人類史上唯一の魔法使いとも呼ばれたニコラ・テスラ──彼は死後、天界においてもその探究心を止めることは無かった。
生前の彼は不眠症の短時間睡眠(ショートスリーパー)であり、二時間ほどの睡眠で問題がなかったと言われ、天界・ヴァルハラの人類の叡智が集まる科学者たちの研究室では常にテスラは輝きを宿した瞳で研究に没頭していた。
科学者達は一度閃いてしまうとそれが完結するまで止まることはなく、テスラの後ろでは一人、また一人、と彼の体力についていけずに倒れてしまっていた。
ニコラ・テスラの研究室はとても広く天井も高いが密室空間で人と紙(データ)が散らばっていた。その中を一人の女性が「あら」「ほっ」「ごめんあそばせ」といいながらタップダンスを踊るように軽やかに避けつつ、テスラが数メートルの脚立の上でチョークを片手に考えているのをみては「テスラ様」と呼びかけるが無反応であった。
「もう……また研究に没頭されているのですね、仕方ありません」
そういって片手に持っていたバスケットを近くのテーブルに置くと、脚立に手足をかけて登り始める。
完全に集中状態(ゾーン)に入ってしまったテスラは食べることや睡眠などは二の次に倒れるまでしてしまうため、彼女はそれを止めるためにいつも研究室で定期的な顔出しをした。
数メートルの脚立の頂点でブツブツとつぶやくテスラの言葉の意味はわからない彼女は辿り着くなりテスラの服の裾を引くが、彼は全く気付く様子もなく、彼女は呆れてため息を着くと、彼の服の裾を引っ張りもう一度名前を呼ぶと、輝く瞳が彼女を捉えた。
「おぉレディ、どうしてこんなところに君がいるんだ?!そうだ聞いてくれ、今とてもいい発明が浮かんで……」
「それは結構ですがお昼の時間です、そろそろ休みませんとまた倒れてしまいますよ、今日も外はとても天気がいいですから、是非食べませんか?」
「もう少ししていたいところだがレディの誘いは断れないな、うむ!是非そうしよう、先に降りてくれたまえ」
ようやく気付いてくれた彼にランチの誘いを乗ってもらったものの、あぁでももう少しと悩む声が聞こえる彼女はクスクスと笑いつつ脚立から降りようとした時、スカートが足を引っ掛けて彼女の身体は途端に真っ逆さまにおちてしまう。
「ナマエ!!」
そういって手を伸ばしたテスラは自らの安全など一ピコメートルも考慮せず、脚立を蹴るようにしてダイブするなりその身体で華奢な彼女の身体を抱き留めた。
迫り来る恐怖と痛みに目をぎゅっと瞑った彼女だったが、想定されていた衝撃は一切来ず、反対にテスラに優しく横向きに抱き上げられるとふわりと羽を置くように地面に彼女の足を下ろした。
「これは……?」
「ああ私が発明したこのブレスレットの電磁波(パルス)で衝撃を防いだんだ、これは微弱な電気で……」
彼女が驚くのも束の間に興奮気味に解説をしてくれるが驚きで思考のついて行かない彼女は頭を混乱させながら、キラキラと電気のように輝くテスラに「つまりテスラ様の開発なのですね」と聞くと、彼は「簡潔にいえばそう!」と返され、地面に倒れている科学者たちの傍にもスープと軽食を置いた彼女はテスラの手を取り、まるで春のように心地よいヴァルハラの庭園へと向かった。
赤色のタータンチェックの敷物を敷いて、その上にバスケットの中のサンドイッチやスープなどを並べるとテスラは待ちわびていたと言わんばかりに輝きを宿し、早速とサンドイッチを手に取ってはじっくりと研究対象を見るように眺めたあと大きな口で食べるなり、直ぐに隣の彼女をみて声をあげる。
「ノン! レディ、このサンドイッチの断面を見てくれたまえ! 具材の積層構造(レイヤー)が、地質の年代層のように完璧な調和を保っているッ! しかも、このパンの気泡率……咀嚼するたびに幸福の粒子が弾けるようだ!」
「まぁテスラ様ったら、そんなに喜んでくださるだなんて、本当に嬉しいです」
「君は本当に天才だ、咀嚼をする度、喉を通る度にこの未知なる多幸感を感じられる。君ほどの才能を持つ女性はいないだろう、本当に素晴らしい!!このスープも……」
彼女は声を上げて騒がしく食べてくれる彼に対して照れたように微笑みを浮かべながらよく冷えたエルダーフラワーのジュースを注いだ。
食べ物は逃げやしないのに目一杯に頬張っては次々のバスケットの中を空にしていくテスラは朝早くから何も食べていなかったゆえに空腹の中にたっぷりとサンドイッチやスープにサラダで満たした。
「はぁ……張り裂けて(オーバーロードして)しまいそうだ」
「ふふっテスラ様ったら、ちょうど朝に果樹園から頂いたオレンジですよ、お召し上がりくださいませ」
腹を満たすなりテスラは彼女の膝に思わず頭を預けると彼女はオレンジを剥いてテスラの口に入れると彼は素直に彼女の手から食べてしまう。穏やかな風が庭園を通ると彼女は幸せそうに微笑み、汚れた手を拭いてテスラの髪の柔らかい栗色のくせっ毛を撫でた。
「最高の昼食だった、感謝するよレディ。君の指先から伝わる微小な電気信号が、私のニューロンを優しく撫でていく……。ああ、愛しい。君という存在は、私の全存在を肯定する唯一の真理(エビデンス)だ」
「恐れ多いですわテスラ様、私があなた様に出来ることはこのくらいなのですが」
「No(ノー)Non(ノン)Nein(ナイン)、レディナマエ、君ほど私を理解し、光を与えてくれる者はいない、君の謙虚さはも美しいが、その心の光を隠さずに見えてほしい」
キラキラと二人のその空間だけに光が溢れているようであり、まるで春の恋が訪れたような甘い香り、周囲には花が舞い、ハートが散ったような甘ったるい空間に回廊から眺めていた戦乙女十三女ゲルは「なんスかあれ」と呟くと、前を歩いていた長女ブリュンヒルデは「あぁニコラ・テスラとレディナマエですか」と呟いたが、ゲルが思わず「ぎゃっ」と声を上げたのはその近くに突如現れた人類叡智の塊となる科学者たちが固まっていたからだった。
「今日もやっておるの」
「全く甘ったるいな」
「あんなに愛し合ってるのにね」
「まだ付き合ってないって」
「「「「信じられない」」」」
ガリレオ・エジソン・マリ・キュリー・アインシュタインなどの面々であり、彼らは死んだような目をしつつもその手には先程テスラが食べていたサンドイッチとスープがあった。
幸せそうに昼寝をする二人を見るゲルは「え、付き合ってないんスか!?」と声をあげるが、それこそ彼らが言いたい台詞だといいつつ見守りながら、ようやく数時間は休憩が取れそうだ……と呟いて解散していくことに不思議に思いつつも、テスラの頭を膝の上に乗せたレディと呼ばれた女性ナマエは幸せそうに彼の名を呼ぶことに不思議だと思いつつその場を後にした。
テスラが目を開けると瞼を閉じて眠っている幼い顔の彼女がいた。
彼は起こさないようにとゆっくり起き上がると、自身のコートを脱ぎ、その肩に優しくかけると、優しく彼女を自分の胸に抱き寄せた。
生前ショートスリーパーであったテスラはこんなにも穏やかで深い眠りがあるのかと思いつつ微笑みながら、ポケットの中に入れていたノートとペンで研究の続きを静かに始める。
時折眠る彼女の寝顔を見ては小さく笑みを浮かべる彼の心は研究への強い思いとは別に、ただ静かに眠る彼女に向けての優しい思いだけがあったのだった。
「まだ寝てるのか」
「ああ先程レディが寝てしまったようだ、まだ少し戻れそうにない」
ちょうど様子を見に来たエジソンにテスラは返事をするとため息をつかれてしまう。
「いい加減付き合ったらいいのに」
「Nonp、私とレディは発明家と助手さ、さぁこれを持って先に研究室に戻っててくれ、彼女が起きてから戻るよ」
あのニコラ・テスラがね……とエジソンは苦笑いをしつつ手渡されたノートの紙をみて去っていくと、少し先でテスラの書いた内容を悔しいほどに賞賛する声が響くのをみて、テスラは研究に戻りたい反面、まだこの光を手離したくないと彼女の髪を撫でるのだった。
◇◆◇
レディ……そう彼が呼ぶ彼女の名はナマエ。
平凡な人間の少女ともいえそうな幼さのある彼女を、ニコラ・テスラは助手という名の世話係として隣に置くようになったのはもう何年も前のこと。
彼は死後ヴァルハラにて己の赴くままに生前同様の研究への情熱を、人類の進化や未来に向けての光を紡いできていた。ニコラ・テスラは天界においても知らぬものは少なくは無い。今の地上界は彼によって大きく作り変わり、人は彼を"魔法使い"と呼ぶのだ。
愛想もありいつだって笑顔を絶やさずに人々に希望を与える彼は殆どがヴァルハラの人類に与えられた研究室にて時間を過ごしていた。
死後、天界に来てまで潰えぬその深い彼の好奇心と探究心はほかの科学者や発明など、これまでの地上界を大きく動かしてきた者たち同様だった。
そしてナマエはそんな彼に憧れを抱いたひとりだった。
天界において人は生前と変わらないが生きていることに比べて睡眠や食事は重要視されない。勿論、魂の完全消滅というものはあるがそう簡単に天界で人は死なない。
時折街に現れるニコラ・テスラは子供たちや彼を知る人々に囲まれては愛想良く笑って話をして、静かな公園で生前のようにハトを愛でていた。
それに気付いたのはテスラがベンチに座っていた時だった。彼が座ってすぐの時には無かったはずの小さなスカーフに巻かれた何か。思わず好奇心から開いたそこにはサンドイッチが入っていた。
誰かの忘れ物だろうか?と思いつつも不器用な文字で"ニコラ・テスラ"とだけ書かれて、周囲を見渡すと一人の女性が彼を見てはすぐに逃げてしまい、テスラは「レディ!!」と声をかけたが泊まることはなかった。
「まさにレディ、君との出会いは因果律に定められたというわけだ」
「ふふっ、いつもそれを仰いますね、はいテスラ様の好きなシチューですよ」
一日の研究を終えて戻ってきたテスラは過去の話をするのを彼女はもう何度目なのだろうかと思いながらも恥ずかしくも嬉しそうに、彼の好きなシチューを出して向かいに座って互いに微笑んだ。
あれはあまりにも不器用な日々だった。
テスラが公園に行くたびに隠れたようにそのランチボックスが置かれて。
小さく逃げていく背中が見えるのを、テスラは回数を重ねてはどのタイミング、どの角度、どの方法で現れるのか、そして彼女を捕まえる(接触する)のかを演算し始めた。
一度気になってしまうとそこに目が向いて、彼は科学的にレディの行動を読み解くと「Q.E.D.」と決まった言葉を呟いた。
数ヶ月の中でテスラはそのヴァルハラの白鳩の公園にて、特に昼過ぎの十三時頃に現れることを知り、そして彼が椅子に腰掛けて鳩に餌をやる十三時四分、美しい天の仕いとなる白鳩が小さく鳴きながらパンくずをつつき合う十三時六分、彼は"レディ"を捕まえた。
「やはりだ!やはり私の演算通り現れたなサンドイッチのレディ!」
「あっ……ぁ……テ、スラ様」
「驚かせてすまない、ただいつもここに私の名前と共にランチボックスを置いていってくれる君が気になってね、それにしても君のサンドイッチはまさに計算され尽くした味だというのに、不思議と手が伸びてしまって……」
テスラはレディの手首を掴み捕まえると想像以上に華奢で平凡な村娘のような女性だったが、彼は彼女の作るサンドイッチに対しての熱量を熱く語った。
当初他人の作った食事という不信感はあれど計算されたかのような食欲の唆るモノに彼は感動さえ覚えた。毎日具材は違えど栄養素と味の重なりはまさに数字を並べる時のような美しさで、これを作る貴婦人は一体どんな顔をしているのか知りたかったのだ。
テスラに手を取られた彼女は顔を真っ赤にさせて黙り込んでしまうのを彼は紳士的な行動ではなかったかと思い直して手を離すと、林檎のように赤く染った彼女に彼は「今日の天界は二十六.八度なのに」とまた言い始めるが目の前の彼女は突然深々と頭を下げた。
「ご無礼を申し訳ございませんテスラ様、私はあなた様になにか出来たらと思い余計な真似をしていました!まさかあなた様にこの様なことをさせてしまう程思い悩ませていたとは知らずっ」
「No.Non.Nain.レディそんなに謝らなくていい、私は君のお陰で素晴らしい食事と素晴らしい時間を得ていたんだ、反対に私こそ君を驚かせてしまい申し訳ない!しかし本当に素晴らしかった!」
特にあのパンの成分だが……とまた熱く話をするテスラを彼女はまるで光を見るように眺めており、テスラは話し終えてはまた熱くなってしまったと思いつつ彼女を見ると、その瞳は透き通るような無垢な色を宿していた。
思わず二人は互いの目の中を覗き込むと、互いに「綺麗」と呟いてしまっては思わず目を丸くして言葉の紡いだハーモニーに驚いてしまう。
まるで電流が流れてしまったようにテスラは彼女に因果を感じた。
他人が自分の話を理解できないことは分かっているがそこは苦ではない。
他人が自分の話に興味が持てずに疲れ切ってしまうことも苦ではない。
しかしながらどうだろう?そんな中で理解が出来ずとも必死に聞いて学ぼうとして興味を抱く無垢な白い心を持つ者に出会えたならば、それは簡単な数式では解けない科学ではないのかと。
「そういえばどうして私にランチを届けてくれていたんだろうか」
「それは……その、私はテスラ様をとてもお慕い申しています。あなた様の話す未来と希望と光の話に心を惹かれて……でも、何も出来ないし話しかけるのも、恐れ多くて」
内気な彼女は言葉尻がとても弱くたどたどしく、テスラとは正反対に自信の無い話し方をするが、テスラはしっかりと彼女を見つめて話を聞いた。
エプロンをつけたワンピースの裾をぎゅっと握り自分の胸の内を自分なりに伝える彼女はテスラを敬愛し、彼の光について学びたいと思い、しかしながら周囲の人間のように声をかける勇気がない代わりに疲れているであろうからと現れる度にランチボックスを置いていたのだという。
「なるほど、つまり君は私がどのタイミングでどのように現れるのか行動パターンもあらかた計算していたということか、素晴らしい!!レディ名前は?」
「ナマエです、しかしレディとお呼びくださって結構でございます」
「その献身となみならぬ洞察力と思考、まさに君は私の波長によく合う、レディ……ぜひ君を私の助手として招きたい」
「……え!!」
ニコラ・テスラは街灯が灯るような笑みを見せた。
彼女は突然の言葉に目を丸くしては慌てふためいてそんなことは恐れ多いですというが、テスラは彼女の料理、そしてそれに関連する自身の作業効率やメリットについて列挙した。
その熱量は凄まじく次第に彼女を置いて研究に没頭するように一人で自己集中(ゾーン)に入ってしまうと、彼女は悩みに悩んだあと「わかりました」と返事をする前にテスラは彼女の肩を掴んで早速と研究室へと連れ帰った。
レディナマエにとってニコラ・テスラは神にも等しい人だった。
そんな彼に招かれた研究室はまるで魔法の宝庫のようであり彼女は目を丸くしたがテスラは壁一面の文字や床にまで落ちた図面や数式に発明の数々や走り書きのメモなどを当たり前としてみつめた。
しかしそれは残酷にも彼女には理解出来ず、さらには読めないものだった。
しばらく彼女に時間を費やしていたものの、テスラはすぐにいつものようにコートを脱ぐと投げ捨てては早速壁に向かってしまうため、彼女は慌てて椅子から床に落ちてしまったコートの埃を払ってハンガーに掛けては、研究室の中の本棚に目を丸くしつつ、床に落ちた紙などを拾ってどれがなにかは分からないもののテーブルの上にまとめていく、
「あのテスラ様これは」
「ああ、それは次世代型放電システムの回路図だ! そこにある数値を、この座標軸にプロットしてくれたまえ。レディ、君なら、この幾何学的な美しさを直感的に理解できるはずだッ!」
テスラは凡人を理解できなかった。
ましてや読み書きができないということなどもっと分からなかった。
言葉を話すだけであれば何も困らない。
それどころかテスラは生前から数ヶ国語を自由自在に操ることの出来る天才であり、だからこそ彼は自分以外に人間が何を話そうと大抵困ることが無かった。わからなければ学べばいいという当たり前のことが出来たからだ。
しかしナマエは違った。
目の前の文字が何一つ分からないのだ。
なにか数字のようなものが並んでいるのはわかるが、全て複雑に絡まる糸のようで、結び目が全くわからず何処から絡んでいるのかも分からない毛糸のようだった。
助手になって欲しいと一時間ほど前に言われて連れて来られた際には驚きと好奇心と興味があったものの、あまりにも住む世界が違うのだと理解して胸が痛み、なんとなく手にした羽根ペンのインクが紙の上に落ちると帰ろうと思いペンを戻して背中を向けるとテスラがいた。
体躯のいい彼にぶつかると「わっ」と声を上げて倒れそうになるものの優しく大きな手で腰を支えられてしまい、ますます申し訳なさに萎縮するとテスラは彼女と机の上の紙を見つめたが、そこには先程頼んだ回路図でもなんでもないものがあった。
「……ごめんなさいテスラ様、わ、私……貧しい家でしたので読み書きなんて出来ないのです、だから……やっぱり私あなた様の助手なんて出来ません」
折角受け入れて貰えたのにと視界が滲んでしまう彼女にテスラは何も言わなかった。
彼の胸の中で逃れるように身を捩るとテーブルがガタンと揺れる時、彼女の目には紙が見えるが、そこにある文字のひとつさえ何も読めないのだ。
時代もあった、家もあった、平凡な農村の娘は読み書きなど不要であった。そんな事をするくらいなら畑を耕して少しでも家族のために何かをなす方が意味があったのだ。
自分と正反対の街の娘が本を手にして笑うのを彼女は羨んでいた。
天界に来て、何年もの月日が流れて、光というものを知った時、人が彼を魔法使いといった時、彼女はニコラ・テスラという神がいるのだと思った。
神に仕えるには相応の者で無ければならない。
荒れた手をした土しか触ったことのない娘ではないと彼女は思うと涙が零れてしまうが、暖かい指先が彼女の頬を伝う涙を拭い、真っ直ぐとその瞳を合わせると安心させるように笑って人差し指を振った。
「Non.Niet.Nine.何を言うんだレディ、いやナマエ、文字を知らない?それはつまり、君の脳内にはまだ、既存の概念に汚染されていない、無限の可能性が広がっているということじゃないか! 素晴らしい! 実に科学的な可能性に満ちている!君はやはり私の望む輝きを持つ人だ」
「で、でも、私読み書きだけじゃなくて、テスラ様のようなことも何一つ」
「君と私は違うのだから当然だ!だからこそ交わることで新たな未来─可能性─が切り開ける。それに何も君が悩むことはない、私が君に文字を教えよう、そうすれば私もまた新しい知識を身につけ、更なる科学の発展に繋がるということ」
強く抱き締められた腕の中でテスラはやはり神のような人なのだと彼女は感じてその温もりが心地よいと思いながら、その声を聞いていたいと思った。
テスラは腕を伸ばしたと思えば机の上の紙をまた乱暴に退かすと、貴重な学会に出すようなそれらが床に落ちてしまうことを無視して、白紙の紙と文字の書かれた紙を置いて、向き合っていた彼女をテーブルに向けて手を取った。
「これが『A』今の私にとっては『Adorable(愛らしい)』の『A』だ、君を定義するのに、これ以上の文字はない」
「Adorable……のA」
「そうだ、私に続いてなぞって声に出してみるんだ、そうすれば君の世界がきっと広がる、未来がみえてくるだろう」
「灯りが灯るようですね」
「あぁその通りだ、この天界で君には明るい世界がある……そしてこれは『Light(光)』の『L』だ」
優しく後ろからその広い身体に抱き留められながら二十六文字の魔法を紡ぐとき、彼女は「ニコラ・テスラの『L』」と小さく呟くとテスラは目を丸くして、まるで心臓に電流が流れたような痛みを覚えた。
「そういえばナマエ、君は私の名前を書いていたようだが」
「あれは、テスラ様の名前だけ……その、形を覚えただけで」
ランチボックスを間違えられると困るからと耳を赤く染める彼女にテスラは耐えきれずに彼女を強く抱き締めた。こんなにも暖かな光が手に届くところにあるのだと彼は知ってしまった。
文字を知り、言葉を知る度に、彼女は笑うのをテスラは心から喜び互いを心の光と思い合いながら時間を過ごした。
ただの発明家と助手として。
ナマエはあれから数年後も読み書きが出来るようにはなかったが相変わらずテスラの話は半分も理解できないか幸せそうに橋を聞いた。
彼が心地よく研究に没頭できるように、彼やその周囲の科学者たちに献身的な手伝いをして、過ごすうちに家族のように二人は強い思いを重ね合わせた。
◇◆◇
そんな出会いを重ねた二人はまるで心の調律を重ね合い、今では二人、そばに居ることが当たり前であり、さらにはそんな二人にたいして周囲はなんともいえない科学でも研究でもどうしようも無い人の感情による進まない詰まった砂時計のような二人に焦ったさを感じていた。
「皆様お茶のお時間です、手を止めてお休み下さい」
カランカランと十五時の鐘がなるともうこんな時間かと広いヴァルハラの研究室の科学者達はベルを片手に現れたテスラの助手(という名の世話係)のナマエに誘われるように集まり始めて、研究室の広い長テーブルに腰掛けて焼きたてのスコーンと熱い紅茶を淹れて貰い、それぞれが思いのままにティータイムを楽しんだ。
ニコラ・テスラに助手が出来たのはつい数年のことだった。
彼は仲間たちにそれはもう自分の愛弟子、いや娘や妻を紹介するかの熱量で彼女を紹介するため、優秀な科学者だったのかと思えば平凡な農村の娘で、テスラに会う前は文字の読み書きも出来ないような女性だと知り、科学者達は少しだけ肩を落としたものの、彼女の献身的なサポートは天界の科学者たちを簡単に受け入れてしまった。
プレーンとドライフルーツたっぷりの二種のスコーンを食べながら話をする彼らはその時間が実際無駄な時間ではないと理解したのは彼女が「頭を休ませねば仕事は出来ませんからね」という一言からだった。
科学とは未来でゆっくりとでも進んでいく。
しかし失敗と忍耐と耐久力も必要であるからこそ凡人には苦しい世界でもあった。天才が理解できないかのびょだからこそ、若くして亡くなることもある科学者たちを労るのだが、実のところ彼女のパートナーこそが一番の『研究オタク』であるのだ。
「テスラ様!!お茶のお時間です、一度遠くを見て考えることをおやめ下さい」
「レディ!待ってくれ今ちょうどいいところで」
「テスラ様に悪い時間なんてないでしょう。それよりお茶を飲んでください」
「しかし今は……うむ!美味しい!これはダージリンだな、とてもよい香りだが少しいつもの味と……」
彼女もそれなりにテスラとの関係になれたおかげか今では彼のワガママという名の研究に籠る熱についても見極めが出来るようになり、手を開けても問題がない時期(タイミング)をみており、テスラも次第に彼女とのその時間をルーティン化させているため、腕時計などでアラームをつけるようにしていたがやはり一度夢中になるとその思考は彼の宇宙の中に消えてしまうのだった。
そうして仲睦まじそうな科学者と助手の関係について、周囲も自分たちの助手の話をしていたが、レディのようなパートナーがいれば人生困ることがないなと彼らは笑った。
テスラとナマエが遠くで話をして、テスラが食べ終えると彼女は他のみんなの物はまた後で取りに来ると告げて研究室を後にしようとするのをテスラがいつものように送り届けた。
「それではまた夜に」
「ああまた」
ちゅ……と小さな後が研究室に響くと、彼ら(彼女ら)は一斉に入口をみた。
そこには互いの唇を重ねたテスラとナマエがいた。
まるで夫婦の当たり前のような口付けに二人は何も言わずに当然のようにして、彼女は照れくさそうに笑うと帰ってしまい、テスラは平然とした顔でまた研究について考えたように顎に手を添えてブツブツと呟いて元に戻っていくが、それを許さなかったのはほかの者たちだった。
「テッテスラ!今のはどういうことだ!」
「あのお嬢さんとキスしておったのではないかー?!」
「完全にキスだよ!ちゅってしてた!!」
「いやぁお熱いですね」
エジソン、ガリレオ、マリ・キュリー、ノーベルの叫び声に似た声であった。
全員がどこか興奮したような態度であるのは当然の反応で、生前どれだけ女性に言い寄られても愛さずに、最後には鳩を番(つがい)として扱ったというテスラ。
そんな彼が連れてきた時点で微かに怪しんでいたのだが、ついにかと彼らは興奮し、特にエジソンは今やテスラの友人として彼の肩を掴むなり「付き合っているのか?それとも夫婦に?」と鼻息荒くして聞くと、先程まで別のことを考えていたテスラは何事かと目を丸くする。
しかし、レディナマエ、キス、付き合い、結婚、という単語に彼らの言葉のアンサーを理解したテスラは目を丸くしたあと、すぐに肩に置かれた手を退けてはコホンと咳払いをしたあといつものように人差し指を立てて仲間たちに告げた。
「Non!!君たちはとんでもない勘違いをしているようだ、私とレディ…いやナマエは決してそのような関係ではない。確かにキスをしたことは認めるがあれは親愛だ、恋愛ではない。私と彼女は言わば完璧な心の共有者(パートナー)なのだ!」
強い言葉に彼らは少しだけ考えた。
確かにその人の家庭や環境から口付けを送る場所は頬や唇の端などがある。特に深い関係だと唇もあるが、それは夫婦などであるが、テスラが親愛だと言うのならば間違いではないのだろうがと彼らは眉間に皺を寄せて悩んだが、テスラの言葉に彼らは硬直した。
「確かに私と彼女はは寝食を共にし、キスをしているが、それはあくまでもパートナーとして、我々のこの状態を簡単に定義することは未来に迎う足を止めたと同じことだろう」
「……待て、お前たち同じ家に住んでキスしてんのか」
「無論だ!私の部屋は既に物が多いので倉庫になっている。レディの部屋で暮らしているし、そして互いを尊敬し合う科学者と助手という魂の同一者(ソウルパートナー)として挨拶するのも普通だろう?」
とんでもない事になっているぞと思う頃、マリ・キュリーがタブレットを片手に調べたところ「テスラの住所……レディと同じなんだけど、間取り的に同じ部屋で寝てるんじゃ」と震えた声で告げたがテスラはいつものような百万ボルトの笑顔で白い歯を見せた。
「効率を重視してベッドは一つだ、彼女が部屋に発明品を置いていいといってくれてね、隣の部屋は私の自宅の研究室にさせてもらっているんだが」
「待たんか!!つまりおぬしら付き合ってもないのに…「同じベッド寝て起きてチューしてるのか!」……それワシが言いたかったヤツ」
「……そうだが?」
ガリレオの言葉に被せたエジソンにたいして、テスラは何がおかしいんだと心底不思議そうな顔をするが、彼らはこちらがその顔をしたいんだと叫んではどういうつもりなのかと問いかけてもテスラは"科学者とその助手というだけなのだということに、それは答えじゃないだろうと叫んだ。
次々とやってくる科学者たちがテスラに疑問をぶつけても彼は平然とした態度で効率性や科学をもとにと建前を振りかざした正論を告げるが、彼らは流石にその関係では済まされないだろうと研究もそっちのけに彼に尋問をする事に、テスラは何をそんなに熱くなるのかと彼らを不思議がったのだった。
そうして時が過ぎて研究室の入口の時計が騒がしく音を立てて定時─帰宅時間─を告げる。居残りがちな人類研究者たちは死ぬまで留まる場合があるからと管理している人類側から強制的に設置されたもので、グシャグシャにされたテスラは「みんな今日は一段と元気だったな」と他人事のように思いつつ、彼も帰路についた。
「おかえりたさいテスラ様」
「ただいまレディ」
そういって唇を重ねることに何も下心もない。
そもそもテスラと彼女に芽生えている感情はもう当たり前のこととなりすぎて今更定義など出ないものなのだ。
彼女が用意した夕飯を二人で楽しく談笑しながら取り、湯船に浸かって、互いの身体を労わるようにマッサージをする姿を他人は夫婦だと言うが、テスラはそうではない。
同じシャンプーを使用しているのに違う毛艶や、違う香り、科学的に考えてみたり、寝る前のホットミルクに温められて頬を赤くする彼女について考えたり、少しだけ広いシングルベッドで抱きしめ合う時、すっぽりと腕に収まる彼女が眠たそうになりながらもテスラの話を愛おしそうに聞く。
それがどれだけ幸せで美しいことであるのかはテスラには測定不可だった。
一度研究の一環で彼女がテスラに対する思いを計測器にかけてみた所、計測器は簡単にオーバーヒートを起こして黒い煙を吐いて故障した。
テスラも自身も試してみると同じことが起きてしまい、設計ミスだったのだろうと考えたが、どれだけ考え直しても計測器に間違いはないことは分かっていた。
「ナマエ……君は本当に私の光だ、私の未来であり、私の世界、君という輝きを得て人類の為にと前進できるんだ。本当に素晴らしい私の誇れる助手だ」
「私もテスラ様と、隣にいられて、幸せですよ」
テスラの体温も重なり次第に眠気に誘われる彼女にテスラは頬を緩めて強く抱き締めながら彼女が光であると褒め称えると、うんうんと眠気に抗いつつも、負けそうになりながら返事をする彼女がテスラの心臓の上を指でなぞった。
それは短い『L』から始まる、四文字の愛言葉。
全身の熱がテスラの足先から頭の先まで届きそうになると「ニコラさま」と呟いて彼女は深く眠ってしまい、テスラはそれを見届けると額にもう一度唇を置いて狭いベットの中で彼女の頭の下に手を入れて、非効率的な眠りを朝まで過ごした。
「それではまたお昼頃にランチをお持ち致します」
「ああ楽しみにしているよレディ……そうだ、君に私の発明─プレゼント─を渡しておこう、ブレスレットだが、昨晩君の手首の周囲も測り、肌質なども考えて……」
「嬉しいですテスラ様」
翌朝、自宅を出る前に彼女に金色の細いブレスレットを手渡して説明してやるが彼女は目を細めて心から嬉しそうに笑ってその場で身につけて見せるため、テスラはその華奢な体を抱き締めた。
「まるで守られているようです」
「ああ助手─キミ─を守るために用意したんだ。何かあればいつでも見ているよ」
「嬉しい……本当にテスラ様は私の神様のようです」
「神でも魔法使いでもない、ただの科学者さ」
そういって優しく唇を重ねてテスラが出ていくのを手渡された金色のブレスレットをつけた彼女が見送ると、左手首のブレスレットに小さくキスをして「ニコラ様」と愛おしそうに呟いた。
「……で、バイタル管理、GPS、挙句の果てに防衛機能?」
ランチと共に現れたレディの手首のブレスレットに妙な気配を感じたエジソン達は彼女が去った後にテスラに問いかけると、以前から作っていたものを手渡したのだと言うが、その設計図と機能を自信満々に見せられるなり彼らは顔を青白くさせた。
「いやはや、色々と機能を付け足すと彼女の手首には負荷がかかるだろう?しかし必要な機能は多かった。特にGPSに関しては0.01mmもズレとラグがないように設定するのに少し時間を要して……」
それは一見普通の変哲もない金色のブレスレットなのだが。
設計図には、バイタルモニタリング(二十四時間三百六十五日、常にレディの心拍数、血圧、体温、脳波、さらには感情のパルスまでリアルタイムでテスラの端末(腕時計)に転送)
高精度GPS(ヴァルハラまたはそれ以外のどこにいても、誤差0.1ミリメートル単位で居場所を特定。もちろん冥界まで対応済み)
自動防衛システム(彼女に害をなす者、あるいは「不適切な距離(三十センチ以内)」に近づく見知らぬ男に対し、百万ボルトの威嚇放電')
その他もろもろ……と書かれてある内容を見ると、彼らは笑うこともできないのだが、テスラは至って真面目に発明品の一種であり、自分の助手(パートナー)を守るためなのだと語る。
「それでテスラ、お前たち恋人とか夫婦とかでは」
「ノンッ!!きみたちはまたその定義についての語り合いを始めるのか、いいだろう私は……!」
科学者というものは至って頑固で変人で、それでもって議論が好きなものだ。ヴァルハラの人類英智の集いとなる人類側の研究室では今日もテスラの声が光のように響いていた。
その頃ちょうど午後のティータイムに向けてタルトの土台を作っていた彼女は自分の神であり、尊敬すべき相手、ニコラ・テスラを思い浮かべては頬を緩めた。
「テスラ様は本当に素晴らしい」
左手のブレスレットを見つめて用意をしていく彼女もまたくだらない関係性については深く考えず、ただテスラと自分は単一個体である。と彼に言われた言葉の意味の通りに受け取り幸せを噛み締めた。
その温もりがテスラの腕時計(ブレスレットも繋がってる)で感じる頃、彼は興奮した状態で議論を交わしていながらも、手首を見つめて頬を緩めた、今頃彼女がなにかを考えて、幸せを感じているのだと思いながら、またその身体を抱き締めて、自分もまた同じ言葉を彼女に返したいと思いながら。
原作:終末のワルキューレ
2026.03.23
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