コルタックにおいてその素性や姿を隠したがる連中は一定数いる、お互いに金だけのための関係なのだからと背中は預けるがそれ以上の詮索はしない、それはオニにとって非常に有り難いものであり、彼はバラクラバやマスクを外した素顔を見せてもその素肌を見せることを決して許さず大きな傷がありそれをコンプレックスにしているなどと噂を立てても無理に彼を見ようとはしなかった。
泥や砂に塗れて汗水が鬱陶しくても仲間内の共有シャワールームに人がいれば利用をやめて人がいない時や自分の部屋などを利用するオニにとって自分の身体は恥であると感じた。

「痛かったろ」

半年ぶりに帰宅した"自宅"にてそう声を掛けられた広は思わずその背中を隠すように振り返ると、寝起きだったらしいパートナーはドアの入り口で彼の態度に悪かったと言いたげに顔を逸らしてはなにか飲むかと声をかけた。

「俺の事いくつだと思ってる」
「三十半ばのおっさん」
「分かってるなら普通コーヒーだろ」
「もう寝る時間だ、寝れなくなるだろ」

それに仕事終わりは甘いものがいいと言った彼が広の前に置いたのはいかにも甘そうなココアだったが、目の前の彼はただのココアではなく栄養飲料で不足した鉄分や食物繊維が含まれているのだと語り、毎晩これを飲んでるんだという彼の健康志向に広は呆れつつも見た目の割には割と若く見える彼に否定的な意見は控えた。
広は仕事の話は特段することもなく、約半年間顔を合わせることのなかった二人はただ静かに深夜のニュースを眺めながらここ最近の世界情勢の話や広の向かい側に座る彼の最近の出来事や近所の話を聞くだけだった。

「さっき部屋に入って悪かったな、物音がしたから帰ってきてると思って挨拶したかったんだ」
「別に気にしてない、それよりこんな時間までよく起きてたな」
「普段は21時には寝るようにしてる、広がもう時期帰るって連絡してくれてたから最近は少し遅くまで起きてただけさ」
「悪かった、あんたの生活リズムを崩したみたいで」
「気にしてない、元気そうな顔が見れてよかった、朝起きたらまた居ないかと思ってたから」

昔からよく居なくなるやつだったからと笑う彼の言葉に確かに世話係をしてくれていた頃、よくからかうつもりで逃げたり隠れたりと小学校中学年あたりまではしていたが今は別の意味なのだと理解する広は多少申し訳なさそうな顔をしたが彼は「大人だから好きにしたらいい」と父親じみた言葉を告げる。
恋人と呼ぶには少しだけ距離があり、友人と呼ぶには随分と親密で、家族と呼ぶには他人で、同居人やパートナーと呼ぶのが一番しっくりとしていた。
元より自分の家を持たない広だったが、あの日再会した際にモーテル生活を送っていると知った彼は広に自分の家の部屋が余っているから使って欲しいと頼んだ、提案ではなくそうして欲しいと願った彼の広に対する想いはもう既に理解しており、自分の想いを告げていた広もまた断る理由がなかった。
数度しかまだ来たことの無い家だが日本風のその部屋に安心感を覚えつつ、懐かしさを感じる彼の香りがする家の中は広にとって心地よいものであり、帰宅早々遅いこともあり家主である彼に無言でシャワーを借りた広はココアを飲みながら彼の温もりを感じていた。

「しばらくは任務もないしここに居る」
「そうか、車が必要なら好きにしていいし、送迎が必要なら俺がするから、食べたいものとか他に何かあるなら「…さん」

突如として呼ばれた名前に彼は広をみつめた、日頃他人のように"あんた"と呼ばれる彼にとって広から名前を呼ばれるのはあの頃と変わらないようでいて懐かしさと愛おしさを感じられた。
戦場に半年間もいたであろう戦士が戻ってきて求めるものは安息だ、何を意味しているのか分かっている彼は広の言葉を聞くことはなくテーブルの上に置かれた手に自分の手を重ねてやり静かに寝室へと足を運んだ。

「背中は…やめてくれ」
「嫌か?」

男同士の行為において背を見せることは効率的であるが広は服を着たまま彼に背を向けても尚、唇を落とされることも触れることも受け入れられなかった。
まるで女を抱くかのごとく丁寧な彼の行為は広が味わったことの無いものであり、愛すべく人に触れられることの心地良さと満たされ方を感じながらもその背中に対してだけはどうしても受け入れられなかった。
しかし彼は広のシャツの中に手を入れてゆっくりとシャツを捲りあげては小さなベッドライトが照らす部屋の中で彼の背中を暴いていく。

「やめてくれ」
「やめない、触らせてくれ」
「嫌だって言ってるだろ」
「コレのせいだろ、知ってるよ」

分かってるから。という彼の言葉に尚のこと触れないで欲しいと願うのはオニである彼が切っても切り離せぬものだったからだ。
刺青とは罪人に彫られるものであったといわれていた、広はいつも背中を見る度に自分が"罪人"であると感じさせられるほど彼の背中は彼が誰の息子でどんな生き方を強いられようとしていたのかを知っていた。
広が家を出る原因になった一つであり、大きなきっかけだったと知る彼はシャツをまくってさらけ出された広の背中を見下ろして指先で撫でた。
鍛え上げられて程よい筋肉のついた肉体、露出が少ない故に焼けない素肌は白く美しくその背中に彫られた大きな線画は色を入れるだけで完成しようとしていたものでそれは立派なものだが未完成で、彼の背中から肩や太腿まで伸びようとしていた線画は途中で途絶えている。

『やめてくれ!嫌だ!!』

そう叫んだ広を何人もが押さえ付け、最終的に眠らせて彫られた背中の痕は消えない罪のようであり、その場にいた彼もまた広の背中を見ては唇を噛みながら背中を撫でた。
自分で爪を食い込ませて傷つけたような痕が肩や腰にいくつも残っていたが、それでも立派に描かれた絵は消えることなく彼をキャンパスに仕立て上げ、その傷のひとつでさえも作品を彩るもののようだった。

「痛かっただろ」
「覚えてない」
「違うここの、銃痕みたいなやつ」
「あぁ上手くやられたもんだ」
「こうみるとお前は傷だらけだな」
「こうならなきゃ生きていけない」

その言葉に彼は広が傷を負わなければ生きていけない世界にいるのだと感じ薄暗い顔をしてしまうが、背中を見せていた広は振り返ってはベッドにいる雰囲気を壊すパートナーをみつめては「ヤらないのか」と声を掛けたが難しい顔をしてしまうのは決してこの状況でしんみりとノスタルジーに耽ってしまったからではなく、元より彼よりも一回り以上歳上であるゆえの原因のせいでもある。

「俺の背中を見たんだから見せてくれ」
「ン?あぁお前ほどいい背中してないぞ」
「飲んだくれの中年体型だもんな」
「これでもジムに通い始めた、体脂肪率も2%ダウンした」
「この腹で?」
「魅力的だって女の子にいわれる」
「いつものバーのか」
「そう」
「世辞だ、世辞」

本気にするなと広がいえば、分からないだろうの冗談を返す背中の彼をそのままに起き上がりベッドの上に二人で座れば広は自分のシャツを脱ぎ去った後、彼のシャツを脱がせて首筋に噛み付いて肩や横腹にキスをしたあと背中に周りその広い背を眺めた。
からかう程たるんだ身体ではなく健康的で中肉中背といえるだろう彼のその背中にはその表面の見た目からでは分からぬほど立派な刺青が彫られており、色までしっかりとつけられたそれは数十年が経過していようとも当初と変わらぬようなものだった。
広が彼の背中をじっくりと眺めたのはこれが初めてで見られたくなかったが故に見ることも無く、幼い頃からうっすらと見たことのあるそれにどんな想いがあるのかと感じられた。

「どうして彫ったんだ、こんなもの」
「オヤジさんのとこにいるなら必要だからだ、俺がもう普通の人間じゃないって記すためだ」
「自分からしたのか」
「経費は出すって言ってもらえたから自分の足で行ったな」
「…こんなものあんたに似合わない」

俺もそう思うよ。と静かに告げた彼は広に向き直り彼を抱き締めてはベッドに横になった、幼い頃出会ってすぐの頃にどうしようもなく悔しいことがあり泣いた時に周りは広に男なら泣くなといったが彼はなにも言わずに今のように抱きしめて頭や背中を撫でてくれた。
あの頃と変わらぬように撫でられる広は自分がもういい大人になっていると自覚していても、この男の前では自分が幼い頃と変わらぬような態度で甘えてしまえるように感じられた。

「また明日もココアを入れてやるよ」

濃いめでぐつぐつと煮立てた牛乳を入れて。と呟く彼の言葉に合わせて目を閉じると次第に睡魔が押し寄せた「ジムの効果はあったかな?」と小さく聞こえた彼の声に広は手をヒラヒラとさせて「わからない」と答えるだけだった。

数ヶ月後、深夜に差し掛かった時間、マンションオートロックを解除して目的の部屋に辿り着いては静かにドアを開けて薄暗い部屋に入りシャワーを浴びようと洗面所でシャツを脱いだと同時にドアが開くと一人の男が広を眺めた。

「今からシャワー?」
「あぁ寝てたのか」
「待ってる間に寝てたらしい」

夜更かしも出来ないおじいちゃんになってきたかもと言いつつ洗面所に入ってきた彼は広の隣でシャツを脱ぎ捨て、カゴの中に放り込む姿を広はみつめた。

「傷は…増えてなさそうだな」
「生憎とこれ以上色男にはなれないらしい」
「言ってろ」

ジロリと広の身体を全身眺めた彼は満足そうに笑うと広も笑って彼に腕を回して唇を重ねると寝起きの彼の唇の味に苦笑いを浮かべてはまた軽口を言い合った、そんな二人の背中を映す鏡には鬼の刺青が互いに彫られおり、横に並べばまるでそれらは寄り添い合うようにさえ感じられながら二人はココアの味を堪能する為に足速にバスルームに向かうのだった。

2025.09.15