドルフォをみつめていた
何も言わず静かに見つめる彼女はやはり先程の発言に腹を立てているのだろうと考える彼は謝罪の言葉を吐き出す前に彼女は予想だにしないことを口走る
「少佐は私を異性と意識してくれますか」
最初の文字が発せられるより先に告げられた言葉にロドルフォは理解も出来ずに目を丸くして彼女を見つめた、しかしながら相手は身体ごと彼に向けて真剣に告げていたため、彼は冗談だろ?という台詞をいえなかった
ロドルフォは冗談をいえるが真面目な男でいつもロス・バケロスのストッパー役である副官だった、血が昇りやすい我が司令官に冷静になるように声をかけて部下たちを鼓舞してやる、そうした役柄故に人の感情には敏感であったはずだというのに彼女のこの声色と眼差しには気付いていなかった
否、正確にいえば気付いていたが知らぬ振りをしていたのだ、歳が…部下が…仲間が…正直な所、面倒臭いのだ、中途半端な関係になった時、その縁が切れた時のことが、仲間にそうして見られることは初めてのことであるため尚のこと
「そりゃあまぁ、お前は女だからな、女って目ではみてるよ」
「仲間としてですか?それとも恋愛的?性的に?」
「性的になんてお前ガキじゃないんだぞ」
俺をいくつだと思っているんだと、それなりに彼女より歳上であるハズのロドルフォは呆れてしまう、奥手な女だったが妙に積極的、というよりもオブラートにも包まないのかと感じた
実際問題、彼がこの女をそうした目でみたことはなかった、もっと若い入軍したての二十代頃ならばまだ仲間に対してもいい女だと思ったかもしれないが、残念ながら彼女は好みでもなかったし真面目で地味なタイプだと認識していた
「私はアレハンドロ大佐に憧れて入軍しました」
「知ってる、散々聞いた」
それは彼女がロス・バケロスに入隊してきてすぐの歓迎会での席で飲まされて潰された結果泥酔しながら如何にアレハンドロが素晴らしい人間かを説いたのだ、実際そうした連中はみてきており珍しくは無い、帰り道仕方なく送ってやったロドルフォは彼女がアレハンドロに対して「素敵な人」「憧れなんです」「あの人の隣にいたい」といったことから、彼女にその気があるのだと思った
実際アレハンドロを前にした彼女はいつまで経っても緊張しやすく恥ずかしがって話に行くのにも深呼吸していた
「アレハンドロが好きなんだろ」
無理に意識してこなくていい、困らせるような発言をしたのは俺だから、そんな気はなくて軽はずみの発言なんだ。
ロドルフォは彼女に苦笑いをしてそう告げた、まさか彼女がそのように答えてくるなど思いもよらなかったが、それは自分が彼女の上官であるからだろうと理解している、これ以上はもう大丈夫だからと立ち上がり彼女が仕上げてくれた書類の束を受け取ろうとしたが彼女は酷く悲しそうな眼差しを彼に向けた
「ナマエ?」
「パラ少佐が、好きなんです、御迷惑だと知ってます」
アレハンドロ大佐じゃありません。
そう告げた彼女は「それだけです」と言い残して書類を彼に押し付けて普段通りに挨拶をして部屋を後にしたことにロドルフォは立ち尽くしてしまう、何も理解できなかったと思い手の中に残された書類の確認もできずに彼は心ここに在らずと時間を過ごしてしまう
それから数日間、まるで気の抜けたロドルフォにアレハンドロは珍しく彼を呼び出し悩みがあるなら話を聞くが?と彼の執務室で話をされたが彼は答えられなかった、アレハンドロの顔を見るだけで彼女を思い出すし、当の彼女は同部隊であるが以前と変わらぬ態度で仕事をこなす、プロだと痛感させられた
「だから鈍いって言ったんだよ」
アレハンドロの一言に頭を抱えた、鈍いと言うがお前はどうなのかと聞けば彼は初めから彼女がロドルフォに恋をしていたこと、更には二人きりの話の時の大半がお前の話であることを告げた
「でもよく二人でコソコソ話してただろ」
「いつも追いやられるって泣いてたぞ、そういうときはお前の恥ずかしい話を聞かせてやってた」
「なんの話しだ」
「訓練生時代の…」
そんな話を彼女にするなよとロドルフォは思わず汚い言葉を吐けばアレハンドロは豪快に笑った、他人の恋愛話はそりゃあ楽しくて仕方ないだろうなと睨みつけたがアレハンドロはからかう様子をやめて、優しく見守るような眼差しを向けた、言いたいことなど分かっている、そこまで子供じゃないのだと自分の胸の中で呟いた彼は深いため息をついた
翌日、任務を終えた夜、ロドルフォの執務室のドアが叩かれた
短い返事をして入室してきた彼女はいつも通り仲間達の報告書を束にして持ってきて、次の任務についての情報の話もした、真剣なその眼差しにしっかりと話を聞いた彼はありがとうと告げて退室しようとする彼女の背中に思わず声をかけた
「どうされましたか?」
いつも背筋を伸ばしてしんどくならないのかと聞きたくなるほど綺麗な立ち姿に本当にこの部隊にいる中で彼女は真面目すぎると苦笑いを浮かべてそうになりながらも彼は「先日の話、覚えてるか?」ここでした事だ。といえば彼女は少しだけ表情を崩して返事をした
「すまない」
ロドルフォの言葉に彼女は眉を少しだけ下げて微笑んだ、持ってきていたバインダーを抱える腕に力が入ったのを見て彼は言葉を続ける前にドアに手をかけ出ていこうとすることに止めるが彼女は背中を見せた
「少佐の答えはわかっています、ですからもう大丈夫です」
「ナマエ?待て話は終わってない」
話を聞かずにドアを開けて出ていく彼女にロドルフォは慌てて椅子から立ち上がり追いかけた、静かな夜の廊下で彼女が歩いていく姿を見て彼は足早に追いかければ彼女もまた足早になり、次第に二人は競歩からかけっこへと変わってしまう
互いに現役であるが、そこは若さなのか、それとも毎日早朝に彼女が基地内のランニングコースを一時間も走っているからなのか、追いつけないロドルフォは堪らずに「ナマエ伍長、命令だ、止まれ!」と威圧的に告げればリードを繋がれた犬が指示されたように足を止めてしまう
「人の話を最後まで聞け!」
「は、はい!」
ようやく追いついたぞとロドルフォがやっとのこと彼女に追いつき回り込んで顔を覗けば彼女は鼻先を赤くして今にも泣いてしまいそうな顔をしていることに、どうしたものかと焦りを抱いた
最後まで話を聞かなかった彼女に彼はすまないの意味を間違っていないか?と問いかけると彼女は小首を傾げて間違っていないと思う。という
「俺は気付いてなくてすまないって意味だった」
「でも気持ちにも答えられませんよね」
「そういうことを聞くのかよ」
「シンプルに答えろと」
真面目過ぎるのも玉に瑕だと悩ましく考える、シンプルな回答を求めるのは情報を吐かせる時の言葉だろうにと考えるロドルフォは彼女にストレートな物言いしか聞いて貰えないのだと理解しては苦い表情をして、どう答えるべきなのかと悩んだ
本来大人の恋愛がこんな言葉が必要になることになるなど珍しいことだ、ワンナイトから始まっていれば簡単だったが、どんな結果であっても彼女とそれからスタートするのは難しいだろうと感じる
「わかった、お望み通りシンプルにいう、気持ちが嬉しかった」
「けど…」
「そんな顔するなよ、ダメなんか言ってないだろ、意外とネガティブなんだな」
そういう考えはこの部隊だと怒られるぞと赤い鼻先を摘んでやれば顔を顰めた彼女がロドルフォをみつめて、問いかけたいように視線を彷徨わせ為、とどめを刺す様に「同じ気持ちだ」と告げれば彼女は目を丸くしたかと思えば顔色や表情を変えるため、そんなに忙しない姿にロドルフォは笑ってしまう
「ちゃんと言葉にした方がいいか?」
「大丈夫です、もう分かりました、わかりましたよ」
「言わなきゃ分からなさそうだからな」
「わかりました、やめてくださいパラ少佐」
勘弁してくれと告げる彼女に悪戯心が湧き上がるロドルフォが顔を寄せれば、ふと視線に気付きそちらに視線を向けると談話室から仲間たちが二人を覗いていた
カメラを向ける者、口元に手を当ててニヤニヤと微笑む者、肩を組んで笑う者、そしてその中にはアレハンドロも楽しそうな表情をしていた
「いまだ!キスしろ!」
厄介な連中だとロドルフォがドアを閉めて彼女に向き直れば、彼女はまるでガードするように手の中のバインダーで顔を隠しておりロドルフォは思わず呆れて乾いた笑いをして、からかわない事を告げた
その言葉を聞いて恐る恐るバインダーを下ろした彼女の顔はまるで茹で上がったロブスターのように赤く、より一層ロドルフォを楽しませるようで彼は頬を緩めて彼女の頭を撫でる
「パラ少佐、じゃなくて恋人として呼んでくれよ」
「…頑張ります」
どうやら前途多難だと思いつつ、彼女はもう夜分遅いこともあるからとその場から出ていく頃、薄く開いた談話室のドアを睨みつけて彼は足を伸ばした、ビールの一本くらいは飲まなきゃダメだとこれからの質問責めについて考えながら
2025.04.30
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