日付を跨いですぐの事、兵舎のホランギの部屋のドアが騒がしく音を立てた。
普段の彼であればそれを敵襲だと思い身構えることをしただろうが彼は目を覚まして枕元のスマホを手に取って時刻を確認して直ぐにその相手が誰かを察して掛けていた布団をもう一度被り直すと同時にドアが開き大きな声で名前を呼ばれた。
「ホンジン、ホンジン、キム・ホンジーィン」
「うるせぇな!飲んできたのかよ!」
「起きてたの?寝たフリするだなんて酷い、ドアの前で待ってたのに」
「起きたんだよ、あんなに騒がしくされたら起きるだろうが」
じゃあドア開けてくれたらよかったのに。と不貞腐れて呟く目の前の女に彼は深いため息をついた、毎度の事ながらいい加減にしろと告げたいものの結局言葉を飲み込んで起き上がったホランギの腰にまとわりつく彼女は酒を飲むと上機嫌になってやって来た。
薄く香るアルコールの香りにウンザリしつつも彼は気分のいい彼女の言葉を流し聞きしつつも冷蔵庫から自身が飲んでいた水を取りだし差し出せば彼女は何も気にせずに飲み口に口をつける。
「シャワー浴びろよ」
「女の子にシャワーの催促?ホランギはえっちだ」
「あぁもうえっちでもスケベでもなんでもいい、どうせ寝るんだろ、寝るなら入れよ、じゃなきゃ入れないからな」
これだから酔っ払いは面倒なんだと彼は呆れてベッドを指させば彼女は見つめたあと唇を尖らせて「シャツ置いといてね」と告げて部屋の中のシャワールームに向かってしまい何度目かの深いため息を零した。
ホランギとナマエはコルタックのオペレーターであり、ただの友人だ、そう⋯恋人でも家族でもないただ他のオペレーター達よりも仲睦まじいだけの友人であり、ホランギは自身がそれなりにどうしようも無いところがある性格だと理解していたがあの女には適わなかった。
天真爛漫自由奔放のマイペースな彼女は人柄は悪くない、それこそコルタックの連中は一癖も二癖もある者ばかりの中で彼女はまともな部類であり、その人柄からこのPMC内でも交友関係が広いほどだ。
しかしそんな彼女がホランギに懐いているのは事実であり、友人としての関係性の中では特段距離が近い、近過ぎた為に彼はこうして酔っては部屋にやってくる彼女を拒絶するしきれずに受け入れるしかなかった。
あくまでも友人であるのだと互いに言い聞かせて。
そんなある日のことだった、ホランギがバーで仲間達と飲んでいた際に賭け事をして負ける事にウイスキーのショットグラスを煽っていた、四杯目になる頃には程よく酔っていた彼は目の前で笑う仲間達に悪態を付けば彼らは笑うばかりで特段酒に弱い訳ではない彼を笑った一人が呟いた。
「だらしないなホランギ、お前のとこの彼女なんてザルだからこの程度だったら笑って飲むぞ?」
そういって彼の前にまたショットグラスを差し出してきた事にホランギはそのサングラスの下の目を丸くして直ぐに鼻で笑い返した。
「ナマエは彼女じゃねぇよ、ってアイツが?そんなわけないだろ、アイツはいつも酔って俺の部屋のドアを叩くんだぜ?」
馬鹿馬鹿しい、自分の前以外は虚勢を張るようなタイプだったのかと彼が笑うものの目の前の仲間達はそれぞれがホランギの言葉に顔を合わせては物言いたげな顔をした、そして案の定三人の男達は店の天井を見ては呟いた。
おぉ神よ、哀れなこの男女を導きたまえという彼らにお前たちは熱心な教徒でも無いくせにと妄言を吐く彼らに睨みつけて、目の前の小さなグラスの琥珀色の液体を喉に勢いよく通せば次は全員分に注がれたショットグラスが目の前に置かれる、何事だとホランギが見つめれば彼らは哀れな男に。というものだからもう好きに言ってくれと飲み干した。
しかしながらあの日を境にホランギはどうしても意識せざるを得なくなった。
当然だ、何故なら彼は彼女を少なからず異性として見ていたからで、そうした素振りの無い彼女が万が一にもと考えては深夜にドアをノックされることに僅かながらの期待をしてしまう、彼女は大抵女性兵士同士での飲み会であるためホランギは誘われない限り参加はしなかった、聞くに酒豪だらけのその席に絡んだ男は大抵潰されて笑い捨てられるのだと言うのだから恐ろしいものだろう。
日付が変わった頃、ホランギはシャワーを終えて一日の疲労を少しでも回復させる為にとその狭いシングルベッドの中に潜り込もうとした時、ドアがノックされた、騒がしく二、三度された後に鍵のかかってないドアを開けた人物はやはり彼女であった、フラフラとした千鳥足で入ってきてはベッドに入ろうとしたホランギをみてへにゃりと笑った。
「もう寝るの?今日金曜日なのに」
「そういうお前はまた酔ってきたのかよ、自分の部屋に帰れ」
「いや!ホランギの部屋で寝る!」
全く困ったやつだと腰にすがりついてきた彼女は今日もアルコール臭く、一体どれだけ飲めばそんな香りをさせられるんだと思いつつもほのかに香る女性特有の甘い香りにホランギは意識が向けられてしまう。
腰に抱きつく彼女を引き摺りつつ水を取って手渡してやればいつも通り飲んで片手で返す彼女にいつも通りシャワーを浴びろと告げて、先程までの意識した甘さなど颯爽と消えてしまっていた。
「一緒に浴びる?」
「バッ⋯人で遊ぶ前にとっとと酔いを覚ませ」
「だって今日のお酒すごく美味しくて」
分かったからとシャワールームにシャツとスウェットのズボンを持たせて押し込んでやれば彼女の上機嫌な声は薄く聞こえていたものが次第に消えてシャワーの音だけが部屋に小さく聞こえた。
一応は彼女もホランギの勤務表を理解しているためか彼が休みである日だけ来ていることは分かっており、それ故にホランギも強くは追い出してはいなかった、元より彼が自身の部屋に彼女を招くことは度々あった事でそれが酒に飲まれた彼女に時折なるというだけのこと。
全くと呆れた彼はタバコに火をつけてベッドに腰かけて待っていればシャワーを終えた彼女は手馴れたようにホランギのドライヤーを使い、化粧水や乳液をしっかりとつけつつも機嫌良さげにまたフワフワとアルコールの残った声で話をする。
「それじゃあ寝るぞ」
「ん〜まだ寝なくていい」
「もう何時だと思ってるんだよ、消灯時間が過ぎてるんだよ」
「変なところ真面目だなぁ、遊び人の癖に」
「俺は別に遊びじゃなくって、いやまぁ遊ぶのはすきだけど⋯じゃなくて」
シングルベッドはホランギ一人で限界のサイズであるため彼女が来ればいつも二人は抱きしめ合うような体制になっていた、床に寝るという考えは初めの頃の心地よい空気感から何故か浮かび上がらずそうした形が自然であったのだ。
部屋の明かりを消してグダグダと話を続けてしまう状況にホランギは「もう寝ろよ」と告げて口を閉じれば彼女も仕方がないというように口を閉ざした、ふと目を開ければ夜に慣れた目が彼女を捉えて長いまつ毛や丸い頬に小さな顎を見つめ、静かに手が伸びてしまうと彼女の目が開きホランギを捉えた。
「本当は酔ってないんだって?」
その言葉は暗い部屋の中に溶け込んだ、言葉を聞いた彼女はホランギの手から逃れるようにして何を掴むわけでもなかった手を彼の背中に回して胸に顔を埋めた、タバコとシャンプーの香りの交じったその香りに安堵し恋しく感じてしまい心臓が音を立てていた。
「ホランギだって、いつも私のためにわざとドア開けてるくせに」
彼女の言葉にホランギは何も言い返せなかった、初めの頃はちゃんと施錠していた、しかしある日を境に来るようになった彼女の為にいつでも上がってこれるように安全でも無いはずの兵舎のドアを一晩中開けていたのだ、週末の金曜日彼女が次の日必ず休みの時、彼女が誰かに飲みに行こうと誘われるのを聞いている日。
ホランギは狡い男だと自分でもわかっていたが彼女もずっと狡い女だったのだ、何も掴んでいなかったホランギはそっと腕を彼女の背中に回して強く抱き締めた、互いの胸がぶつかり合い、服や皮膚越しに互いの心臓が普段よりも脈打つのを感じる。
彼のタバコの匂いと、彼女のアルコールの匂いが静かに混じりあえば、暗闇の中で二人は目を閉じて顔を寄せた、互いに口には出せなかった、その理由はあまりにも子供じみているものの気恥ずかしくて堪らないから。
◇◆◇
珍しく大人数で飲んだ帰り道、ホランギは静かな兵舎の廊下を歩いていた、ふと数メートル後ろから聞こえた足音に振り返れば彼の後から席を外してきたらしい彼女がいた。
「酷い顔、酔ったの?」
「アイツらが馬鹿みたいに飲ませるからだ、くそっ」
フラフラとしたホランギを支えるように手を取った彼女は指を絡めて静かな廊下を歩いた、一緒の席にいた彼女は自分よりも飲んでいたはずなのにしっかりした足取りで顔色も変わってないなと横目に見ていれば彼女がふとホランギをみつめてはその熱視線に気付き微笑む。
「私ね、ザルだから酔ったことないの」
その言葉はまるで以前の彼女は全て嘘だとさらけ出すものだが、それは互いに知っていた、フラフラとアルコールに酔わされたホランギは彼女に手を引かれつつ歩いては自分の部屋に向かっていた。
「じゃあ、俺が酔ってるから今日は部屋に来るか?」
情けく格好もつかないけれど、それでも口実には丁度いいだろうと笑えば彼女は楽しそうに笑い返して手を引いて彼の部屋に向けて歩き出す、戻ったらシャワーを浴びなきゃダメだと告げながら、二人はシングルベッドで抱きしめ合うことを楽しみにしながら数十メートル先の部屋に向かうのだった。
2025.06.10
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