光が強いと影が強くなるようにケーニヒは覆面を外すことが出来なかった、あまりにも眩い光というものは火傷をしてしまうはずなのに彼はそれに触れて見たくてたまらなかった、幼い頃からダメよと言われたことをしてしまいたくなる好奇心というものは誰しも持っていたがときおり彼はその好奇心に抗えなくなる。
「⋯な、ん⋯で」
蝶の羽をもぐように
綺麗な花を手折るように
食器を床に落とすように
そうして壊れてしまう様子を眺めても彼は目の前の存在がやはり変わらぬ光を持つ存在なのだと感じて、床に落ちた彼の頬を両手で包んでそのシャツを捲ってまるで犬が噛むように大きな口でキスをした。
鉄の味が広がる、想定していた痛みはこない、ただ掴んだ相手はぼろぼろと涙を流してケーニヒを受けいれた、受け入れるしか無かった、笑ってくれることはもう無いかもしれない、あの日のように手を取って先を歩いてくれることなどないのかもしれない。
それでもいい、ずっと欲しかったものが手元にある、それだけで心地よい、これは自宅で飾られた絵や剥製と同じなのだ、そこにあるだけで価値がある、例えこの生命が朽ち果てようとケーニヒは目の前の存在がずっと美しい光であると信じていたから、誰にも取られぬように優しく大切にしようと決めた、例えそれが目の前の彼にとっての幸福でなくてもいいのだ、何故なら人の幸福などエゴでしかないのだから。
唇が離れて唾液が二人を繋ぐのに、ケーニヒの顔を覆うシャツがそれを阻んでしまう、肩で息をするか弱い彼を抱き締めた、同じシャンプーをしているのに異なる香りにケーニヒは嬉しくなった、彼と自分は異なる生き物だと実感するから、異なるからこそ家族になれるのだと知る彼は愛おしそうに笑顔で抱き締めた、こんな幸せを得られるだなんて思いもよらなかったから。
◇◆◇
それは偶然の再会だった、十数年ぶりに出会った相手はケーニヒをみてはすぐに分かったようでまるで長い時間など嘘のように、まるで昨日会ったように気さくに挨拶をした。
さわやかに笑うその表情も、少し以前よりも低くなったその声も、互いに中年と呼ばれる年齢になったが故か昔よりも僅かに年老いた肉体も、全てがケーニヒにとって新しく感じるはずが懐かしく感じた。
「本当に久しぶりだよ、会えて凄く嬉しい」
「おっ俺もだ、こんなとこで会えるなんて」
「仕事でこっちに居たんだ、明後日には帰る予定だったのにこんな偶然があるなんて」
「俺も仕事で今こっちにいるんだ、本当に何年ぶりだか」
そういいながらもケーニヒは彼との再会が二十四年ぶりだということを明確に覚えていた、忘れることなんてなかった。
例え恋人との記念日や親の誕生日を忘れても彼と最後に会った日のことをよく覚えていたのだ、だからこそ彼は特別で憧れの男だった。
憧れのはずだったからこそ、彼が欲しいと思っていた。
「⋯ここ⋯なんだよ⋯」
薄暗い地下室で目覚めた彼は掠れた声で呟いた、小さな古い電球が地下室の中に点っており、部屋の中にはベッドが置かれておりそれ以外はまるで物置部屋のように乱雑に物が置かれているだけだったが、彼は自身がベッドの上で手足を拘束されていることに理解が出来なかった、腕は後ろで手首を硬い布で縛られて、足には鎖がはめられており、その状況からして直ぐに彼は犯罪に巻き込まれたと理解する。
酷い頭痛に見舞われる中で彼は記憶を手繰り寄せた、最後の記憶は数十年ぶりに再会したかつての親友と二人で飲みに行ったところだった、あの後帰ったのか?あの時何をしていた?あいつは無事なのか?と思う最中、コツンコツンと階段を下りる音が聞こえ視線を向けた先には覆面をした男がいた、見るからに不気味な出て立ちの男だったが彼はその存在を見るなりどっと安心感を覚えた。
「よかったお前も一緒だったのか、俺たち二人とも巻き込まれたんだな、怪我してないか?」
「あぁ怪我は無い」
「そうか、悪いけど腕のところを外してくれ、足は⋯どっかに鍵とかないのか?そういえばお前はどうやって抜け出したんだよ?」
焦りを抱くのは当然だった、仕事とはいえ海外にいる以上犯罪に巻き込まれる可能性はある0ではなかった、男でそれなりの年齢をした相手などターゲットには向いていないと過信していたが酒に飲んでいたこともあり金を持ってると勘違いでもされたのかもしれないと彼は考えつつもケーニヒに声を掛けたが、ケーニヒから帰ってきた言葉は彼の予想だにしない言葉だった。
「抜け出してない、ここは俺の家だ」
最近知り合いのツテで買ったセーフハウスだったがこんなことで役立つなんて思わなかった、上の部屋でもよかったけど片付いてないし仕事道具も多いから汚いけどこっちの方が安全だと思ったんだ。
そう当たり前のようにいうケーニヒに何を言っているのか理解ができずに思わず苦笑いをして冗談だろう?と問いかけたものの、その布の隙間から覗く瞳はじっとりと彼を捉えては何も言わなかった。
「冗談ならやめてくれよ、流石に久々に会うからって悪すぎるだろ、何が目的だ?金か?悪いがそんなに持ってない」
「金はそんなに困っちゃいない、俺もそれなりに稼いでるからな、冗談でもない本気で俺がお前を今拘束して監禁してる」
「だから意味がわからないんだよ!なんで俺がお前にそんなことされなきゃならないんだ!俺がお前に何かしたのかッ⋯!」
ゴッ⋯鈍い音がした、ベッドの上で興奮気味に身体を起こして吠えかかる彼にケーニヒは拳を奮った、彼の上に跨り二発三発と頬を殴ってやると彼の口や鼻からは血が出ていたものの骨や歯は問題ないことが見て取れており、その道を知るケーニヒはミスをしてないことに安堵した、何故から彼は目の前の彼を傷つけたいわけではなかったからだ。
「叫ばれると頭が痛くなる、俺たちはもう十四、五歳のガキじゃない、冷静に話し合おう」
あぁだか、ふぁだか、彼の返事は分からなかったが一応は肯定的な返事なのだろうと察してケーニヒは安心したように微笑みながらも興奮した、彼はもうずっと自分より弱くてどうしようもない存在なのだと思ったから。
彼との出会いはケーニヒがまだ他の子たちと体格が変わらないような幼い頃だった、その頃から気弱で父から貰ったイギリス土産のクマのぬいぐるみを抱きしめるような少年であったケーニヒは意地悪をされる対象であり泣いて過ごす日々を過ごしていた。
だがある日現れた彼がケーニヒを救ったのだ、男なら弱いものいじめをするなと言う彼は漫画が好きな少年でいつも泥だらけになって母親に怒られるようなやんちゃな少年だった。
ケーニヒの体格がほかの子供たちよりも飛び抜けてよくなってもその内気な性格が中々治らずにいた時にも、ずっと隣にいてくれた彼は泣き虫なケーニヒに帽子をかぶせたりタオルを被せてはその泣き顔を隠してやった。
『俺がお前のことを守ってやるから泣くなら隠れて泣けよ』
そしたらそれをからかう奴は減るからと手を引いてくれる彼にケーニヒが憧れない訳ではなかった、テレビや漫画の中のヒーローよりもずっとそれを見習ってヒーローを目指そうとする彼は素敵で、誰にでも分け隔てなく接して弱き者に手を差し伸べる彼との日々はケーニヒにとってあまりにも輝かしい少年時代だった。
自分よりも小さな体格だというのに負けんといわんばかりに喧嘩を売られたら買って、ケーニヒを困らせる存在から守ってやり、いいことも悪いことも互いにしてそうして日々を過ごしたが彼の家庭環境から別れてしまう羽目になった。
「ずっと会いたかったんだ、探そうって思ったけどその前にこんな性格じゃダメだと思って軍人になった」
「そうか、そう思ってくれてよかった、俺も会いたかった」
ケーニヒの行い事態が許されることではなかったが殴られた頬を治療される彼は親友との再会を素直に喜んだ、昨晩は確かに二人で随分と飲んで子供の頃の話で盛り上がったこともよく覚えており、無邪気に話をするケーニヒをみていれば今の置かれた環境がなければ全くもってなんの問題もないものだろう。
「それでもっと居て欲しいから連れてきたんだ」
「普通に誘ったら良かったろ」
「帰るなんていうからだ」
ケーニヒの言葉に彼は理解できなかった、普段通りに誘われれば断るわけが無いと⋯いや思い出した、昨晩ケーニヒは確かに彼に「居てくれ」と頼んだ、それはその日だけではなくずっとだといっていた。
そんなケーニヒの言葉に彼は明後日には飛行機に乗って帰らなきゃならないし、子供も嫁もいるのだから無理だと笑い返したのだ、そして彼はもっと嫌な記憶を思い出した、それは二人が今座るベッドのシーツの乱れ方だった。
そして喉の痛みに、今更感じる下半身の痛みに彼は恐怖心を抱いた瞳でケーニヒをみつめて呟いた「お前なにをした?」と、その言葉にケーニヒはベッドの横の埃をかぶったチェストの上に置かれた鎮痛剤の効果が8時間から12時間しか持たなかったものだと思い出して、丁度効果が切れる頃だと考えるとベッドに座りながら距離を詰めようとすると彼は足の鎖の音を立てながら距離を離そうとした。
「なぁお前、なにしたんだよ」
「レイプした、お前のケツの穴に俺のちんぽをぶち込んだんだ、ちゃんとローションは使ったしゴムも使ってる、鎮痛剤を飲ませたけど切れてきたんだろ?」
「レッ⋯うっ、ふざけるなよおまっ」
「叫ぶなっていってるだろ?」
ケーニヒは非難する彼におもむろに拳を振り上げて見せつけると彼は子犬のように身体を縮めるため、ケーニヒはそれだけで自分の中の欲望が満たされることを感じた。
あれだけ自分を守ってくれていたヒーローが、こんなにも弱く自分に脅えているのだと感じると、彼は酷く興奮していたのである。
こんなはずじゃなかったとケーニヒ本人でさえも思っていた、実際に彼と再会したケーニヒは一切そんな感情を持たなかった、数十年ぶりの再会に大いに喜び普段の友達のように酒を飲み話をして、少しだけその日で解散は寂しいから朝まで飲み明かすか過ごしたいという気持ちはあってもここまでじゃなかった。
だがトリガーを引いたのか彼だったのだから仕方がない。
どの程度酒を飲んだのかは分からなかったがザルのケーニヒと比べて彼は酷く酔っていた、今は結婚して妻も子供もいて家も買ったし営業マンとして仕事をしているが上手くいっていて人生は凄くいいのだと上機嫌に話していた。
そんな彼の姿をみてケーニヒは心から嬉しくなった、幼い頃から友人として好きだった彼が幸せであることを喜ばないわけが無い、身長の高いケーニヒの肩を抱いてお前に会えたことが本当に嬉しいと冗談で頬にキスをする彼に参ったなと照れ笑いをするのは親友としてこんなにも心地よく過ごせると思わなかったからだ。
「酒を取ってくるから待ってろよ」
「もういい⋯って行っちまった、はぁ変わってないな」
自分のこの不気味な見た目も未だに少し内気な性格も彼は全てを受け入れて懐かしみ友人として愛してくれていた、ケーニヒはそんな風に接してくれる人間が自分のそばにいてくれることを心から感謝した。
何年経っても彼は変わらなくて素敵な相手なのだと思っていたが、ビールを取りに行って戻ってこようとした彼は若い男たちがはしゃぐ後ろを通り抜けようとしてそのビールを相手に引っ掛けてしまったのだ。
気付く頃には彼は胸ぐらを掴まれて殴られそうになるところをケーニヒが慌てて入ると、途端に相手は引いていくものの彼はといえば背中を縮めて怖がった様子であり。
「助かったよ、ありがとう」
そんな風にいうのだ、自分を守ってくれていたあの存在が自分に守られることのか弱さと愛おしさ、それを他人が理解できるものかとケーニヒは考えた。
気付けば嘔吐するほど飲んだ彼に吐き気を収める薬だからと仕事で使うことのあるような薬を飲ませて意識を奪い自宅に連れ帰った、昔の筋肉のある少年の肉体だった彼の少したるんだ毛の生えた男の肉体、それはケーニヒを強く喜ばせた。
ほかの女を愛して、子を為したとしても、その相手は彼を組み敷くことなどできない、ケーニヒは彼の上で腰を振っては笑った、ずっと自分を救ってくれていた彼を今度は自分が救ってやろうと決めたのだ、例えそれがどんな形であろうとも。
◇◆◇
あと数十時間以内には逃げ出さなければ飛行機に間に合わないことを彼は理解していた、ケーニヒはあの後は至って普通に友人として会話をして、理解できない彼に対して多少会話を諦めたような素振りをして出ていった。
物置部屋となった地下室のベッドで両腕を拘束され足を鎖で繋がれた彼は逃げ出すことを考えていた。
頭に浮かぶのは妻子のことばかりであり、かつての友であったケーニヒの姿は今や恐怖と怒りと恐れでしかない、いくら彼と話しても今は理解し合えないと判断した彼は鎖の範囲内で動き回ってみても、どれも埃をかぶったダンボールや使わなくなった家具などばかりでどうするかと思いつつ力強く鎖を引っ張るとふと気づいたことがあった。
「なんだよ、あいつも抜けたところがあるんだな」
それはベッドが簡易的なパイプベッドであり多少の力で持ち上げれば巻き付けられた鎖をベッドからは外せそうなことだった、左右の足に鎖は残るものの自由は戻ると判断する彼はベッドの下に潜り込んでは力を入れてベッドを背中で持ち上げては簡単に外れたそれにほっと一息をついた。
背負ったベッドを大きな音を出さないように下ろして、次は腕の拘束を外そうと近くを見渡した、布か何かで縛られているらしい腕は体制のせいか痺れており、どうするかと悩んでいればふと部屋の隅に工具箱や日曜大工の道具がまとめて置いてあることに気付く。
その中にはハサミやペンチなどが並んでいる中で目をつけたのは僅かに錆びたノコギリだった、軽く手で持ちながらゆっくりと手の拘束具を切っていく、生憎とケーニヒは出掛けた様子であり時間はあるように感じられた、時計の時間は分からないものの寝て起きたことから夜から朝に変わったことを想定すれば余裕があった。
「はっ⋯はずれた」
どっと汗が滲んで安心感を覚えた、一歩間違えれば手を切るところでもあり開放された腕を回せば肩の関節が喜びに悲鳴をあげるように音を立てるため彼は安心しつつ両足に鎖のついた拘束具をまといながら地下室からドアに向かい、そしてドアノブに手をかけると同時に引っ張られたのは、反対側がドアを開けたからだった。
「何処に行くんだ」
「⋯ちがう、えっと、トイレに」
「トイレなら買ってきた、部屋が出来るまではここが部屋だ」
「なぁ俺たちちゃんと話そう、こんなのやっぱりおかしい、俺たち友達だ、親友だろ、なのにこんなことするなんて」
頼むよお願いだプリーズとケーニヒに頭を下げて泣きじゃくるいい歳をした彼に対してケーニヒは興奮した、あんなにも自分を力強く引っ張ってくれていたはずなのに、だというのに今の彼はひ弱に自分に縋り機嫌を取ろうとする、まるで彼の世界の全ては自分が決めているようにも感じられてしまうのだ。
「頼む帰らなきゃダメなんだ、話したよな?嫁も子供もいるんだ⋯下の子なんてまだ三歳なんだ」
「わかってる、わかってるから少し黙っててくれ」
彼の家庭の話を聞くとイライラして仕方なかった、ケーニヒは自分の家庭を持ってはいない、両親や兄弟など血の繋がった存在はいるものの妻や恋人はいない、恋愛はしてきたものの職業柄あまり長く続かない上に彼自身そうした願望はなかった、目の前の彼に対してもケーニヒは決して結婚をしたいという欲望はない、恋人でもなくただ彼の"親友"でいたいのだ。
青い春を共に過ごして誰にも譲れないキラキラとした日々を共有した特別な存在に家族や恋人が勝てるわけもない。
眠っていた彼がゆっくりと目を開けた時、ベッドの上で違和感を感じたのは彼自身が拘束されていることとはまた別に、ベッドから床にかけてブルーシートが丁寧に敷かれていたからだった。
そして地下室の中は物置となっていたが片付けられており、代わりに小さなドラム缶が部屋の中にあり、その中では木が轟々と燃え盛っていた、一酸化炭素中毒になり、このまま彼はケーニヒと無理心中でもするのだろうかと思いながら眺めているとケーニヒは部屋の中だというのに透明なレインコートを被っていた、まるでその体格と見た目からさらに不審者じみていて彼は現実逃避をするようにフフッと笑った。
「起きたのか、おはよう、丁度どうするか悩んでたんだ」
本当にタイミングよく家具用に買ってきた新しいノコギリ、家の中にあるそれなりに使い慣れた斧、さびているがまだ使えそうなノコギリ、どれがいいだろうなと呟くケーニヒに彼は何を言っていて何をする気なのかと思いつつ、ベッドの上で先程よりも強く両手両足を広げて拘束されていたこと、そしてさらには鼠径部を強く縛ってあることに疑問を抱いた、何故なら予測したくないことをケーニヒがしようとしている可能性があったからだった。
「何する気だ」
「足を落とそうと思って、本当はしたくないけど逃げようとしただろ?」
全く平然とした態度で告げるケーニヒの言葉は理解できなかった、しかしながらケーニヒは話を始めた。
十四歳の頃、彼の両親の離婚を離婚をきっかけに引越しが決まったのだ、それまでケーニヒと彼はニコイチだといわんばかりに過ごして来た為にそれを知ったケーニヒは離れたくないといったがそれが通るわけが無いのが現実であった。
親友であるからこそ連絡を取り合おうと約束をしてケーニヒは電話番号を改めて渡してやり、引越しの日には二人で思い出の川を見に行こうと告げた、けれど約束は何一つ守られなかった、彼は待ち合わせ場所にも来ず連絡もしなかった、いつか鳴るかもしれないと彼はその回線の繋がった固定電話の契約を解除できずにずっと置いていた。
「親友だと思ってたのは俺だけか?」
「違う本気で親友だ、それは嘘じゃない電話番号の書いた紙を無くしたのとあの日は雨で引越しの車も早く来たからいけなかったんだ、本当だ」
「だけどお前は連絡してこなかった、会いにも来てくれなかった、同窓会だって」
「同窓会はあの後2回も住所が変わったから誰も俺の事なんて知らない、連絡だって覚えてないんだから仕方なかった」
本当なんだと泣きながら告げる彼に対してケーニヒはそれが事実だとしてもどうでもよかった、ただ彼が今ここにいるだけでそれでいいのだ。
並んだ刃物の中から錆びた切れ味の悪そうな鋸を手に取った、念の為に消毒は入念にしているから問題は無いとケーニヒは告げるが受け止められるわけもない彼はケーニヒを非難した、そんなにも自分が憎かったのかという彼に理解されずともいいと思いつつ外に声を聞かれてはならないためタオルで彼の口元を結んで声を抑えた。
「安心してくれ、こういうことも仕事で慣れてる」
バタバタと暴れるものの身体も全てしっかりと押さえつけられた彼の抵抗は無意味であり、ケーニヒは彼の太ももを抑えてはその錆びた鋸を太ももの真ん中に押し当てた。
まるで分厚いバーベキューの肉を切るような感覚であった、人の声では凡そ滅多に聞くことの無いくぐもった叫び声を聞くケーニヒは彼にこんなことをしてしまう罪悪感は多少は残っていたがそれでも構わなかった。
刃を進めていくと脈を傷つけて血が溢れ出しケーニヒの身にまとっていたレインコートにもかかってしまい、ブルーシートを敷いたベッドの上には地が広がる中で彼の身体が震えたが硬い骨にますます力を入れて鋸を前後させた。
まるで木材を切るように、日曜大工をするように、昔夏休みの工作で彼と二人で棚を作っていた時の感覚を思い出す、そうだこれは共同作業なのだと感じてはケーニヒは微笑みながら見下ろした。
「一本目だ、次はこっちだ」
ケーニヒはやはり彼はあの親友だと痛感した、麻酔もなく足を切除されても意識をまだ僅かに残している彼の精神力には脱帽であり、そこいらの兵士は彼を見習うべきだと言い聞かせてやりたかった。
白目を剥いて意識を朦朧とさせつつも、人体を切り落とすことは屈強なケーニヒでも疲れてしまい、もう片足は簡単に斧で切り落としてやったことに彼は密かに感謝するべきだろう。
体を痙攣させる彼にドラム缶に入れていた鉄棒を持ってきては切除した部分に押し当ててやる、肉の焦げる香りと音が地下室に広がる頃、ケーニヒは彼と夏になると家族でバーベキューをした記憶を思い出して懐かしく思えた、これを終えたらブルストを焼くのもいいかもしれないとおもいつつ、両足を止血してしっかりと後処理をして包帯を巻いてやるケーニヒはいつの間にか意識を落とした彼の口に填めたタオルを外すと、血が滲んでおり、薄く開いた唇は切れてしまっていた。
「よく頑張ったよ」
そういったケーニヒは眠る彼の唇に自分の唇を重ねた、ずっとしてみたかった事だった。
血濡れのレインコートを身に纏うケーニヒは彼を抱き締めながらこれで離れることは無いのだと確認しては安心したように微笑んで、彼の指にはめた結婚指輪を外してまだ火のついたドラム缶に投げ捨てたのだった。
◇◆◇
コンコンコン⋯と音を立てて階段を降りるとそこにはまるで芋虫のように床に落ちた男がいた、二日ほど帰って来れなかったケーニヒは彼を見つめては微笑んで近付き、床にある粗相に「またトイレに間に合わなかったのか?」と笑った。
地下室の中にはパイプベッドとルームライトと本の置かれたチェスト、古いテレビと大型犬用のペットシーツで、彼はケーニヒがいなかったことによりシャツを汚し髭も生えて髪の毛もボサボサのまま床に横になっていた。
「俺はお前の小便も大便もゲロでもなんでも気にしないから、そんな自分のことを気にしなくていいんだ」
親友なんだから当然だとケーニヒは笑った、小学生の頃トイレに間に合わなかったケーニヒに一緒になってわざと漏らして周りにからわれたことも今じゃ懐かしいが、あの後トイレでケーニヒのズボンを気にせず洗ってくれたのも彼であり、その事も感謝してもし切れなかった。
バスルームの湯船に浸からせて頭を洗ってやりながらお泊まり会で互いの頭を洗ったことが懐かしいとケーニヒは思い出を語った、優しく彼の体を抱き上げて身体を洗う中で僅かに身動ぎする彼にケーニヒはふと彼の下半身に違和感を感じては苦笑いをした。
「生理現象だ、気にするなよ」
優しく彼のモノをその手で掴んで上下に手を動かすと、彼はケーニヒの肩に顔を埋めて必死に肩を押して逃れようとするがその力には勝てずにその身を弄ばれた。
ケーニヒは林間合宿の際にシャワールームでクラスメイトに自分の身体を笑われたことが恥ずかしかった記憶をよく覚えていた、しかしながらそのからかいにも反論しては周りをバカにしケーニヒを助けてくれた彼のあの時のペニスをケーニヒは覚えていたが、大人になった今はまた違うものなのだと感じて喜びを知る、互いの知らないことを知っていくことは親友として心地よいものだったからだ。
「やめてくれ⋯たのむ⋯いやだ⋯」
足をばたつかせる彼に対してケーニヒは大丈夫だと呟いた、彼の頭を洗うことも、髭を剃ることも、身体を綺麗にしてやることも、下半身を軽くさせることも全く苦ではない。
男同士なのだから見せ合うことに恥ずかしことなんてないだろうとケーニヒは彼の女々しさに笑ってやれば彼はケーニヒの腕の中で情けなく泣いた。
心地よいバスタブの中でケーニヒは男同士の裸の付き合いとして湯船に浸かりながら部屋が完成したから地下室はもう終わりだと告げて彼をタオルで拭いては二階の部屋に連れていった、青色に宇宙飛行士の柄の壁紙、子供の勉強机に大人サイズだがシーツは子供の頃に好きだったキャラクターのもの、まるで子ども部屋のようであるがケーニヒは足の不自由な彼をベッドに置いてやりここが部屋だと嬉しそうに伝えた。
窓には細かな鉄格子がつけられており、部屋の入口にも厳重に鍵がされており、部屋の中の机などには何も物はなくハリボテの部屋のようだが彼はもう何も考えたくはなかったが騒がしい足音を立ててケーニヒは部屋に戻ってきた。
手にはアイスのバーを二本持っており、窓を開くと外の空気がふわりと部屋に侵入し風呂上がりの彼らの身体には心地よく、ケーニヒが開けたアイスバーを貰っては頬張った。
まるで川遊びをした帰り道の時のような倦怠感と心地良さに彼が思いを馳せていれば、向かいに座って彼を眺めるケーニヒは嬉しそうにその覆面姿のままで告げた。
「俺たちずっと親友でいよう」
例えそれがどんなに歪な形であろうとも、ケーニヒには彼以外の親友がいなかった、彼は左から消えた指輪と自分の足を眺めては何も言えずに外を見つめた、その瞳は過去も現在も未来もうつしてはなかった、ただ生きることに疲れたような、そんなものだった。
2025.10.23
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