年々暑さは増していき、雨が降ることが減って、学校のプールも暑すぎて入れないだなんていうほどになる、そんなことを考えもしなかった十数年前の自分たちはきっと今を見れば驚くと思いつつエアコンの温度を調整する頃、目の前で干上がった魚の魔人⋯もといサメの魔人ビームをみつめた。
「ビーム大丈夫?」
「だめ⋯あづい⋯じぬ⋯」
バディであるビームがこうなるのも無理はないかと机の上に置いてあるコップの中の氷水を差し出せばギザギザの歯をした彼が大きく口を開けるため逆さに向けて掛けるように飲ませてあげると若干生き返ったように見えた。
この都会の中心部には水辺はなく、雨も近頃は降っていない、水遊びをさせてやるものの小さな家庭用のプールではまるで水槽に閉じ込められた魚のようで若干可哀想な気持ちにもなった頃、丁度悪魔出現の通報が入り床に転がるビームを見つめて彼女は微笑んだ。
「この仕事終わったら明日の休み、海に連れて行ってあげる」
そういわれたときのビームの表情はまるで連日の雨で散歩に行けなかった犬の喜んだ時の表情のようであった。
彼のいいところは単純さであると翌日彼女は車を走らせては隣でそれはもう今から特別な旅行に行くと言わんばかりの彼に思わず微笑んだ、天気は快晴、今年の海は猛暑の為人も極端に少なくさらに随分と離れた場所まで車を走らせていた為問題も起きないと思いつつ、ナビが残り十五分だという頃には潮の香りがしてビームがオープンカーの中で大型犬のように立ち上がるのを止めた。
「キャキャキャ!!」
高い彼の喜びの声が響くものの人は誰一人いないことに感謝した、駐車場で車を止める前に彼は耐え切れずに飛び出して海にその名の通り泳いでいったのを呆れながら眺めて、念の為に屋根をしてポーチから取り出した日焼け止めにはSPS50+だとかPAが⋯と記載されており、海に行くからと奮発して買った日焼け止めで春夏秋冬関係なく長袖のスーツを着ている彼女は休みだからと下ろしたワンピースから覗く腕や足など素肌にたっぷりと塗り込んで、サングラスと日傘を手にしては海に向かった。
「気持ちよさそ」
「最高〜〜!」
その姿はまさに海の中を跳ねる魚のようであるが、あくまでもサメの魔人に魚というのは悪いかと彼女は胸の内で呟いては相当嬉しいらしい彼に頬を緩めて静かに眺めた。
海に連れていくと言った時のビームの喜びと仕事の速さは異常であり、それは彼が慕うデンジに会う時よりも嬉しそうに感じられて呆気を取られたものの、性質上は当然であるかと納得しつつ辺りを見渡すが人は一人もおやず元より海水浴場でもないこの海は手入れも少なく海の家もないからこそなのだろうが彼女は暇を弄んでいた。
十分経とうが二十分経とうが一人ではしゃげるビームの元気さに苦笑いをして日傘を回しつつ、喉の乾きでも潤すかと近くの自販機を探そうと辺りを見渡す時、ふと彼女はなにかに背中から抱き竦められる。
「ビーム!?」
「せっかく海きたから一緒に入る!」
え?ちょっと!と彼女が静止をかける前にビームは彼女を連れて海に泳いでしまい、思わず彼女は落ちた日傘やカバンを見届けながらも海の中に投げ込まれてしまう。
冷たい海に投げ出されては彼女は目を閉じるもののビームは止まることなく彼女を連れて泳ぎ始める、海の中の彼はまさに水を得た魚のごとく人とは違う速度で泳ぎ続けた。
「っび、むっ…はっあっ、まっ、はぁーっ⋯てっ!」
「どうした!なんで!?」
彼の勢いに任せて連れられてしまえばそれは人間にとっては耐え難いもので、彼女は必死にビームに訴えれば彼はようやく動きを止めたものの何も分かっていないようだが、そんな彼を放置して彼女は体力を取られたことも相まって思わず沈んでしまいビームは慌てて彼女を抱き上げれば水を吐き出す彼女は荒く呼吸を繰り返し、そして少し落ち着いてからビームを眺めては彼の鼻先を叩いた。
「いだい!いだい!なんで怒る!?」
「ビームがいきなりあんな勢いで海に入れるからでしょ!?溺れかけたじゃないバカ!!」
「いでっ!⋯ご、ごめんなさい」
サメの神経の集中した鼻先はビームの弱点でもあり、彼女の怒りにビームは萎縮して素直に謝罪の言葉を告げれば彼女も落ち着きを取り戻したのか彼に離さないで欲しいと告げて抱き締められたまま心地よい海の中に浮かんだ。
「カナヅチだなら泳げないし、いきなりあんなことされたらビックリするでしょ?」
「一緒に泳ぎたかったから、ごめん」
「わかってるよ、このまま泳げる?」
落ち込んだ彼に鼻先を叩くのは悪かったと彼女も優しく撫でて彼が望むように二人で海を堪能しようといえば彼は嬉しそうに笑みを浮かべた。
下ろしたてで海に入った張り付いたワンピースの生地が張り付き、メイクが落ちてしまったことに彼は何を思うのだろうかと彼女はビームのように足をゆらゆらと揺らして浮かんだ、昔から海やプールだけはどうも苦手で浮き輪がなければ駄目だった彼女にとってそんなものの無い海は新鮮だと感じる頃、熱視線を感じて目の前のビームにどうしたのかと問いかけた。
「海好き?」
「得意じゃないけど、ビームとこうして泳ぐのは好きかも」
「オレも一緒に泳ぎたかった」
そうして喜ぶ彼に堪らずに鼻先に一つキスを落としてみれば呆気を取られたようで「ぁぎゃ」と声にならない声が漏れて堪らずに笑ってしまう、普段であれば動揺し慌てふためくものの彼女が先程カナヅチだといった言葉を聞いているからか、抱き締める腕を離せずに海の中で浮かんでいるが徐々に白い彼の肌が茹でられたように赤く染まるのを眺めては彼女はビームの顔に水をかけてはさらに唖然とした彼に堪らずにキスをしてやった。
「あ⋯ぐ⋯」
「間抜けな顔してる、そろそろお茶飲みたいし一回上がろう」
「⋯⋯ウン」
全く単純に黙り込んだ彼にクスクスと笑いつつ足をばたつかせればビームは静かにゆっくりと泳いで彼女を岸まで連れて行ってやった、次第に足がついて彼女はビームの腕から逃れて歩き出しながら彼女はアイスクリームでも買いに行く?と声を掛けたが返事は来ずに、振り返るとビームは黙り込んでその場に立ち尽くしていた。
「ビーム?」
名前を呼んでも反応を示さぬ彼に思わず駆け寄って、もう少し海にいたかった?さっきのはイヤだった?と彼女が不安げにといかければビームの手が伸びて彼女のワンピースの裾を掴んだ。
濡れたワンピースは彼女の身体に張り付いて、薄すぎる生地ではないものの水を含んだその服は彼女の素肌を薄く透かして見せつけて、下着の色や形も透けて見えておりビームが目を見られない理由がそれなのだと彼女は理解していてもどうしたの?と分からぬフリをして笑う時、きっと彼女は悪魔や魔人に似た笑みを浮かべていたかもしれない。
「そのままは、よくないから」
「でも濡らしたのはビームでしょ?海に来たんだしよくない?」
「ダメ、見られる」
彼が何を思い伝えたいかなどわかっている、ビームが彼女を特別視して彼女もまたビームを特別視しているのはこうして二人で過ごしているのだから当然だ。
それでも普段とは異なり黙り込んでしまう彼に彼女は仕方がないと思いながら、わかったよ。と告げると背中のファスナーを外して彼女はワンピースをその場で脱いでしまうことにビームは「ダメだ!!」と声を荒らげるものの地面におろしたてのワンピースを落として砂まみれにした彼女はビームに向かって笑って告げた。
「水着だよ、えっちなビーム」
日焼けしたくなかったんだよねと笑う彼女は確かにシンプルなビキニ姿で海にいても当然の格好だった、ビームが呆気を取られる間に彼女はもう一度彼の唇に優しくキスをした時、塩味のキスは初めてだと感じて彼女は笑って背を向けて歩いていく。
「アイスクリーム買ってあげるからおいで」
「あ、え⋯チョコ!チョコのやつ!」
先を歩く彼女にビームは時が止まったように固まっていたのも一瞬にアイスクリームという単語に惹かれて泳いで追いかけた、二人きりの海辺でビームは彼女の手を取れば指を絡められながら誰も買うことのなさそうな少し寂れたアイスクリームの自販機のボタンを押した。
「後で一緒にまた泳いでね」
そういってアイスクリームを食べる彼女が笑う。
陽はまだずっと高く、海は誰もおらずにキラキラと輝いていた、海が恋しかったと思っていたはずのビームは隣に立つ彼女を見て、海以上に彼女にずっと溺れているかもしれない。
そう感じる彼は指に溶けたアイスクリームをつけながら「わかった」と短く静かに返事をした、静かになってしまうのも視線が奪われてしまうのも自由に泳げる訳じゃないのにずっと楽しいのも、きっと全部その心臓の熱さのせいだ。
2025.09.23
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