「はひ?」
しゃっくりのような間抜けな声が部屋に響いた、目の前にいる赤い髪の女性公安対魔特異4課のリーダーである。
不思議な雰囲気を持つ彼女が命じることは基本的に決定事項で誰もそれを拒絶できないことはただの公安の受付事務員をしている彼女もわかっていた。
だがしかし彼女はいわれた内容が分からずに頭の上に?マークを浮かべては信じられないといいたげな顔をするもののマキマは笑う。
「キミがいいっていうんだ彼、実力は申し分ないし飼い主にはとっても従順だし、まぁかわいいペットと思ってくれたら」
「でも私はデビルハンターじゃありませんし、ただの事務員ですからそんな」
「大丈夫、ちゃんと守ってくれるって言ってたから」
ね?とキメたようにいうマキマの言葉にだとしてもやはり無理だと思うやいなや突如背後から何かに飛び付かれてしまい思わず体制を崩せば「うぎゃっ」と小さな悲鳴がした、突然のことに転けてしまい痛みから意識を戻し背中に感じる何かを見てみればそこには青年の身体にサメの頭をした魔人がいた。
魔人はほんの少し頭に星を散らしたあと、すぐに意識を戻しては彼女をみつめて飛び掛ろうとするものの「女性には許可なくダメだよ」と制する声に見えないリードに繋がれたように動きを止めた魔人はオロオロと困った態度を示すため、彼女は彼の手を取り立ち上がりもう一度マキマをみた。
「一目惚れなんだって、素敵だね、それじゃあ4課へようこそ」
そういわれた彼女は帰ったら遺書を書こうと決めたのだった。
◇◆◇
サメの魔人ビームを初めて見たのは彼がかの有名な4課のデンジと共に騒がしく帰ってきたところからだった、公安の入口は通常の受付窓口があり一般人からの直接の悪魔被害の通報窓口となっている。
そもそも悪魔の被害は多く、災害扱いでもあり公共物の破壊は勿論、それに伴うインフラのストップまでもが起きており、それらの処理なども事務員たちの仕事だった、まだうら若い少年デンジが早川アキに指示されて持ってきた被害報告書等を含むいくつもの書類を受け取っては彼女はデンジとよく話すこともあり、小さなポーチの中を広げて中に入った色とりどりのキャンディを差し出した。
「後ろの子もよかったらいる?」
「なんだ⋯これ⋯」
「飴ちゃんだよ、甘くて美味しいの、私はこの味好きだからキミにもこれあげる」
魔人が出歩くことが珍しくないと思ってしまうのは公安退魔特異課の本部であるからだろう、実際出歩くことが許可された魔人は性格に難はあるだろうがそれなりに話は聞いてくれるまともな存在であり、そのサメの頭をした彼に対しても彼女は特段気にした様子はなくいちごみるく味のキャンディを差し出した。
隣で騒ぐデンジに苦笑いをして受け取ったもののどうしていいのか分からずに眺める彼を見て、どこか幼い子供のようでその掌から取っては封を開けてやり「はい、あーん」と告げれば自然と口が開いて、彼の目は見えずとも美味しかったのか輝いているように見えた。
「また来たら飴ちゃんあげるよ」
騒ぐ二人に手を振っていったものの、まさかあれをきっかけに彼に気にいられるだなんて⋯と彼女はほんの少し自分の善意を後悔した。
車の中から50mほど離れた先で暴れるビームを眺めながら、そもそもデビルハンターは志望して試験を受けた上で公認されるものであり、民間のデビルハンターも講習等を受けてしっかりと許可を貰った認定者のみだけでは無かったのだろうかと思いつつそれをさせてくれないのが現上司となったマキマという人だもんなぁ。と彼女は疲れきったようにハンドルにもたれた。
念の為に護身用の対悪魔用武器は持たされているものの、戦闘は一切できないただの一般事務員である彼女は悪魔との契約とせずにただ出動要請がある際は車で向かい、ビームに退治してもらいその間待機しているだけの送迎者である。
『デビルハンターってことは、悪魔と契約するんですよね?』
『そうだね、キツネとかなら簡単だし比較的使いやすいかも、希望はある?』
どれも嫌だな。と思いつつも身を守る術としては悪魔との契約はある方がいいと理解していた、提案されたキツネの悪魔は髪を食わせることなどで満足してくれる比較的契約の簡単で甘い存在だということは周知の事実で、それならと提案を飲もうとした時、ザブンっとまるで海から上がるような音と同時に現れたビームにそれはもう簡単に抱き締められてしまう。
『悪魔と契約ダメ!オレのだから悪魔いらない!オレが守る!』
そもそもの発端は彼ではあるもののそういわれてしまえば少しだけ胸がときめいてしまったのは事実、ビームの言葉にそれでいいならと言われてしまえばできるだけ契約をしたくない彼女はビームを連れ歩くことを絶対厳守として悪魔の契約をなしにすることに決めた。
「でも悪魔と契約しなかったら私なにかあっても手助けできないよ?」
廊下に出て歩く彼女は隣にいたビームにそう告げた、身長差があるために歩幅が違い早く行ってしまう彼にいつの間にか手を繋ぐようになった彼女はそれでもビームのことはそれなりに心配をしていた。
魔人とは悪魔よりも弱い存在であることは知っており、いくら人よりも頑丈でも仕事をする上では一人より二人の方が良いことはわかっている。
彼女の言葉に足を止めるビームが振り向いては彼はなんの事も気にした様子はなく、彼女を見下ろしては楽しそうに笑った。
「オレ守る、だから大丈夫」
「うん、まぁ⋯信じてるよ」
そんな細い身体でと不安になりつつも真っ直ぐな彼の意見には何も言えなかった彼女も結局は保身に走っているだけでもあったが、人間の命は魔人よりも軽いのだから仕方がないことだ。
そんな数週間前の出来事を思い出しつつも未だ悪魔と戦うビームを車内で待っていた彼女だったが、ふと聞こえた音に危険を察知し慌てて車から降りようとするものの遅く、車が宙を浮いて悪魔が地面から飛び出した、モグラの悪魔らしきそれは田舎の方ではよくある害獣の悪魔であり、暴れ続けており彼女を見るなり手をドリルのように回しては「ニンゲン、オンナだ」と楽しそうに告げるため後部座席に置いていた武器に手を伸ばそうとするもそんなことで何ができるのかと自分を叱咤し、諦めそうになるがモグラの悪魔の首に食いかかったのはサメの上半身をしたビームだった。
数十メートル先で倒れ込んだモグラの悪魔の上に乗って次々と肉を食うビームは普段よりもずっとボロボロで被害状況からみても相当手こずったことが伺える。
しかしながらモグラの悪魔を食らっていたはずのビームは血を喰らい回復するかと思ったが、突如倒れ込んでしまい何事かと考えたものの彼女は事務員時代とはいえ公安退魔特異課であったことから悪魔の知識を持っていたため、モグラの悪魔には毒があることを理解しその為に倒れたのだと気付いては慌ててシートベルトを外して後部座席に置いていた使ったことの無い刀を手にして慌てて駆け寄り、弱った悪魔の心臓に「ごめんなさい」と顔を顰めながら刃を立てた。
「ビーム?ビーム?ちょっと起きない⋯どうしよう⋯兎に角処理班の人達は呼んだけど、誰かほかに来てもら⋯」
地面に倒れたビームは元の姿に戻っており、彼の頭を抱き上げて膝の上に乗せて何度も声をかけながら頬を優しく叩いて意識を戻そうとするが彼はピクリとも動かずにどうするべきかと思う頃、魔人も悪魔であるのだからと彼女は考えゴクリと唾を飲んだ。
「痛いの嫌いなんだからね」
指先を自分で切って小さく溢れた血を飲ませるものの動かない彼にこれでは足りないのかと理解して、彼女は覚悟を決めてビームの歯を刃に見立てて手首をあてては勢いよく流れた血に見ているだけで倒れそうだと感じられた。
「ンゥ⋯ん?うめぇ!すげぇうまい!えっ」
「起き、た?私ちょっと⋯血ぃ流しすぎたから、ごめん」
勢いよく起き上がったビームを見て彼女は安堵して微笑むものの出血多量気味で青紫色の顔をした彼女がビームの胸に倒れ込めば、彼はまるでこの世が無くなったかのように慌てふためき処理班や医療班の到着も待たずに駆け出したのだった。
◇◆◇
「ん⋯?」
「起きた、起きた?」
「ビーム、あれ?私何してたんだっけ」
「血ぃ飲ませて倒れた、だから連れてきた」
目を覚ますと見覚えのない景色であり、ビームは彼女の顔を覗き込んでは目覚めたことに思わず抱きしめた、強く抱き締められたことに驚きながらも彼女は自分の手に繋がれた点滴と最後の記憶を思い出しては貧血で倒れたのかと思う間にやってきたナースが「起きました?600mも失血していましたよ」といわれ、公安退魔特異課と提携してある総合病院であるのだと気付き彼女は詫びるものの今日一日は入院だと告げられ二人きりとなってしまう。
外はいつの間にか夕暮れ時になっており、昼頃の仕事だったのに随分とかかってしまったなと思う頃、未だに抱きついて腹部に顔を埋めるビームの頭を撫でると鮫肌は案外悪くは無い手触りだった。
「ビームが連れてきてくれたんだね、ありがとう」
「死ぬかと思った」
「私もビームが死ぬかと思って心配しちゃった」
「オレは死なない!」
それでも心配だよと笑って彼女は手元のリモコンでベッドを起こしては腰に抱きつくビームを見下ろすが、彼が見上げてきては黙り込んでしまうため魔人のプライドでも傷つけたのだろうかと思えば彼は「いつも、ヘンだ」と呟いた。
魔人にまで変といわれるとは失敬なと彼女は思いながらも何がだと彼の言葉に耳を傾ければ、彼は彼女がビームや魔人や悪魔に対して平等に扱っていると告げた、子供のようで話し方がおかしな彼だが知性はしっかりしていることを彼女は理解しており真面目に話をするビームの言葉に真剣に受け止めた。
「オレは魔人だから心配しなくていい」
「そうだね、私よりもずっと強いよ、だけどビームは手足があって私のパートナーでこうして話してくれる、そこに人も悪魔も魔人も関係なく、ビームだからって思って行動してるよ」
「う、ん?わからないけど、戦わせたくない、オレが守る」
ずっと彼はそう言ってくれていた、なぜ守ってくれるのかなぜそう思うのかいつも不思議だった彼女はビームをベッドに座らせて「どうして?」と問いかけたが彼は分からないようだった、いつからどんな風にどうして?と問いかければ彼は一つずつであれば答えることが出来た。
初めて出会った時、キャンディを食べた時、笑ってくれた時、その時ビームは自分のことなど捨ててでも彼女のことを考えてしまうと告げた、チェンソーマン様と呼び慕うデンジのことは好きだが、それとはまた違うもので心臓がうるさくて痛くて心地よいのだと告げる彼に彼女はその心の本質を理解してはビームの手を取り指を絡めた。
「好き?」
「スキ!」
彼は言葉を理解したように笑って返すものの、その感情の根本は理解していないのだろうと彼女は理解して笑ったあと「ちょっと動かないでね」といって、動きを止めたビームの唇にキスをした、そうしたいと願ってしまったのだ。
案外柔らかくてしっとしているのは彼が海に関連する生き物の魔人だからなのかとおもえばビームは何をされたのかもわかっていない様子だったものの彼女はビームの座る反対側に掛けられた自分のスーツのジャケットの中を漁って出てきたキャンディの封を開けて彼の薄く開いた口に放り込んだ。
「はじめてのキスってね、レモンの味がするっていうから」
いつも彼は物事が解決するとキャンディを欲するため、今回もそのためだというように彼女がしてやれば固まったビームは動かぬままで、そんな二人のもとに現れた早川家に彼女は笑ってビーツを連れ帰るように頼むのだった、明日にはちゃんと戻るからね。と告げて⋯
「コレ」
数日後、そういって現れたビームが渡した書類を手に取っては不備は特にないことを確認して問題がない旨を伝えて書類を重要処理欄にいれて振り返ると彼はまだその場にいたまま待っていた。
あの日を境にやはり事務員として戻してもらった彼女はビームが単独で行動する際や暴れてどうしようとない時のストッパー役になった、以前と変わらぬ仕事に今は安心さを覚える。
ひと仕事を終えたらしい彼は少しだけ汚れており取り出したハンカチで拭ってやり、どうしたのかと微笑み小首を傾げて見つめれば彼は「アメがほしい」というため、彼女は納得してデスクの隅に置いていたキャンディボックスを取りだして好きなものを取るように告げると悩まそうに深く悩んだ後に彼はレモン味のキャンディを口に含んだ。
それはあの日を返すようにも思えて彼女は「キスがしたくなった?」と笑って問いかけてやればビームはまるで茹でられたように赤く染まっていった後に自分の場所となる地面の中に潜ってしまう。
「素直だなぁ」
人の、それも大人にはない純情さと素直さ、それは彼女を魅了するには十分で、そそくさと去っていくチラリと見えた背びれに彼女は楽しそうに微笑んで手元にあるキャンディボックスの中からいちごミルク味のキャンディを取りだして口に含んだ。
それは甘くていつだって変わらずに好きな味であり、まるで彼のようだと感じながらデスクに座ろうとすれば内線が鳴り響き受け取った、内線先よりビームを応援にいかせるようにと命じられた彼女は立ち上がり同じ事務仲間達に送迎に行くと告げて入口に向かった。
「ビーム仕事の時間だって!」
「仕事!悪魔!いく〜ッ!」
声を張り上げて呼んでやれば去ったはずの彼は地面から現れた為、そんな彼を見つめては楽しそうに笑って手を引いて車に向かった、この仕事が終わったらまたキャンディをあげると告げた。
「それともやっぱり、キスがいい?」
ようやくたどり着いた現場でドアを開ける直前に彼女が車内で笑って問いかければビームは遊園地に行くと言われたようにはしゃいでいたのに、反対に静まり返ってしまい、彼はそれまでの様子とは打って変わって消え入りそうな声で「キス」と短く答えた。
それなら無事に帰ってこなければと互いに倒れないように祈りながら彼女は送り出せばビームは泳いで飛び出して行ってしまう、去りゆく背びれを眺めながらリップクリームを直す彼女は彼が無事に戻ってきてくれることを願った、そうじゃなきゃレモン味のキスをすることができないから。
2025.09.27
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