祭りに行かないか。
そう仁さまに誘われた時、まるで身体に羽が生えたような気持ちであった、幼子の様に浮かれて頬が緩んで情けない顔を見せる前に、出来うる限り平然とした態度で「お供致します」と返事をした時、少しだけ声が裏返ったのを彼は気付いていただろうに、ただ微笑ましく自分の誘いを受け取られたことに安堵したようであった。

「あぁでも浴衣だなんて、何が良いのかしら」

あの方は何でも似合うと云うけれど、出来うる限り気に入ってくださるものを、褒めてくださるものが良いだなんて考える。
その考えの真裏には彼がいつものように小さく表情筋を緩めて「よく似合っておるぞ」と言ってくれる姿であるのだ、あぁなんと浅ましいと自分に言いつつもその浅ましさは愛する殿方への気持ちであれば当然ではないかと想うた。
そんな自分の気持ちを肯定して。箪笥を広げるが二着の浴衣はどちらもステキだ、白地に青の朝顔も黒地の赤牡丹も勿論美しいものであるがあの方の横に立つには些か物足りぬように感じた。

「境井様とお祭りに?それはまぁまぁ」

あらあらうふふ・・・と笑う村の女達は立場も気にせず分け隔てなく互いに接してきた故か、仁さまへの想いも筒抜けであり、毎度何処かにいく何かをするとかれば口を揃えて「境井様とですね」と笑われてしまう。
自分が男であれば武士であるのだから笑うでないと言えたかもしれない、けれどもそうして笑われるのもくすぐったくて心地よい為気恥ずかしく顔を下向かせる。
女の楽しみは着物選びに簪選びだなんてよく言うもので、数日前に呼んだ商人を屋敷に招いては広げてもらう浴衣にあぁでもないこうでもないと頭を悩ませる、流石商人、口が達者なもので「境井様でしたら」と六度も口にされてしまうと流石にもう良いと睨んでしまう、全くもって小娘相手だと思えば周りは稚児を相手取るようである。

祭りの当日、朝早くから身嗜みを整えて何度も家中の者らに問い掛ければ全員が口を揃えて「お似合いですよ」と告げる、世辞ばかりを告げる者らを信じて良いのかと不安になりつつ紅を引いた自分は普段よりも少しだけ大人びて見えた、少しだけ歳が上のあの方のお隣に居ても違和感はないだろうかと思う内に馬の脚音が聞こえ挨拶をする声が聞こえた。

「もう準備は出来ておるのか」

その声に心臓が飛び出るのでは無いのかと思ったものの家中のものが聞く前に縁側に飛び出しては「出来ております!」と声を荒らげてしまう、なんと云うことかと顔に熱がこもるが彼は静かに爪先から頭のてっぺんまで見つめては微笑んだ。

「とても美しい姿だ」
「有り難きお言葉です、仁さまも此度はより一層素敵でございます」
「そうか?そう想うて貰えるようにしてみたが案外俺の浴衣選びも悪くはなかったらしい」

からからと快男児の如く笑う彼の深い藍染の浴衣姿にぽうっと見惚れて見つめていれば手を差し出されていることにも気付かずに名前を呼ばれ、慌てて下駄を履いては招かれるがまま愛馬に乗せられる。

「馬が黒鹿毛である為か余計に映えて美しいな」
「この浴衣をお気に召して?」
「あぁ最も、お前が着ているのであればどんなものでも良いが、特にこれは良いな、この祭りによく合ってる」

馬に揺られて手綱を握る彼の片手が膝の上に載せられ浴衣を撫でる、白地に桃色である故に子供じみていたかもしれないと危ぶまれたがゲンカイツヅジの描かれた浴衣は愛島心のある仁さまには好評のようで安堵した。
厳原の花火は毎年島人が多く集まり人混みの中に揉まれるかと懸念していたもののそこから離れた位置に向かおうといわれ、途中から馬を下りては二人手を取り野山を歩く。

「まるで童に戻った気持ちでございますね」
「そうか?いつもしているが…まぁそうだな、お前はしないか」
「いえいえ、貴方と御一緒でありましたら、沢山お供したいものでございます」

とはいえ自分は運動が不出来な為、足を引っ張る姿はあまり見せたくはないと手を取られ歩きつつも考える、足場も不安定であり時折流れる川の石の上を飛び跳ねて、まだ付かぬかと少しばかり不安を抱き汗が吹き出る。

「もう少しだ」
「すみません、私の足で遅れておりますね」
「大丈夫だ、花火までまだ時間もあるだろう」

不慣れなことはわかっておると言われれば、ほらやっぱり自分は日頃より運動不足の不出来なのだと知られているのだと感じて顔を俯かせて足に力を込める。
あともう少しだと言われる頃には息を乱していた、足は覚束ずに手を引かれるからようやく二本足で歩いていると感じる、履きなれていない硬い下駄の鼻緒が足の指にくい込んで痛む、足の皮が破れて痛みがじくじくと広がる感覚を何とか隠している頃、つまづいたように土の上に転がった。
あぁなんと情けのない。

「平気か?」

盛大に転けたせいで浴衣は土を食らい白と桃色には似合わぬ茶色を彩り、散々歩いたことも相まって髪も乱れて、鼻緒も千切れた、散々である。
手が解けた故に数歩先を行った仁さまは目を丸くして近付いては声をかけてくれるものの、自分がどうにも情けなくなる、武士の娘でありながら何たる体たらく、何たる情けなさ、折角付けた紅も今では落ちているかもしれない、陽はすっかり落ち始めて崖から見える下の町は人で賑わっていた。
じわりと目頭が熱くなる、あぁ泣くな恥者と自分に言い聞かせるがこんなにも好いた人の前でなんとも情けない姿を見せていることかと思えば思う程自分が辛くなる。

「ほら背に来い、もう時期着くからそこまでおぶろう」
「そんなこと申し訳ありません」
「鼻緒はそこで直してやる、俺のために用意した浴衣をそれ以上汚したいのか」
「それは嫌ですけど、自分で歩けます」
「また転けるぞ、なんせお前は鈍臭いだろうに」

あぁ酷い!!
そんなことを思うていたのかと彼に鼻先が痛くなるほど悲しみを感じればまるでこの方は子供を慰めるようなからかうような素振りで鼻先をつまんで目頭の涙を拭う。

「無理せずともいい、お前を背に抱きたくてこの道を選んでいたのだからな」
「…謀ったのですか」
「そうだ、中々に悪知恵が働くであろう」
「悪童でございます、嫌な餓鬼でございます」

好きに云うといいと声を出して笑われる、まるで私達は幼子のようであり、普段の互いを繕った姿を取りやめて話をした。
思っているよりも広いその背に身を預けて顔を埋めれば心臓は少し早くも心地よい音色を奏でる「早い音をしております」と告げれば彼は少し黙った後に「好いた女を背にしておる」と素っ気ない返事が返されて、意外にもこの方も子供らしい面があるのだと感じつつ暫く聞いていれば、街から港にかけて全体を見渡せる場所に辿り着き、彼の背から眺める景色に思わず息を飲むと同時に大きな音がなり花火が打ち上がる。

「丁度良かったらしい」
「綺麗な場所でございますね」
「先日見つけてな、どうしてもお前と来たかったのだ」
「そう云うと、私が赦すと?」

花火の音は丁度よく二人な声を聞かせた、仁さまは「赦してくれるだろう?」というものだから、夜空を彩る花火が美しいから今回だけは赦すと告げた。
次々と打ち上がる花火を眺めてもまだ背から下ろしてくれない彼に近くに岩もあるためそこに降りて見ればいいと言うが彼は足を抱いたまま離してくれやせずに眺めた、次第に気恥しさが高まって重たいしいいでは無いかといえば彼は「離したくないのだ」とこれまた此方を黙らせる殺し文句を告げる。
狡いぞと思いつつ、こちらとてそうして欲しいと思いつつもそれではいけないと思うた。

「互いの横顔が見れませんでしょう」

花より団子と云うかな、きっと互いに顔を隠れてみてしまうが今はそれが出来ない、彼の項と広い背中と逞しい腕を感じるだけなのが恋しいのだと背中に顔を埋めていえば彼は暫しの後に納得して後ろの岩に下ろしては隣に腰掛ける。

「ようやくお顔を拝見できた」
「そんなに見なくて良いだろう」
「花火を見ているのです」

じっくりと顔を眺めれば気まずそうに視線をさ迷わせた仁さまは真っ直ぐと花火を見た、何色もの火薬が空の上で散りばめられており、それらが仁さまの瞳の中で輝く度に美しいと感じ眺めた後に前を向いて花火を眺める。
ひしひしと隣から伝わる視線に思わず顔をやれば逸らされて、互いに視線が交わることがない、それを数度続ければ次第に笑いが込み上げて顔を見ることはなく声を出して彼の肩に頭を寄せれば代わりに手を取られ指を絡められる。

「綺麗ですね」
「あぁ言葉に出来んほどに」

綺麗だ。と顔を覗き込んで言われると静かに口唇を重ねられる、ちくりとかれの髭が触れてしまうと心地良さにもう一度と顔を寄せる、夜風が海風と花火を混ぜて吹かれると目を細めてしまう。
花火がちょうど止まる頃、互いの口唇が離れて顔を見合わせて照れくさく感じる度にまるで二人とも童のようである。

「今日は一段と綺麗だ」
「転けて鼻緒が壊れたのに」
「良い珍事であった」

私は全く良くありません、帰れませんよと唇を尖らせれば仁さまは悪戯者のように笑みを浮かべる、鼻緒を直してくれるといったのに未だに直してくれもしない。と可愛げもなく文句をいう、こんな態度を父上に知られればお叱りを受けるが仁さまは私を善く受け止めてくださる。
だからこそ、こんな軽口をずっと告げてしまう。

「直せば帰りも背負って帰ってやれなくなる、少しでもお前と触れ合いたいと思う俺を卑しい者とみるか?」

あぁズルい、そんな訳をと目を丸くする、本当にずるい方であると言葉を決っていながら求めてくるこの方に顔の熱が篭もる、気恥しいとは思いつつ言葉選びに迷いつつ、私はそれなら私も卑しいのですと告白した言葉は花火の音にかき消された、そう互いに交わった口唇のせいではない、そう言い訳をしながらも彼の胸に手を置いてもう一度とまた口唇を重ねれば心臓はさらに脈打つように音を奏でた。
今晩は鼻緒が千切れてしまった、だから帰りが遅くなり降りる時には背負って貰わねばなるまいと言い聞かせては重ねられた手の熱を感じつつ眼を開く、彼の瞳には自分と花火が映されていた、まるでひとつの絵のように、美しいと感じながら。

2025.06.01